ゴーストライターは秘密の多い職業である。優れたゴーストライターは長らく、古いことわざに出てくるお行儀の良い子どものように、見られたり聞かれたりしてはいけない存在だと言われてきた。
だから、2024年1月22日の出来事は異例だった。ざっと140人ものゴーストライターが米ニューヨーク・マンハッタンに集まって歓談し、表彰やパネルディスカッション、基調演説を通じて自分たちの仕事をたたえあった。
「ゴースト(幽霊)たちの集い」というこの1日限りの会合は、長年、日陰の活動だったゴーストライティング(代筆)に対する需要が高まり、独自の芸術形式として認識されつつあるタイミングで開かれた。
「私たちの仕事の性質上、このコミュニティーを構築することには大きな価値がある」とダニエル・ペーズナーは言う。ゴーストライティングに関するポッドキャスト「As Told To」(聞き書き)を主宰し、ニューヨーク・タイムズのベストセラーになった書籍17冊の執筆に協力してきた。
「私たちは外界から孤立し、書斎で1人、下着姿のまま座って仕事をしている。めったに外出しない。だから、意見交換できるのはとても有益だと思う」と語った。
このイベントは、ニューヨーク医学アカデミー(NYAM)で開催された。書棚に古い革張りの医学書が並び、雪のセントラルパークを見下ろせる部屋で、企画に適した出版社を見つける方法や、人工知能(AI)がゴーストライターを無用な存在にするかどうか、ゴーストライターは報酬をいくら請求できるか(「もっと多く」で一致した)といったことについてのパネルディスカッションが行われた。
ゴーストライターという職業は過小評価されてきた歴史があり、パネリストの一人は参加者全員に向けて、報酬を2倍にし、それに20%を上乗せするよう促した。
「ゴーストライターであるのは良いことなのか?」。本の企画とゴーストライターのマッチングが専門のエージェントであるマデリーン・モレルは、今回のイベントでこう語りかけた。
「ディケンズのことばを借りれば、最高の時もあれば、最悪の時もあるということ。これほどたくさんの仕事があることはかつてなかったので、いまは最高の時代だ。競争が非常に激しくなっているので、最悪の時代でもある」
ジョディ・リッパーは、靴のデザイナー、スティーブ・マデンとの協働を含む計25冊の本の代筆を務めてきた。彼女はゴーストライターの才能を認める賞があることをうれしく思うと話した。
「ゴーストライターとは、自分自身で本を書けない人であり、カネのためなら何でもやる存在だといった誤解が長い間あった」と彼女は指摘する。
リッパーらゴーストライターたちは、自分たちの仕事は文学的な才能だけでなく、人を説き伏せ、顧客から具体的な話を引き出したりする多彩な才能が必要だと主張する。ゴーストライターはまた、読者が本の表紙に載っている人物から直接話を聞いていると感じるよう顧客の思いを効果的に伝えなければならない。
「私の手順は決まっている。たとえば、顧客ごとに香りを変える」とトレーシー・マイケル・ルイス・ギゲッツは言う。ある企画では、彼女はディフューザーにラベンダーのエッセンシャルオイルを注ぎ、別の企画ではレモンを使う、という風に。これが、顧客の思いに入り込む役に立つのだと彼女は言っている。
ルイス・ギゲッツは今回の会合で、「Sisterhood Heals」(女性同士の連帯によるの癒やし)という本で受賞したが、表紙に載った著者名はジョイ・ハーデン・ブラッドフォード博士だった(ルイス・ギゲッツがその本に使った香りはレモングラスだ)。
彼女は自分自身の名前でも執筆しており、エッセー集「Black Joy: Stories of Resistance, Resilience, and Restoration」(黒人の喜び:抵抗・回復と復元の物語)は昨年、NAACP(全米黒人地位向上協会)のイメージ賞を受賞した。
「自分自身の仕事もあるけれど、まだたくさんの代筆もしている」と彼女は言う。「率直に言えば、おカネになるからだ」
多くの有名人や政治家が自分で本を書いているかのように装っているが、一方でゴーストライターの存在を認めることも一般的になってきており、この職業は認知度が高まっている。
有名人の回想録は出版社に巨額の利益をもたらす可能性があり、執筆協力者の需要はさらに増えてきている。なかには6ケタ(訳注=10万ドル単位)を稼ぐゴーストライターもいる。
多くのゴーストライターが参入する分野――俳優、ミュージシャン、スポーツ選手、企業の経営責任者、自己啓発の専門家の回想録――は、出版社が多くの資金を投入するタイプの書籍だ。確固たる支持層を持つ有名人が書いた本は、何百万部も売れる可能性があるからだ。
昨年最も売れたノンフィクション本は、ブリトニー・スピアーズの「The Woman in Me」や英王子ハリーの「Spare(スペア)」など、ゴーストライターによる回想録だった。
この分野の成長はライターにとってもうれしいことだ。専門職の人は自分名義の著書を欲しがる。著書は履歴書の見栄えを良くするし、基調講演やコンサルティングの単発の仕事を得るのに役立つかもしれない。そうした「著者」には、ゴーストライターが必要なのだ。
今回の会議を共催したエージェンシー「ゴッサム・ゴーストライターズ」のCEO、ダン・ガースタインによると、例えば、この分野には元ジャーナリストがたくさんいる。
「代筆は、多くのライターにもたらされた最高の出来事だ。代筆がなかったら、彼らはどんな仕事をすることになっていたことか」。ニューヨーク・タイムズのベストセラーの60冊以上でゴーストライターとのマッチングに関わってきたエージェントのモレルはこう指摘した。
「元編集者や元ジャーナリスト、元中堅作家たちは、おそらくスターバックスで働くことになっただろう」
一流のゴーストライターはまた、その文才でも称賛されている。一部の出版社は、彼らが企画に加わっていると宣伝することで、回想録が魅力的で巧みに書かれた作品だと読者や書店にアピールできるとみている。
俳優デミ・ムーアは彼女の回想録「Inside Out」に、執筆したニューヨーク在住のゴーストライター、アリエル・リーバイの氏名を相当な大きさで掲載した。
ゴーストライターが自分の仕事について、いかにオープンになっているかを示す例がある。
テニス界のスター、アンドレ・アガシやナイキの共同創業者フィル・ナイトの代筆を手掛けた売れっ子ゴーストライターで、広く評価されているJ・R・モーリンガーが、英王子ハリーの回想録を執筆した際の苦労話を雑誌「ニューヨーカー」に書いているのだ。
モーリンガーは、いくつかのシーンをめぐって王子と議論したことを明かし、衝突した際にどのように自分を納得させたかを、こう書きつづっている。「ゴーストライターとしての私のキャリアのなかで、何度目だったか。『これは、私のクソッタレ本じゃねぇんだ』と自分に言い聞かせた」
それでもなお、この職業には何らかの不名誉が残っている。ゴーストライターたちの会合の主催者や参加者は、この会合が誤解を解消するのに役立つことを期待した。
「自分の作品、自分の発言、自分の物語には大きな責任が伴う」。カントリー・ミュージシャンのミランダ・ランバートと書いた本で賞にノミネートされたホリー・グリーソンは言う。「でも実際は、物語を本当にうまく伝えることこそ大事だ」
それでも、作品にゴーストライターが関わっていることを明かすのには、いまだに慎重さが求められる。賞の対象になるには、表向きの著者と報酬を受けている協働者の両方が選考に向けて共同で応募し、共同受賞に同意しなければならないのだ。
何年か前、ペーズナーは元ニューヨーク市長のエド・コッチのマンションで開かれたディナーパーティーに招かれ、その場で自分が元市長の本の執筆を手伝ったと自己紹介したと言う。
その晩、遅くなってからコッチが、ちょっと話がしたいと切り出した。「彼は『二度とそのことは言わないでほしい』と言ってきた」とペーズナーは振り返る。
ペーズナーによると、長い間、そうした本は著名人がテープレコーダーに向かって話し、雇われたゴーストライターがその考えを書き起こすことで執筆されるものだと思われてきたようだという。
「そうではないし、読者もそうではないことを徐々に受け入れ始めていると思う」とペーズナーは言い、こう続けた。「そうした著作は、金持ちや有名人が下っ端のゴーストライターに口述筆記させた思索ではないのだ」(抄訳)
(Elizabeth A. Harris、Alexandra Alter)©2024 The New York Times
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