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G7広島サミット、核抑止政策での結束は被爆地の蹂躙だ ウクライナ侵攻を口実にするな

World Now 更新日: 公開日:
平和記念公園。G7サミットに参加する首脳らが訪問を予定している
平和記念公園。G7サミットに参加する首脳らが訪問を予定している=2023年3月、広島市中区、上田潤撮影

今年3月3日に亡くなった作家の大江健三郎氏は、「ヒロシマ・ノート」(岩波新書)の第3章「モラリストの広島」でこう書いている。

幸運にも、もし、再び人類が核兵器による攻撃を体験しないとすれば、その時にもなお、この人間がかつて経験することのなかった最悪の日々を生きのびた広島の人びとの知恵は、確実に記憶にとどめられておかれねばなるまい

「ヒロシマ・ノート」(大江健三郎著、岩波新書)

広島の記憶をとどめる象徴的な場所として整備されたのが、爆心地のそばに広がる広島平和記念公園だ。

かつては約1300世帯、約4400人が暮らす繁華街で、戦時下とはいえ、普通に市井の営みがあった。

建築家の丹下健三氏が設計したこの公園には、約33万人の名簿が納められた原爆死没者追悼慰霊碑をはじめ、核兵器の非人道性を浮かび上がらせる広島平和記念資料館、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館、そして身元不明や引き取り手のない7万柱の遺骨が眠る原爆供養塔などが配されている。

大江健三郎氏(左)と丹下健三氏
大江健三郎氏(左)と丹下健三氏=朝日新聞社

この公園を、G7(主要7カ国)の首脳が訪れる。5月19~21日に広島で開かれるG7サミットの行程に組み込まれた。

特に、生活の地を一瞬にして地獄に変えた未曽有の破壊と、それが人間にもたらした塗炭の苦しみを具体資料で示す平和記念資料館は、人類の命運を握るG7の首脳こそ、目を凝らして見るべき場所のはずである。

だが実際は、安易に足を踏み入れられない事情がある。それはG7が、核廃絶の思想とは相いれない、核抑止論に基づく安全保障政策で強力に結束する「核同盟」でもあるからだ。

広島・長崎に原爆を使用した米国と、英国、フランスは核保有国だ。ドイツ、イタリア、カナダ、日本は、米国の「核の傘」に依存する。

日本以外の6カ国は西側軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)の加盟国であり、ドイツとイタリアは米国と「核共有」している。現在92の国・地域が署名し、68の国・地域が批准している核兵器禁止条約に、G7の中で署名・批准している国は一つもない。

広島で高まる核抑止論への警戒

核抑止政策に依存するG7諸国が、ウクライナへ侵攻したロシアに対抗するためとはいえ、それを口実に絆を固める結束の舞台として被爆地・広島を利用するとしたら――。

G7サミットの開催が近づくにつれ、広島の人々の間にそうした懸念が強まっている。そうなれば、原爆犠牲者を冒瀆(ぼうとく)することに他ならず、被爆地を核抑止論で蹂躙(じゅうりん)するにも等しいだろう。

広島では4月から5月にかけ、民間組織や市民団体などが相次いでG7広島サミットへの提言を発表した。それらをつぶさに見ると、共通部分が浮かび上がる。ウクライナ戦争の長期化への懸念と、核抑止論への警戒、そして核兵器禁止条約の尊重である。

4月4日、G7サミットの議長を務める広島選出の岸田文雄首相の事務所に、「広島サミットへの要望」と題した文書が届けられた。

広島県原爆被害者団体協議会など被爆7団体と、NPO法人「AHT-Hiroshima」、核政策を知りたい広島若者有権者の会(カクワカ広島)の連名だ。

それに先だつ3月19日、これらの団体がG7広島サミットに向けて、「もう待てんのよー! みんなで言うちゃりましょう!」という集いを広島市内で開いた。

G7広島サミットに向けて、被爆者団体と若い世代の集い「もう待てんのよー! みんなで言うちゃりましょう!」が広島市内で開かれた
G7広島サミットに向けて、被爆者団体と若い世代の集い「もう待てんのよー! みんなで言うちゃりましょう!」が広島市内で開かれた=2023年3月19日、広島市中区、副島英樹撮影

被爆者団体と若い世代が一堂に会するのはあまり例のないことだった。この時の議論をもとにまとめたのが、この要望書だった。

「核兵器の非人道性を象徴するヒロシマの原点です」として原爆供養塔に足を運ぶことや、平和記念資料館をじっくり見てほしいなどの要望の中で、目を引いたのは「侵略・戦争の中止、核兵器不使用を」の項目だ。

ロシアをはじめ中国、北朝鮮への非難やウクライナへの支援・軍事強化が打ち出され、結果的に戦争が長引き、激化し、被害が拡大することを懸念します。

英国によるウクライナへの劣化ウラン弾供与とロシアによるベラルーシへの戦術核兵器の配備で、核戦争のリスクが高まることを恐れます。

被爆国は西側諸国の中でも特異な立ち位置にあることを、首相は自覚しておられると確信します。首相には、武力に頼らず、対話による徹底的な平和外交努力でロシアの侵略と戦争の早期終結を、併せて、劣化ウラン弾を含む核の威嚇・使用の禁止に向けて、主導的役割を果たしていただきたい。

「広島サミットへの要望」

そして、「軍事強化とは異次元の平和主義を貫き、各首脳を説得してください」と念押ししている。

かつてローマ教皇ヨハネ・パウロ2世も訪れた広島市中区の世界平和記念聖堂で5月10日に開かれた世界宗教者平和会議(WCRP、日本委員会主催)の「宗教者による祈りとシンポジウム」でも、G7サミットに向けた提言が出された。その最初に掲げられた項目が、「分断から和解、対立から対話へ」だった。

現在、国際社会は戦争や紛争によって多くの対立、分断が起きている。ウクライナ戦争をはじめ、世界は敵と味方に分かれることによる強い相互不信がはびこっている。戦争助長や敵国攻撃といった好戦的な姿勢は、暴力の増大を促し、より多くの悲劇を生じさせる。G7サミット参加国は率先して、戦争終結に向け、分断から和解へ、対立から対話への発信と実践を強くすること。

「宗教者による祈りとシンポジウム」

サミット開催6日前の5月13日には、同じく世界平和記念聖堂で、「世界の核被害者は問う~G7首脳へ」と題したフォーラムが開かれた。

主催した「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」(HANWA)の顧問を務める森滝春子氏は冒頭、世界中の核被害者とつながってきた立場からこう述べた。

「G7は歓迎すべきものなのかどうか、広島として考えなければなりません」

森滝氏は、「核と人類は共存できない」と原水爆禁止運動を率いた哲学者、森滝市郎氏の次女だ。

「世界の核被害者は問う~G7首脳へ」のフォーラムであいさつする森滝春子氏
「世界の核被害者は問う~G7首脳へ」のフォーラムであいさつする森滝春子氏=2023年5月13日、広島市中区、副島英樹撮影

このフォーラムで発表された「G7広島サミットに対する声明」は、4月のG7外相会合で出された共同宣言「G7外相会合のコミュニケ」に言及した。

G7外相会合のコミュニケでは、ロシア、中国、北朝鮮の核兵器について、様々な問題を指摘する一方で、自分たちが持っている核兵器については、「我々の安全保障政策は、核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている。」として、正当化を図っている。

しかし、全ての核兵器が廃絶されるべきとの明確な約束が反故(ほご)にされるかのような認識がヒロシマで開催された会議で表明されることは許されない。

「G7広島サミットに対する声明」

核抑止論への懸念は、世界の8200以上の都市が加盟する平和首長会議が5月11日に出した公開書簡でも「核兵器の存続と危険な核抑止論が及ぼす影響について、多面的な議論を展開する絶好の機会となると確信している」と言及。広島大学と核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)などが共催した広島G7ユースサミットも提言の中で、「誤った核抑止論ではなく核軍縮の原則と核不使用の規範に基づいた新たな政策を策定すること」を求めている。

G7サミットをめぐり、広島の平和団体などが出した声明文
G7サミットをめぐり、広島の平和団体などが出した声明文=副島英樹撮影

話題に上がったG7外相コミュニケとは何なのか。それはこういう文章から始まっている。

我々、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、及び米国のG7外相並びにEU上級代表は、ロシアによるウクライナに対する継続的な侵略戦争を含め、世界が国際システムに対する重大な脅威に対応する中で、我々の強い結束を強調する

「G7外相コミュニケ」

それに続く最初の項目は、ロシアへの厳しい非難の言葉だ。ある意味当然だとも言えるが、そこには戦闘停止への糸口を見つけようという気概は見えない。

案の定、ロシアメディアは反応した。有力紙コメルサントは、G7外相コミュニケは対ロシア制裁を強化し、ウクライナ支持の意向を再確認したと伝えた。

HANWA主催のフォーラムが問題を指摘したのは、このコミュニケの中に核兵器を持つ理由を明記し、核抑止論を正当化していることだ。

広島以外で首脳会談を開くならともかく、被爆地・広島でのサミットで核抑止政策でのG7結束を示すのは、被爆地を踏みにじる行為のようにも思える。

ウクライナ戦争が泥沼化する中、G7の結束をアピールするだけで第3次世界大戦に向かうかもしれない今の核危機を緩和できるだろうか。

ウクライナ軍とロシア軍が激しく戦った通り=2022年4月8日、ウクライナ・キーウ近郊ブチャ、朝日新聞社

核軍縮は核大国のロシアや中国との対話抜きにはありえない。G7諸国が、人類史的意義を持つはずの被爆地・広島を利用し、核を持っていい国と持ってはいけない国を線引きするだけの場になってしまうのであれば、広島が「貸し舞台」となってしまうという市民の懸念が現実となるだろう。

再評価すべきゴルバチョフ氏の「新思考外交」

長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)が3月29日、「核軍縮の再生:広島G7サミットに向けて」と題したポリシーペーパー(政策研究報告)を公表した。この中で、RECNAの吉田文彦センター長は次のように書いている。

とくに核武装しておらず核抑止にも依存していない大多数のグローバルサウスの諸国は、米国や中国、G7メンバー国が核抑止に頼り続ける現実に厳しい視線を向けている。

自分の都合のいい「法の支配」を選びとっては推奨し、不都合な「法の支配」については軽視したり批判したりする姿勢を続けるようでは、「G20バリ首脳宣言」の有名無実化につながりかねない。無論ながら、グローバルサウスからの幅広い共感も得にくいだろう。核抑止依存国が広島でのG7サミットで核使用や核による威嚇を「違法」と表明するのは困難だろうが、バリでの首脳宣言を明確に支持して、核の使用と核による威嚇の両方について何らかの制約をかける方向へ歩み出すべきだろう。

「核軍縮の再生:広島G7サミットに向けて」

ロシアも参加したG20バリサミットの首脳宣言(2022年11月)は、戦争と平和、さらには核兵器についてこう宣言した。

「平和と安定を守る国際法と多国間システムを堅持することが不可欠である。これには、国際連合憲章にうたわれている全ての目的及び原則を擁護し、武力紛争における市民及びインフラの保護を含む国際人道法を順守することが含まれる。核兵器の使用またはその威嚇は許されない。紛争の平和的解決、危機に対処する取り組み、外交・対話が極めて重要である。今日の時代は戦争の時代であってはならない」

バリでのG20首脳宣言については、G7に合わせて市民社会の諸団体がとりまとめた「C7(Civil 7)」の「核兵器廃絶WG政策提言『核兵器のない世界へ』」でも次のように触れられている。

広島の地でG7首脳は、バリでの首脳宣言に続き、すべての、そしてあらゆる核兵器の使用の威嚇を明確に非難しなければなりません

「核兵器廃絶WG政策提言『核兵器のない世界へ』」

特にバリ宣言でうたわれた「紛争の平和的解決、危機に対処する取り組み、外交・対話が極めて重要である」との指摘は重い。

先の吉田センター長は、ロシアによるウクライナ侵略開始後、北半球の各地で軍備増強論が勢いを増し、核抑止強化論も一段と幅を利かせるようになったと見ている。

プーチン大統領が、米ロ間で唯一残る二国間核軍備管理条約である新戦略兵器削減条約(新START)の履行停止まで発表し、2026年に期限切れとなる新STARTの後継条約の展望は視界ゼロに近い状態である。このような逆風の中で核軍縮の勧めを説くと、「弱腰」などに条件反射的な批判を浴びることが少なくない。

「核兵器廃絶WG政策提言『核兵器のない世界へ』」

しかしながら吉田氏は、軍拡一辺倒の政策に合理的妥当性は見いだし難いと指摘する。相対する双方が核軍拡をすれば、双方とも相手を上回ろうとするゲーム展開が再生産され、いつまでたっても安定しないどころか、かえって不安定な状態に転がり込んでしまいかねないとして、こう続ける。

そうした「安全保障のジレンマ」の悪循環からは、核増強路線のみでは抜け出せない。「危機に対処する取り組み、外交・対話」の手段としての核軍縮、「安全保障のジレンマ」の悪循環から抜け出すための核軍縮、核使用リスクを減らすための核軍縮を前進させることが、双方の利益になる点を共通理解とすることが緊要である。

「核兵器廃絶WG政策提言『核兵器のない世界へ』」

核軍縮も核廃絶もロシアや中国抜きには不可能である。核のリスクを下げるには、1980年代後半のレーガン・ゴルバチョフ時代に人類がたった一度だけ、核兵器を減少に転じさせることを可能にした考え方を今こそ再評価すべきだろう。

それは、「相互の尊重」「対話と協調」「政治の非軍事化」というゴルバチョフ氏が進めた「新思考外交」の考え方だ。

冷戦終結後、ロシアを排除し続けることがどんな結果をもたらしたのか、西側は謙虚に見つめ直すべきだろう。グローバルサウスの国々もそこを見ている。

アメリカのレーガン大統領(右)とソ連のゴルバチョフ共産党書記長(肩書はいずれも当時)
アメリカのレーガン大統領(右)とソ連のゴルバチョフ共産党書記長(肩書はいずれも当時)=1987年12月、White House via Reuters

ロシアの侵攻は決して容認できるものではない。しかし、ウクライナ戦争が泥沼化し、毎日100人単位でロシア側もウクライナ側も人が死んでいる。戦争が長引けば長引くほど、戦死者の遺族の数も加速度的に増えていく。

これは人種や国籍にかかわらず、人間の悲劇だ。G7が人権、自由、民主主義を標榜(ひょうぼう)する国々であるならば、一刻も早く戦闘が止まるよう動くべきではないか。

敵を非難し、制裁し、戦争当事国の一方に武器を送り続けることの先に何があるのか。本来は防ぐことのできたはずの戦争を、一刻も早く和平に近づくようにG7は動くべきである。果たして、冒頭に書いた大江健三郎氏の言う「幸運」は、いつまでもつのだろうか。

被爆国・日本、被爆地・広島は試されている。