「中年の危機」は、特にそれが他人の危機である場合なら、笑いの対象にしやすい。
映画やテレビで描かれているようなお決まりのイメージが、よく知られている。中年男性が40歳になるにあたり冷静さを失い、若い女性とスポーツカーのために、あるいはスポーツカーのためだけに妻を捨てる。
ところが実生活では、中年の危機はそれほど一目瞭然だったり劇的だったりすることはめったにないし、男性だけが経験するわけでもない。40歳とか50歳の誕生日や、子どもの巣立ちといった節目の時が、自分の人生や将来への不安をかきたてることがある。
そして、この不安が支出の仕方に影響を与えるかもしれない。
「感情が行動を促す」。米ミズーリ州カンザスシティーのファイナンシャルセラピスト(訳注=専門知識と心理療法を活用して金銭的な問題や不安を改善する専門家)のネイサン・アストルは言う。
生活に不満を感じると、新しい服を買ったり、美容整形におカネをかけたりすることがある。あるいは、刺激を求めているなら、旅行や高価なワインといった値の張るモノに散財するかもしれない。
たまの楽しみは悪くない。特に出費する上限を決めている場合は、そうだ。問題は、引退がより現実味を帯びてきたころに中年の危機が訪れうること。だから、自分自身にご褒美(ほうび)をあげるとしたら、退職後の貯蓄や投資が順調かどうかも確認する必要があると専門家は言っている。
投資に関しては、タイミングよりも時間の方が重要だ、とファイナンシャルセラピストのアシュリー・アグニューは言う。つまり、株価が安い時に買い、高い時に売るよりも、人生の早い段階で退職後に備えて貯蓄をすることが重要なのだ。
アグニューによると、たとえば6%の収益があるなら、毎年5千ドルを40年間投資すれば、65歳までに80万ドル以上になる。しかし、同じ金額を30年間投資しても40万ドルにしかならない。
引退までの期間が短くなればなるほど、貯蓄できる時間は少なくなる。「短期的な思考の影響は長期的に尾を引く可能性がある」とアグニューは指摘する。
米コロラド州デンバーの金融アドバイザー、マーティー・アワドによると、中年の危機が本格化しているかもしれない兆候として、401k(訳注=米国の内国歳入法401条k項に基づく確定拠出型の個人年金制度。従業員の給与からの拠出金を基礎とし、企業もそれに上乗せ拠出できる)や個人の退職金口座からおカネを引き出したり、必要ではないのに欲しいものを買うために自宅を担保に借金をしたりすることがあげられるという。
クレジットカードでの借り入れが増えたり、買ったものを愛する人びとから隠したりすることも危険な兆候といえる。
しかし、買い物は(たとえ一時的であれ)気分を高揚させることが多いので、出費は問題視されず、解決策だと勘違いされるとアストルは言う。したがって、問題が起こる前に計画を立てることが重要だ。
中年の危機であなたの経済的な計画が狂うのを避けるために、次のような安全策を検討してみよう。
生活習慣の乱れに注意
運よく長年にわたって継続的に雇用されているなら、収入は通常、年齢と経験に応じて増えていく。
米国勢調査局が実施した2022年の調査によると、45歳から54歳の世帯年収は中央値が10万1500ドルだったのに対し、25歳から34歳は8万240ドルだった。
「一般的に、40代から50代にかけて年収が最も高い時期を迎える」とパコ・デ・レオンは言う。「Finance for the People(人々のための財政)」の著者だ。収入が増えれば、より高級なレストランや豪華な休暇、あるいは大きな家を買う余裕ができるだろう。
しかし、こうしたモノを購入すると、「ライフスタイル・クリープ(生活習慣の乱れ)」と呼ばれる現象が引き起こされる可能性がある。収入の増加とともに支出が増える現象だ。
「坂を転げ落ちるようなものだ」とデ・レオンは言う。たとえば、年収8万ドルの人の給与が3%ずつアップした場合、インフレはもちろんのこと、ディナーや週末の旅行などといったちょっとしたぜいたくで、増えたおカネをすぐに使い果たしてしまう可能性がある。
たとえ1度だけの散財でも危険だとデ・レオンは注意を促す。たとえば、ブランド物の靴を買えば、手持ちの服が見劣りするかもしれない。あるいは、手織りのラグを注文したら、イケアの家具が古くさく見えてしまうかもしれない。
こうした思考回路で、以前はぜいたく品だったモノが必需品のように思え、出費が増える可能性があるのだ。
ライフスタイルの乱れを防ぐために、家計に制限を設定しておこう。たとえば、給与が上がったら、増えた収入を退職金口座に入金しておく。それができない場合、増収分の20%を貯蓄に回すという一般的な金融アドバイスに従おう。そして、もしボーナスをもらったら、そのうちのほんの一部を使い、あとは投資するようにとデ・レオンは助言する。
脳をだます
中年期の危機は、衝動買いをする心理を解き放ってしまう可能性がある、とアグニューは言っている。衝動的な出費を抑えられなくなるのだ。
それを防ぐために、デ・レオンは「購入リスト」を作成するよう勧める。欲しいものをすべて書き出し、それを買っている自分を想像してみるのだと彼女は言う。
SNSを眺めたり酒を飲んだりするのと同じように、買い物はドーパミンを分泌させる。ところが、購入リストは「脳をだます」ことでおカネを使ったと錯覚させることができ、買い物した時と同様の満足感が得られると彼女は指摘する。
2週間経ってもまだその品物を欲しい場合、何か行動を起こす前に否定的な側面について考えてみよう。デ・レオンは、「これを買うことは、経済的に私をもっと弱い立場に追い込むだろうか?」と自問することを提案している。
1回食べ過ぎたとしてもすぐには体重が増えないのと同じように、少し余分に出費してもすぐに銀行預金が減ることはないかもしれない。しかし、長期的なコストを計算することが重要なのだ。
たとえば、毎週50ドル余計に使えば、月の合計は200ドルになる。退職まであと10年ある場合、その支出ペースを維持したとすれば、退職時までに2万4千ドル余計に出費することになる。
年齢を重ねると、予期しない出費が膨らむことがある。医療への支出が増え、病気の家族の介護でさらに大きな経済的負担がのしかかるかもしれない。退職後に備えて貯蓄する際には、そうした出費の可能性を頭に入れておくことを忘れてはいけない、とデ・レオンは言っている。
銀行口座の「ストレステスト」
節目の誕生日に夢のような休暇をとるといった大型出費を考えているのであれば、まずは退職金や年金の制度を見直すこと。これはアワドの勧めだ。彼女によると、ファイナンシャルプランナーは、買い物の影響を分析する「ストレステスト」を実行できるソフトウェアを持っている。
ストレステストでは、さまざまな収益シナリオを実行し、経済的な選択に内在するリスクを明らかにするのだ、とアワドは言っている。潜在的な収益幅を確認することは、あなたの預金で出費をまかなえるかどうかを判断する役に立つ。
支援者を探せ
経済的な苦境を恥じるあまり、行動を起こせないことがある。「恥ずかしさは変化の敵である」とアストルは言う。だから、おカネを使いすぎてしまったら、ためらわずに助けを求めよう。
たとえば、ストレスが原因で散財してしまったら、感情をより健全な形で制御する方法をファイナンシャルセラピストに教えてもらえばいい。アストルによると、自分がどういった気持ちなのかを理解すれば、違った対応ができるようになるというのだ。
401kの口座からおカネを引き出すことで家計の健全性が損なわれた場合、有料のファイナンシャルプランナーに相談すれば、正常な状態に戻す手助けをしてくれるだろう。また、クレジットカードの借り入れが増えた場合は、専門家が返済支援計画を立ててくれる。
低料金ないし無料の債務整理相談や予算管理が必要な場合は、米国ファイナンシャルカウンセリング協会(FCAA)や全米クレジットカウンセリング財団(NFCC)にその方法がある。財団は無料の学習コースも提供している。
たとえ貯蓄が底をついたとしても、金銭的な失敗の結果が変えられないということはめったにないのだ。
「間違いを正すために小さな一歩を積み重ねることは、大きな助けになる」。そうアストルは言っている。(抄訳)
(Juli Fraga)©2024 The New York Times
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