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イカはどうやって周囲の環境に溶け込む?カムフラージュのメカニズム解明に挑むと……

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
イカの脳がどのようにして目でとらえたモノを受けとめ、それを皮筋でコピーするのか。科学者たちにも、まだよくわかっていない=Stephan Junek/Max Planck Institute for Brain Research via The New York Times/©The New York Times

コウイカをその場に置く、あるいはもっと正確に言えば、場所を次々移していくと、イカは姿を消す。これらのイカとタコの近縁種は周囲の色や構造を模倣し、海藻、砂、石に溶け込むようにカムフラージュするのだ。それは捕食者から逃れる役に立つ。

ところが、イカの脳がどうのようにして目でとらえたモノを受けとめ、それを皮筋にコピーするのかについては、正確には誰にもわかっていない。

彼らは、自身の皮膚の変化を観察し、砂に合わせて微調整しているのだろうか?あるいは、対象と一致しているかどうか、視覚だけに依存しているわけではないとすると、どうなのか?イカにとって、ある種の斑点は、たとえばしま模様とは異なると感じられるのだろうか?

この疑問に答えるため、科学者たちはイカが自身の体の色を変化させる際に皮膚細胞がどう反応しているかを捉えることができる高解像度のビデオに注目した。

科学誌「ネイチャー」に2023年6月28日に掲載された論文によると、研究者は、イカが皮膚を周囲の環境に合わせるために、さまざまな選択肢をサンプリングしていることを突きとめた。イカは、対象との一致に近づけば近づくほど、今度はうまくできたかどうかを確認するかのようにモーフィング(訳注=ある画像を別の画像に滑らかに変化させるグラフィック処理の技術)の停止を繰り返す。この発見は、根本的に異なる生物が私たちの目にはまるで魔法のように映ることをするとき、その形態に何が起きているかを見せてくれる。

イカの腕の色がついた斑点は、それぞれが発色団と呼ばれる特殊な色素細胞に対応しており、正しい(変化の)パターンを実現するために開けたり閉じたりできる=Stephan Junek/Max Planck Institute for Brain Research via The New York Times/©The New York Times

背景に合わせ、イカは発色団と呼ばれる色素を生成する一連の皮膚細胞と、乳頭と称される隆起構造を活用している。イカは、スクリーン上のピクセルのように、発色団を開いたり閉じたりする無数の小さな筋肉を収縮させ、泳いでいる場所の表面のパターンを適切にコピーするのだ。

広範な研究で、イカは1秒以内に最終パターンに到達できることが証明された。ドイツのマックス・プランク脳研究所の教授で、今回の論文の執筆者の一人であるジル・ローランは、イカは似せる対象を見てどのように模倣するかを決め、その後、一致する皮膚のパターンを迷わず選んでいる可能性があると考察した。ローランら研究者は、最終的な皮膚パターンに至る過程でどの発色団が開閉するか、コンマ秒刻みで観察した。

この研究では、研究チームは布地に印刷された30枚の背景を用意し、水槽の底にそれを広げた。イカの色やパターンが変化するのをカメラで監視し、研究者がデータを分析すると、イカはそれぞれが異なるパターンで動いていることがわかった。

「私たちは、イカがその最終パターンに向かって断続的にゆっくりと動き、達成したい最終目標と自身を見比べるかのように時々変化を止めるのを観察している」とローランは言う。「イカは、最終的に満足できる何かに到達すると、そこで変化を止めるのだ」

ローランによると、(イカの変化は)最終目標に近づくにつれ、中断の間隔が長くなる。おそらくイカにとっては、その皮膚パターンにさらなる変化が必要かどうかを判断するのがより難しくなるからだろう。

「私たちは、イカがその時々に表出するパターンについてある程度の知識を持っていると信じている」と彼は言う。「どのようにしてそれを体得したのかは、わからない」と付け加えた。イカは目を使って発色を確認しているのかもしれない。だが、皮膚の何らかの感触に頼っている可能性もある。誰にもまだ確かな答えはわかっていない。

さらに、ローランの研究チームは、イカが以前見たことのある背景に出くわした時、以前と同じ方法で体を一致させようとはしないことに注目した。イカはその都度、異なる過程をたどって最終パターンに到達するのだ。

ローランによると、これは人間が歩いたりモノを拾ったりすることを学習する方法とは違って、イカの場合は目標達成の戦略を学んでいないことを示唆している。その代わり、イカは何千もの小さな筋肉の収縮を使って見たモノを皮膚に描きだす能力を、どういうわけか生まれながらにして備えている。

「運動システムとしても、行動としても、動物としても、それは私たちとはまるで異なっている」と彼は指摘する。「まさに驚くべき生き物だ」と言う。

長年の進化を通じて研ぎ澄まされたこのシステムは、非常に複雑か、あるいは一見複雑そうにみえて実は単純であることが判明するかもしれない。まだら模様の砂の上をせわしなく動き回り、皮膚を収縮させて姿を消し去ってしまうイカの生態を理解するには、科学者たちにはさらなる研究が求められる。(抄訳)

(Veronique Greenwood)©2023 The New York Times

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