ニューヨーク・マンハッタンの、下界をはるかに見下ろす広々とした会議室で、デザイナーのサギ・ハビブ(49)は、米国建国250周年祭に向けて洗練されたロゴを創る難しさを語った。
まず、「semiquincentennial(セミクインセンテニアル=250周年)」という言葉の長さが問題だった。18文字もある。
「それに、とても難しい言葉だ」と続け、米議会が建国250周年を飾るために選んだこの空虚な修飾語をみごとに回避しながら説明してくれた。その当日となる2026年7月4日は、刻々と迫っている。
250周年祭のロゴのデザインについて尋ねた1時間のインタビューの間、ハビブは「セミクインセンテニアル」という言葉を2回しか使わなかった。
しかも、「セ・ミ・クイン・セン・テ・ニ・アル」という七つの音節を早口に発音した上でのことだ。いつもなら滑らかに進む自分の作業に、この言葉が持つ粗雑さが影響するのを少しでも避けるかのようだった。
ハビブは、ニューヨークにあるデザイン事務所「チャマイエフ&ガイスマー&ハビブ」(訳注=1957年設立)の共同経営者の一人だ。米3大テレビネットワークの一つであるNBCや米石油大手エクソンモービル、さらにはニューヨーク大学などのロゴを作成。1976年には、米建国200年「bicentennial(バイセンテニアル)」の星形のロゴも手がけている(訳注=当時の事務所名にハビブの名はまだなかった)。
米議会の「米国250周年記念委員会」(訳注=2016年設立)が事務所に接触してきたのは、2023年3月になってからだった。委員会は全米でこの節目を記念し、祝うために議会によって設けられていた。
ところが、その準備活動は難航している。委員会を支援する基金で性差別や資金の不適切な運用があったとして関係者が告発し(訳注=2022年2月)、初代の委員長は辞任せざるをえなくなった。
こうした事態を受けて、メタ(旧フェイスブック)がスポンサー契約を取り消した。米社会が大きく分裂しているなかで、この国の複雑な歴史をどう祝うべきなのか――委員会は、いまだに苦闘している。
だから、今回のロゴをデザインする仕事は、重荷を背負っていた。新しいロゴは、問題だらけの準備活動を立て直せるのか? 分断されたこの国をまとめられるのか?
そのロゴが、2023年12月4日に発表された。赤、白、青のリボンが横にたなびきながら250という数字を描く。「セミクインセンテニアル」という難しい言葉は巧妙に避け、「America」という文字がしゃれた飾りのように数字の上に乗っている。
「ほとんどありえないような構図になった」とハビブはそのデザインを評する。まるで、表と裏が連続面としてつながっているメビウスの輪のように、このリボンはねじれている。
「それがもう一つ、違うレベルの意味合いをもたらしていると思う。(訳注=表と裏をつなげるように)人々を一つにまとめることは、今日ではほとんど不可能に思えるけれど、まとまることができれば素晴らしい」
デザインは、もちろんみんなの協働作業で進められた。事務所に所属する14人全員がアイデアを出し合い、星条旗の星やグラデーション、紫(訳注=共和党の赤、民主党の青という2大政党のイメージカラーを混ぜた色)の色合いなどを提案した。
結局は、パレードの山車の飾りや名誉勲章(訳注=米軍の最高位の勲章)の飾りひもなどお祝いに使われるリボンを基調とすることで一致した。そして、それぞれの素案を持ち寄る全体会議が2023年6月に開かれた。
「自らの謙虚さが問われる瞬間でもある」とハビブは語る。「自分のアイデアを持ち寄る場だし、誰しも自分の創造物には愛着がある。そして、誰かが批判するかもしれない。『それって、なんだかそうは見えてほしくない体の部位みたい』とかね」
みんなで手描きの素描を何百と作って検討を重ねた。その上で、アドビのデザインソフト「イラストレーター」に取り込み、リボンの右下部分の曲がる角度など細部に至るまで詰めた。
このロゴはTシャツや大きな長方形の平らなケーキ、コイン、野球帽などにデジタル描写して試した上で、7月に最終版が議会の委員会に提出された。
米国民はこのロゴを気に入るだろうか。一般への最初のお目見えは、2023年12月16日、「ボストン茶会事件」(訳注=茶の貿易を独占していた英国が植民地に高額の茶税を課したことに怒り、茶箱を海に捨てた事件。米独立戦争の契機となったとされる)の記念日になる。
でも、米アップルの虹色のロゴをデザインしたロブ・ジャノフ(ハビブのデザイン事務所との提携関係はない)は、その前からもうファンになっている。
記念ロゴというものの格別な難しさに、ジャノフはまず言及する。デザイナーは、図柄として必ずしも魅力的とは限らない日付や年号を取り扱わなければならないし、米国の図像は、政治的なイメージと結びつきやすい傾向があるからだ。
「旗を振って愛国心を示すような気持ちにさせるのだけれど、旗を描くわけではない。その点、彼らは愛国の精神と躍動感を示すことに成功したと思う」
250周年記念委員会の現在の委員長ロージー・リオス(オバマ政権時代の財務官)は、「すべての米国人がこのロゴを好きになることを期待しているわけではない」と述べ、こう強調する。
「市民にはこのロゴの中に、自分自身の姿や国の姿を見るとともに、自分たちの歴史がなにがしかの形で反映されていることを見て取ってほしい」
委員会がハビブの事務所に委託した一因は、建国200年祭のロゴを作成した実績があることだとリオスは認める。1971年のニューヨーク・タイムズの記事は、赤、白、青の五つのアーチが連なって星を形づくるこのロゴが切手に採用された際、「とても印象的なデザインだ」と評していた。
ハビブの事務所を設立した共同経営者の一人で、1976年と今回の両方のロゴ制作に携わったトム・ガイスマーは、この二つに一定の視覚的継続性があるのは理にかなってもいると語る。1970年代も、米国は大変動の時代にあったからだ。ベトナム戦争が激化し、不景気に直面し、ニクソン大統領が辞任に追い込まれた。
「問題の種類は異なるが、山積していることは共通している」とガイスマーは説明する。
そんな緊張をはらんだ時代から生まれるシンボルは、世論に袋だたきにされる危険を伴う。しかし、激動を乗り越えてきた国の象徴として、時代の風雪に耐え抜くかもしれない。後者が、200年祭のロゴがたどった道だとガイスマーは胸を張る。
火星に初めて着陸した宇宙船(訳注=2021年2月、米航空宇宙局〈NASA〉の探査機「パーサビアランス」)が掲げた星条旗のすぐ下には、このロゴがあった。
250年祭のロゴについても、ガイスマーはこれに劣らぬ志を抱いている。「今度は金星だね」(訳注=NASAは2028~30年に金星探査機2機の打ち上げを計画している)(抄訳)
(Callie Holtermann)©2023 The New York Times
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