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バイデン大統領の息子、家族の悲劇と依存症と 赤裸々な転落の告白本

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
相場郁朗撮影

『Beautiful Things(美しいもの)』は、ジョー・バイデン大統領の息子ハンターの回想録。アルコール依存症・薬物中毒とその克服までの道のりが赤裸々に語られている。

バイデン家の悲劇は広く知られている。ハンターは1972年、2歳の時に交通事故で母親と妹を失い、自らも負傷した。助かったひとつ上の兄も2015年、脳腫瘍で46歳という若さで亡くなった。

兄弟の関係は親密だった。著者はジョージタウン大学とイェール・ロースクールを卒業し、ロビイストの仕事やさまざまな団体の役員を務め、3人の娘も育てたが、20代からアルコール依存症でリハビリ施設への入退院を繰り返していた。兄の死後、依存症が再発し、20年来の結婚生活が破綻した。コカイン中毒に陥り、転落への道を辿っていった。

兄の死への深い悲しみが、依存症の告白と並行して語られていく。大量のウォッカとコカイン。ホテルを転々とする生活。繰り返される治療の失敗。当時、副大統領だった父親も心配のあまり訪ねてきた。「父は、すべてが失われたわけではないことを私に忘れさせなかった。どんなに悪い状況でも、私を見捨てず、突き放さず、裁かずにいてくれた」と著者は回想する。

最終的にハンターが立ち直ることができたのは、現在の妻との出会いによるものだ。ふたりは出会ってすぐに恋に落ち、1週間後に結婚。20年に生まれた息子には、亡き兄の名前を付けた。

トランプ前大統領から執拗な攻撃を受けたウクライナのエネルギー会社「ブリスマ」のことも語られている。同社から多額の報酬を得ていたことについては、「倫理に反することは何もしていない」が、「もしもう一度、この仕事を依頼されたら、詮索されるのを避けるためにも、断るだろう」という。バイデン大統領は、本書の発刊前にテレビのインタビューに答え、「彼が前に出て、問題について語った正直さ。読んでいて希望が湧いてきた」と語っている。

最終章は兄への手紙となっている。表題の「美しいもの」という言葉は、兄が死の間際に唱えていたマントラからヒントを得たものだという。中毒を乗り越え、本書ですべてをさらけ出した著者は、ようやく「美しいもの」に手が届いたようにみえる。

■ロックスターで、普通の人。ブランディ・カーライル回想録

2019年、アメリカのシンガー・ソングライター、ブランディ・カーライルは、第61回グラミー賞の6部門でノミネートされた。本書『Broken Horses』は今年で40歳を迎えた彼女が自身の半生を綴った回想録である。

ブランディの音楽は、カントリー、フォーク、ロックなど複数のジャンルに分類され、心に響く歌詞と、力強さと透明感を併せもつボーカルに定評がある。彼女は同性愛者で、現在、妻と2人の娘がいる。芸術や女性の地位向上、LGBTQ、地域支援、健康、地球温暖化、人権など多岐にわたる分野で積極的な社会支援活動をおこなっている。エルトン・ジョン、ジョニ・ミッチェル、オバマ元大統領、ドリー・パートン、タニヤ・タッカー、パール・ジャムほか、多くの著名人との親交でも知られている。

幼少時から10代までの自分の生活が、いかに風変わりだったかと著者は振り返る。1981年、ブランディはシアトル郊外で20歳の母親と21歳の父親の間に生まれた。3人きょうだいの長女。父親はアルコール依存症で職を転々とし、家庭はいつも貧しく、ワシントン州内で頻繁に引っ越しと転校を繰り返した。トレーラーハウスで暮らしていたこともある。

親戚たちとは仲が良く、青い大きなバスに乗って大人数で旅行をした。いつも誰かがマリフアナを吸い、神について大きな声で語っていた。一方で、野生動物や家畜に囲まれ、自然に恵まれた生活でもあった。著者は幼い頃から自分の馬をもつことにロマンを感じていたという。「ブロークン・ホーセス(壊れた馬)」は、10代の時に著者が安い値段で購入した、傷ついて捨てられた馬のことを表している。その馬は現在も飼い続けている。

幼少期、細菌性髄膜炎にかかり、命を落としかけた。この経験は自身の成長期に大きな影響を与えたと著者は分析する。やがて、彼女には識字障害があることがわかり、特別支援学級に入れられる。周囲の目が気になり、学校はどんどん居心地の悪い場所になっていった。

母親の歌手活動を通じて、8〜9歳頃からバーなどで歌うようになった。著者にとってステージで歌い、人に認めてもらうことは救いだった。13歳の頃には、近所の大人たちと意気投合し、バンド活動を開始。エルトン・ジョンの音楽に衝撃を受け、彼の伝記を通じて、クイーン、U2、ジョージ・マイケル、ビートルズ、デヴィッド・ボウイなどを聴くようになる。16歳になる頃には高校を中退した。父親からは「お前は負け犬だ」「恥を知れ」と言われた。

10代から自分が同性愛者であることを公言していた著者は、自分のセクシュアリティと信仰との間の緊張感に悩んでいた。教会は慰めでもあり、恐怖でもあった。結局、同性愛者であることが理由で、念願だった洗礼はバプテスト派教会の牧師から拒否された。著者は自分の居場所を求めて音楽活動に没頭していく。

シアトルで音楽活動をしていた一卵性双生児の兄弟、ティム・ハンセロスとフィル・ハンセロスとの出会いが著者の転機となる。1999年、3人でブランディ・カーライルの名でバンドを結成。レコード会社と契約し、2005年には初のアルバムがリリースされた。15年間にわたってバンドのツアーをこなし、6枚のスタジオアルバムを制作。レーベルやプロデューサーとの対立も経験した。著者の代表曲である「The Story」や「The Joke」などの曲の制作過程についての記述からは、彼女の個人的な苦悩が、どのようにして曲の芸術性を高めたかを知ることができる。

バンドメンバーである双子の兄弟たちとの関係が興味深い。彼らは1999年以来、まるで親密な家族のように過ごしている。「ブランディ・カーライル」は3人の代名詞であり、彼らは物事の決断、お金、名前のすべてを3分割している。もしも解散しても、著者は別名を名乗り、双子は「ブランディ・カーライル」として活動を続ける権利を持っている。双子の兄は著者の妹と結婚しており、双子の兄弟とその家族は、どちらもカスケード山脈の麓にある著者の家の敷地内で暮らしている。

妻のキャサリンは、ポール・マッカートニーのチャリティー・コーディーネーターをしていた英国人。著者と結婚後、体外受精によって、2人の女の子を出産した。子どもたちの遺伝学上の父親は、なんと著者の幼なじみである。彼もまた、著者の家を頻繁に訪れる家族のひとりだ。補足になるが、著者の以前のガールフレンドのカップルも同じ敷地内で暮らしているという。

著者の歌が心に響くのは、葛藤を抱える自分自身の姿を常に冷静に観察し、本当の気持ちを正直に発信しているからだろう。著者は成功したスターである自分と、自然に囲まれた家で、家族や大切な友人たちと普通の生活をする自分を両立している。

グラミー賞を受賞しても、自分自身は何も変わらないと著者は語る。オバマ元大統領の写真集で知られる写真家で友人のピート・ソウザは、著者の家に1週間滞在し、撮影をした。ニューヨーク・タイムズ紙によれば、彼女はカメラがあっても全く変わらなかったという。ソウザは「ブランディがロックスターであるのは、週に3、4回、毎回1時間半ほどの時間だけです」。それ以外の時間は、「彼女は普通の人なのです」と語っている。

各章の終わりには、歌の歌詞と、手書きのコメント付きの、メンバーや家族の写真が多数、収められている。前述のソウザの写真も収録されている。オーディオブックではギターの弾き語りによる彼女の歌も聞くことができる。

エルトン・ジョンやジョニ・ミッチェルをはじめとした1世代上のミュージシャンたちとの交流からは、彼女が彼らの音楽の歴史と文化を継承していることが伝わってくる。女性の地位向上やLGBTQの人権を含めた社会活動にも積極的なブランディは、まさに現在のアメリカを象徴するミュージシャンのひとりと言えるだろう。

■ゲノム編集技術でノーベル賞を手にするまで

カリフォルニア大学バークリー校の研究者ジェニファー・ダウドナ博士は、ゲノム編集技術クリスパー・キャス9(ナイン)の発見によって、共同研究者のエマニュエル・シャルパンティエ博士とともに2020年、ノーベル化学賞を受賞した。100年以上にわたるノーベル賞の歴史において、科学分野の賞を2人の女性だけで受賞した初めての例だ。本書『The Code Breaker』では、ダウドナの幼少時代に始まり、彼女の先駆的な研究、共同研究者たちとの国境を越えた協力、激しい特許争い、そして最終的にノーベル賞という最高の栄誉を手にするまでの姿が描かれている。

著者は、アルバート・アインシュタイン、スティーブ・ジョブズ、レオナルド・ダ・ヴィンチなどの伝記作家として知られるウォルター・アイザックソン。本書では、広範な読書やインタビューを通じて習得した科学的知識を用いて、生化学や特許の裏表などの難解な事柄を読者にわかりやすく説明している。ダウドナ以外のゲノム研究に携わる研究者たちの活動も数多く紹介している。

本書の中心人物として描かれるダウドナは幼少期、ハワイ島の原野をトレッキングし、自然観察をするのが大好きな子どもだった。小学校6年生のとき、ジェームズ・ワトソンの『二重らせん』を読み、生物学に魅了され、自分は科学者になると決めた。カリフォルニア州ポモナ大学、ハーバード大学大学院を卒業後、いくつかの研究室で働き、現在、カリフォルニア大学バークリー校の教授を務めている。

少し用語について説明すると、まず、ゲノムとは細胞の中の核に含まれるDNAの全ての遺伝情報のことである。ダウドナのチームが開発したクリスパー・キャス9は、DNAを切断してゲノム配列の任意の場所を削除したり、別の遺伝情報を挿入したりすることができる新しいゲノム編集技術だ。これは、バクテリアが数十億年かけて進化させた、侵入してきたウイルスを撃退するシステムに基づいているという。表題の「コードブレーカー」という言葉は、「暗号解読者」という意味があるが、遺伝暗号を担うDNA分子の二本鎖(にほんさ)を切断するクリスパー・キャス9そのものを表す言葉だという。

クリスパー・キャス9は画期的な発明だったが、その特許化を巡って、同時期に同様の研究を進めていたハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)で作る民間企業であるブロード研究所の研究者との間で、数十億ドル規模とも言われる激しい競争が生じている。本書では現在も裁判が続いているその争いについても詳しく記されている。

本書はまた、2020年のコロナ禍の記録でもある。新型コロナウイルスの感染が拡大した後、著者は本書の執筆にさらに1年を費やし、パンデミックに立ち向かう人々を見守った。利害関係で対立していた研究者や組織が、社会的な危機に直面した時、お互いに利害を捨てて協力してコロナ禍の課題に立ち向かっていく様子は感動的だ。彼らは米国政府組織とは別に、2020年3月の段階で自分たちのコロナ対策組織を立ち上げ、競争を一旦、休止し、自分たちに何ができるかを話し合った。

研究者たちは、クリスパー・キャス9の技術を用いた迅速な試験方法とワクチンの開発に取り組み、科学界全体の利益のためにその内容をオープンなデータベースに掲載することで、その進歩に拍車をかけた。いま私たちがワクチンを接種できるのは、まさに彼らの功績によるものだ。

しかし、クリスパー・キャス9は危険な側面も孕んでいる。ウイルスの蔓延に打ち勝ったり、遺伝病を治したりする可能性を秘めている一方で、この技術が人間を含む生物の遺伝子を編集するために応用できるという深刻なモラルの問題を抱えている。

著者は、様々な問いを読者に投げかける。ゲノム編集が金持ちだけのものになって、社会に不平等をもたらすことにならないか。クリスパー・キャス9は種の多様性にどのような影響を与えるか。病気の治療と、優れた特性を生み出すための作業の間の曖昧な境界線についてはどうだろう。ゲノム編集技術を利用して、より優れた、より強い子供を生み出そうとする親たちに、私たちは何と言えばいいのか。ゲノム編集して、不完全と思われる部分を取り除くべきだと考えるのは正しいことなのか。私たちは謙虚さや共感性を失ってしまうのではないか。

著者によれば、最近の生命倫理学者の間では、ゲノム編集は医学的に必要でない限り行うべきではないという意見が主流だが、ゲノム編集がより安全になればなるほど、それを利用して改良を加えることが道徳的に間違っているという意見には誰もが同意しなくなるだろうと言う。「クリスパー・キャス9技術の進歩とコロナ禍がもたらした大惨事とが相まって、私はゲノム編集に前向きになった。今では、危険性よりも可能性のほうがはっきりと見えている。クリスパー・キャス9を賢く利用すれば、バイオテクノロジーによって、致死性の高いウイルスを撃退したり、重大な遺伝的欠陥を克服したりすることができるようになる」と著者はニューヨーク・タイムズ紙で語っている。

5年以上にわたるDNAをめぐる競争の最前線での取材では、著者は記者として科学会議に出席したり、研究室を見学したり、係争当事者の専門家に相談したり、主要人物同士の重要な電話会議を仲介したりした。自らワクチンの治験にも参加している。ゲノム編集という先端科学と、発見の裏で繰り広げられる個人的なドラマが見事に描き出されている。

米国のベストセラー(eブックを含むノンフィクション部門)

4月25日付The New York Times紙より

※ 『』内の書名は邦題(出版社)

1 Broken Horses

Brandi Carlile ブランディ・カーライル

グラミー賞複数回受賞の女性シンガー・ソングライターの回想録。

2 Finding Freedom

Erin French エリン・フレンチ

メーン州の大人気レストランの女性オーナーシェフによる回顧録。

3 Broken

Jenny Lawson ジェニー・ローソン

作家兼人気ブロガーが、心と体の健康についてユーモアたっぷりにつづる。

4 Beautiful Things

Hunter Biden ハンター・バイデン

現職大統領の息子が、家族の悲劇と飲酒・薬物依存からの回復を語る。

5 The Light of Days

Judy Batalion ジュディ・バタリオン

ナチス政権下のポーランドにおけるユダヤ人女性たちの抵抗運動。

6 The God Equation

Michio Kaku ミチオ・カク

相対性理論と量子論の統合をめぐる論争について理論物理学者が解説。

7 The Code Breaker

Walter Isaacson ウォルター・アイザックソン

ノーベル賞受賞女性科学者はいかにゲノム編集技術を開発したか。

8 The Body

Bill Bryson ビル・ブライソン

人間の身体の様々な部分と機能を説明した人体の取扱説明書。

9 Killers of the Flower Moon

『花殺し月の殺人』(早川書房)

David Grann デイヴィッド・グラン

1920年代のオクラホマ州で起きた、米先住民を狙った殺人事件。

10 The Body Keeps the Score

『身体はトラウマを記録する』(紀伊国屋書店)

Bessel van der Kolk ベッセル・ヴァン・デア・コーク

トラウマが心身に与える影響と、回復のための革新的な治療法。