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政権発足早々に、重要な核戦略の決断を迫られるバイデン氏

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
核兵器禁止条約の採択後、「前進し、世界を変えよう」と力強く演説し場内から大きな拍手を浴びるカナダ在住の被爆者サーロー節子さん(中央)=2017年7月7日、ニューヨークの国連本部、松尾一郎撮影

オバマ大統領(当時)は2009年4月、プラハでの演説で、核兵器のない世界を目指す決意を表明した。日本の衆参両院も同年6月、核兵器廃絶に向けた取り組み強化を求める決議を採択するなど、世界に大きな影響を与えた。オバマ氏は同年のノーベル平和賞も受賞した。

ただ、オバマ政権の核軍縮路線は同時に限界も示した。2011年、米ロ両国の間で新たな戦略兵器削減条約(新START)が発効した。戦略核弾頭数を各1550発以下にするなどと取り決めたが、安全管理や費用負担軽減などが目的で、両国の核戦力の実質的な削減にはつながっていない。中国の核戦力の削減も手がつかないままだ。

2000年に開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議では、「核兵器の完全廃棄への核兵器保有国の明確な約束」を盛り込んだ最終文書が採択されたが、具体的な動きにはつながらなかった。オバマ政権時代の10年に開かれた再検討会議では核保有国と非核保有国が激しく対立し、合意文書すらまとまらなかった。15年に開かれた再検討会議でも、合意文書を再びまとめられず、落胆した非核保有国を中心として2016年に核兵器禁止条約が採択された。

これに対し、トランプ政権下では核軍縮よりも、核抑止に力を入れた動きが目立った。2018年に発表された「核態勢の見直し(NPR)」では、低威力核爆弾の開発と配備に触れるなど、通常戦闘に非戦略核兵器を使おうとする動きもみられた。中国による中距離弾道ミサイル増強が進むなか、米国は昨年、米ロの中距離核戦力(INF)全廃条約から離脱した。

バイデン政権は、再び、核軍縮政策に重点を置くかもしれない。バイデン氏は大統領選での討論会で、朝鮮半島の非核地帯化を提案するなど、オバマ政権同様、核軍縮に取り組む考えを表明。バイデン氏が国務長官に指名したブリンケン元国務副長官らは、北朝鮮との間で現実的な核軍縮交渉を行う可能性も示唆しているからだ。来年には、新型コロナウイルス感染拡大のために延期になったNPT再検討会議も開かれる見通しだ。

では、日本はどのように対応すべきだろうか。

現職米大統領として初めて広島を訪れたオバマ米大統領=2016年5月27日、広島市中区の平和記念公園、代表撮影

日本では、唯一の被爆国としての記憶から、核軍縮に強いこだわりがある。中国や北朝鮮で核保有が進んでも、韓国と異なり、日本では核武装の声が大きくならないのも、過去の悲劇を繰り返さないという強い決意があるからだ。来年1月に発効する核兵器禁止条約に参加しない日本政府には強い批判の声も浴びせられている。

だが、核兵器禁止条約が核兵器の保有や使用などを禁じても、核保有国が条約に加わらない以上、現実的な効果は乏しい。同条約は「核兵器ゼロ」という最終目標は掲げたものの、ゼロに至るまでの詳細なプロセスは示していない。

むしろ、非核保有国がNPT体制の問題点として指摘してきた、核保有国による核軍縮義務の不履行問題について具体的な協議を進めるべきだろう。新STARTが定める戦略核弾頭数の更なる削減、あるいは新STARTへの中国の参加などをどうやって進めるのかという議論が必要だ。新STARTは来年2月5日に期限切れを迎える。バイデン政権は発足から約2週間で、新STARTの延長か廃棄かという重要な決断を迫られることになる。

バイデン氏陣営の発言からは、核廃絶の理想を掲げる一方、具体的な戦略が見えてこない。北朝鮮の核開発の全容を申告させて検証するプロセスを徹底せず、成果を焦って一部の核軍縮に走れば、北朝鮮の核保有を結果的に許すことにつながりかねない。

同時に、核抑止の議論から目を背けてはいけない。「核抑止も核軍縮も、二度と広島・長崎の悲劇を繰り返さないという出発点は同じ」(外務省幹部)だからだ。日本は再び核攻撃を受けないため、米国が提供する「核の傘」に入った。

だが、最近の中国の軍事力拡大や北朝鮮による核開発のため、米国の「核の傘」への信頼は揺らいでいる。米国は2010年から、日韓両国と個別に、核を含む攻撃を両国が受けた場合に米国が必ず報復すると約束する「拡大抑止」の定期協議を始めた。

だが、米国は自らが保有する核兵器の攻撃目標や手順については日韓両国に明らかにしていない。日本の軍事専門家の1人は「北朝鮮が日本を核攻撃すると脅した場合、米国は平壌に報復すると言ってくれるかもしれない。だが、中国が脅した場合、米国は自国の被害を恐れて日本を守ってくれないかもしれない」と語る。

日本政府は今後、バイデン政権との間で「ポストINF」を受け、米国の中距離ミサイルを日本に配備するかどうかという協議にも直面するだろう。日本の政府や国会で、これまでポストINFを巡る議論はほとんど生まれていない。

日本が核軍縮だけにこだわり、核抑止の議論を避ければ、米国による「核の傘」から外れたり、米国の中距離ミサイル配備問題で日本の安全保障に不都合な結論が出たりする可能性もある。実際、核兵器禁止条約の構想が浮上した際、日本政府の一部に条約を巡る協議への参加を模索する声が出たが、米側から強い反発の声が上がったという。

核軍縮と核抑止は、どちらか一方だけ議論しても意味が無い。人類の理想である核軍縮を実現するためにも、現実論である核抑止にも取り組む必要がある。

外務省も2017年以降、「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」の会合を計5回開き、核軍縮と核抑止を巡る様々な議論を展開してきた。

防衛研究所の高橋杉雄防衛政策研究室長は「核の傘の信頼性を保つためには、米国が日本を守るため、北朝鮮や中国を核で報復攻撃したときの責任も共有するという覚悟が不可欠だ。その重さに向き合わずに、核軍縮の取り組みに説得力が生まれることはない」と語った。

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