1. HOME
  2. 特集
  3. これから百年の「孤独」
  4. リモートワークの孤独、コワーキングスペース通勤で解消 アメリカの「働き方」最前線

リモートワークの孤独、コワーキングスペース通勤で解消 アメリカの「働き方」最前線

World Now 更新日: 公開日:
米シアトルにある「オフィス・ノマズ」。利用者が仕事のかたわら、スタッフと語り合っていた

会社に行かなくても、自宅やカフェで仕事ができる。情報通信技術の発達でそうした職場が増える一方、あえてコワーキングスペースという「オフィス」に通って仕事をする人が増えているという。その先進地米国を訪ねると、背景の一つに「孤独」があることが分かってきた。(太田航=写真も、文中敬称略)

おしゃれなカフェやレストランが軒を連ねる、米西海岸シアトルの市街地キャピトルヒル。温かみのあるれんがの内壁や開放的な大窓があるビルの一室で、ニットやパーカ姿の男女がパソコンに向き合っていた。ソファ席では会話が弾む。ここは、シアトルでも人気のコワーキングスペース「オフィス・ノマズ」だ。

2007年の開設以来、利用者は徐々に増えて現在は約110人が登録している。ほとんどが会社に通勤せずに働けるリモートワーカーの従業員、雇用されずに仕事をするフリーランスだ。利用頻度などに応じて、月40~495ドル(チームは別料金)の会費を支払う。

米シアトルにあるオフィス・ノマズの共用スペース

今、こうしたコワーキングスペースが欧米などで急増中だ。オンライン雑誌「デスクマグ」の調査によると、20年には全世界で利用者は260万人超になり、17年の2倍以上になる見込みだ。

どうして、彼らはわざわざ「オフィス」に通うのか?

「ここだと人とのつきあいが持てるし、にぎやかなのもいい」。そう語るのは、音楽関係のソフトウェアエンジニア、ジョシュ・ノイエ(38)。数年前まで自宅で仕事をしていたが、会話のない働き方に孤独を感じてコワーキングスペースに通い始めた。ノマズに来たのは約1年前。「紙をめくったり、キーボードをたたいたり。まわりの人も一生懸命に仕事をしているのが聞こえてきて、モチベーションがわくんだ」

米シアトルのオフィス・ノマズを利用しているジョシュ・ノイエ

ソフトウェアエンジニアのビル・メリル(43)はリモートワークを始めてもう10年以上になる。約1年半の在宅勤務の経験もあるが、「人好きなのに、丸一日誰とも話さない生活が続き、調子が悪くなった」。人がいる場所を求めてコーヒー店などを渡り歩き、コワーキングスペースに行き着いたという。「ここはさまざまな仕事をしている人がいるコミュニティー。自分とまったく違う仕事をしている人と話して学ぶのは面白い」と笑顔を見せた。

ギャラップ社の調査によると、米国の雇用労働者のうち、リモートワークを取り入れている人の割合は、16年には43%に上り、4年間で4ポイント増えた。より柔軟な働き方を求める従業員の声と、仕事場を共用スペースに集約してオフィスにかかる経費を減らしたい企業の思惑が背景にある。

一方でリモートワークの弊害も語られ始めた。17年、オバマ政権で公衆衛生局長官を務めたヴィヴェック・マーシーが、在宅勤務やギグ・エコノミーと呼ばれる単発型の契約形態など、新しい働き方の広まりで、職場での交流や関係作りの機会が減りやすくなっている、と警鐘を鳴らした。孤独感は健康をむしばみ、仕事に関わる創造力や意思決定能力も損なう。「孤独」という伝染病が広がりつつある─。マーシーがそう公言し、全米で話題になった。

コワーキングスペースは「理想の職場」になりうるか。

17年発表の論文に引用された米調査コンサルティング会社「エマージェント・リサーチ」の調査では、回答した利用者の83%が「孤独感が小さくなった」、89%が「より幸せになった」という。

ノマズの共同設立者のスーザン・ドルシュ(38)は「多くの人にとってコワーキングスペースに来る理由はまず、インターネット接続や働く場所が必要だからだろう。でも、同じ人と顔を合わせ、友だちになり、場合によっては一緒に仕事をするうちに、そのつながりが通い続ける理由になる」。利用者のニーズを背景に、ノマズでコワーキングスペースの運営を学んだ人が独立するなどし、裾野も広がっているという。

オフィス・ノマズ共同設立者のスーザン・ドルシュ

コワーキングスペースはニューヨークでも好評だ。ブルックリン地区に2年半前にオープンした「キャンプ・デービッド」のジョイ・ポープ(31)は「(利用者同士の)ネットワーク作りは、私たちに強制する考えはないが、自然と起こっている」と話す。

個人の利用者らが集うキャンプ・デービッドの共用スペース=ニューヨーク

貸しオフィスも備えるこのスペースでは、リモートワーカーの従業員や個人事業主が利用者全体(約400人)の3分の1を占める。「ここに来ると他の人も働いているからやる気が出るし、社交的になれる。孤独を感じることはない」(利用者のフリーライター、レイク・シャーツ=32=)などと人気で、貸しオフィスも含めて利用者は増える一方だという。

通勤の負担がない、上司の目を気にしなくてもいい――。様々な理由で人気を集めてきた在宅勤務だが、実態が分かるにつれトレンドが変わりつつある、とポープはみる。「働く人は自宅を仕事に集中できない場所とみるようになった。子どもがいたり、気が散るものがあったりするからだ。そして、孤独もある」

個人の利用者らが集うキャンプ・デービッドの共用スペース=ニューヨーク

ブームの波は、日本にも近づきつつある。「テレワーク人口実態調査」(国土交通省)によると、普段の職場に出勤せずに働く「テレワーク」を経験した雇用労働者の割合(18年度は16.6%)は増えつつある。コワーキングスペースなど「共同利用型オフィス等」の利用割合(雇用労働者では18年度で1.8%)も、若干の増加傾向にあるという。

近い将来、「孤独」が世界の仕事場の風景を一変させるかもしれない。(太田航)