米国ではかつてほぼ撲滅された梅毒が、再び増加し続けている。新規感染率が1950年以来最高を記録したと、米疾病対策センター(CDC)が2024年1月30日に発表した。
最新のデータは2022年のものだが、20万7千件超が診断された。CDCの最新の報告書によると、これは2018年から80%の増加で、2021年の集計と比べても17%増えた。
その割合は、新生児を含むすべての年齢層で急上昇した。CDCは2023年11月、先天性梅毒の症例が2022年には3700件以上報告され、10年前の約11倍に達したと発表。この病気によって2022年は231人が死産となり、乳児51人が死亡した。
専門家らは、梅毒やその他の性感染症が増え続けることについて、おびただしい数の理由を挙げた。
危険な性行為に結びつく薬物使用が増加している。HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染予防と治療方法が改善され、コンドームの使用が廃れてしまった。たとえば高校生の間では、2011年から2021年までの間にコンドームの使用率が約8ポイント減った。
そして重大なのは、性病専門のクリニックの数も、そこに配置されている疾病治療の専門家や看護師の数も大幅に少なくなったことだ。
シガ・テクノロジーズ(訳注=健康安全保障と感染症市場が専門の米国の製薬会社)の最高医療責任者で、元ニューヨーク市保健局副局長の博士ジェイ・バルマによると、梅毒は公的医療保険制度のある国でも増加しているが、その理由は「性的な健康制度がほぼどこの国でも必要性に比べて不十分だからだ」。
「だが、ここ米国では特に問題だ」とバルマは指摘する。
「感染を1件見逃せば、その結果さらに2件増え、2件見逃すと4人に増える」と彼は付け加え、「そうやって伝染病は拡散していくのだ」と言う。
サウスダコタ州では、梅毒患者は人口10万人当たり84人以上いて、感染率が最も高く、次に高いニューメキシコ州の2倍超だった(ほかにアーカンソー、オクラホマ、ミシシッピの各州でトップ5を構成する)。
アフリカ系米国人は、1次と2次の梅毒感染の約30%を占めていた。しかし、米国先住民やアラスカ先住民は人口10万人当たり67人で、感染率が最も高かった。
「梅毒の流行はほとんどすべての地域社会におよんでいるが、一部の人種や民族集団が長年にわたる社会的不公平のあおりを受けている」とジョナサン・マーミンは指摘する。CDCの全米HIV・ウイルス性肝炎・性感染症・結核予防センター長で博士だ。
梅毒を治療しないで放置しておくと、心臓や脳に損傷を与え、失明、難聴、四肢などのまひを引き起こす可能性がある。妊娠時の感染は流産や死産につながる可能性があり、生き延びた乳児も目が見えなくなったり、耳が聞こえなくなったり、重度の発育遅延を起こしたりすることがある。
クラミジアはもっと一般的な性感染症で、患者はざっと170万人を数える。報告された診断数は2020年に急減し、2021年には再び上昇し始めた。2022年は横ばいだった。
淋病(りんびょう)は、2009年に歴史的な低水準を記録した後、着実に増加していたが、2022年には減少を示し、2021年の70万人超から約64万8千人に減少した。人種、性別、年齢を問わず減少したが、減少率は20歳から24歳の女性で最も顕著だった。
しかし、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のSTI(性感染症)専門家で博士のイナ・パークは、こうした傾向が本物だという確証がなければ、「浮かれ騒ぐべきではない」と言っている。
「これら二つの疾病は、無症状であることが多い」とパークは言い、こう続けた。「若い女性の間で減少が見られるとしても、単に検査を受けていないだけかもしれないのだ」
バイデン政権は性感染症を抑え込むためにいくつかの措置を講じてきた。米保健福祉省の次官補で将官のレイチェル・レビンによると、2023年の夏、同省は梅毒の感染率が最も高い14の管轄区域に重点を置く全国梅毒対策本部を設置した。
CDCは、感染予防策なしの性的接触を持ったゲイやバイセクシュアルの男性、トランスジェンダーの女性に対し、広く使用されている抗生物質のドキシサイクリンを処方するよう提案した。食品医薬品局(FDA)は、米国で不足している梅毒治療薬のビシリンL-A(ベンジルペニシリンベンザチン)の代替薬の輸入を一時的に許可した。
FDAはまた、クラミジアと淋病に使える初の家庭用サンプル採取キットを認可した。そして、CDCはクリニックで使える簡単な梅毒検査の今後2年以内の開発を支援しているとマーミンは言っている。
マーミンによると、2022年には梅毒の症例の約86%が性病専門のクリニック以外で診断された。このことは、伝染病を制御するにはかかりつけ医、救急外来、地域保健センターや矯正施設および薬物治療施設がスクリーニング検査を担う必要があることを示している。
「強く願っても性感染症は阻止できない」とマーミンは言う。「息の長い公衆衛生への取り組みが必要なのだ」(抄訳)
(Apoorva Mandavilli)©2024 The New York Times
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