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ジャニー喜多川氏の性加害疑惑追ったBBC番組制作陣が指摘した「グルーミング」の手口

World Now 更新日: 公開日:
ジャニー喜多川氏の性加害疑惑についてイギリス公共放送BBCでドキュメンタリーを制作したジャーナリストのモビーン・アザー氏(左)とディレクターのメグミ・インマン氏=BBC提供
ジャニー喜多川氏の性加害疑惑についてイギリス公共放送BBCでドキュメンタリーを制作したジャーナリストのモビーン・アザー氏(左)とディレクターのメグミ・インマン氏=BBC提供

声を上げた勇気ある男性たちに感謝

――ドキュメンタリーが先日、日本国内でも配信されました。反響はどうでしたか。

アザー 傷つきやすい協力者を伴う、どんな問題でもそうですが、勇気を出して自分の体験を語った個人に対して、特に世間や報道機関がどう反応するかは常に懸念しています。

反響には感謝しています。番組の大きなねらいは、様々な点について世間の議論を呼び起こすことだったからです。このドキュメンタリーが公の議論を喚起できたとすれば、良いことでしかありません。より多くの人がこの問題について議論し、この問題を議論する難しさを乗り越えられれば素晴らしいことだし、どんな社会もこうして前進していくのだと思います。

インマン この問題は長らく社会から押しのけられ、しばしば都市伝説のように考えられてきました。でも、(大きな反響は)非常に勇気のある男性たちがカメラの前で語った映像のパワーのおかげだと思います。

週刊文春が20年前に取り上げ、我々がそれを追ったわけですが、男性たちが声を上げると決心してくれたおかげで私たちはこの議論ができました。彼らには心から感謝しています。そしてモビーンが言ったように、これがポジティブな変化をもたらす公の議論の端緒になってほしいと願っています。

ジャニー喜多川氏の疑惑を追った英BBCのドキュメンタリーの画像=BBC提供
ジャニー喜多川氏の疑惑を追った英BBCのドキュメンタリーの画像=BBC提供

搾取する者が使う「グルーミング」の手口

――ドキュメンタリーでは、喜多川氏による性加害疑惑を証言した元ジャニーズ事務所所属の男性たちが、喜多川氏のことを「今でも大好き」などと語る場面がありました。これを番組では「グルーミング」と指摘していましたが、男性の内面で何が起きていたのでしょうか。

アザー 私はこれまでも性的搾取の取材をしてきました。「グルーミング」(grooming、わいせつ目的を隠して子どもに近づき手なずけること)や「トラウマボンド」(trauma bond)は、加害者と被害者の間の結びつきを差す概念です。

一般に世間では、グルーミングが本当はどういうものか誤解がありますし、理解が足りていません。巨大な権力と特権を持つ者が、権力も特権も持たない者を搾取するとどうなるかを理解することが大切です。

グルーミングやトラウマボンドの象徴的な例が、故マイケル・ジャクソンの性的虐待疑惑を取り上げたキュメンタリー映画「ネバーランドにさよならを」(2019年、原題『Leaving Neverland』)に登場する男性です。

男性は、(マイケル・ジャクソンの死後に)マイケルから性的虐待を受けたと声を上げたのですが、過去には(生前の)マイケルの刑事裁判で弁護側の証人として虐待を否定する証言をしていました。以前は擁護していたのに、今になって虐待されたと言う彼に、多くの人が「そんなはずがない」と言いました。

大切なことは、勇気あるこの男性が声を上げたおかげで、私たちはこの問題について議論でき、この種の虐待が長く続いた場合に何が起きるのかを理解することができるということです。

2005年6月13日、カリフォルニア州サンタバーバラ郡地裁の外で支援者らに手を振る歌手マイケル・ジャクソン氏。少年に対する性的虐待など10件の罪に問われたが、陪審はこの日、起訴された罪状すべてで無罪とする評決を出した。同氏は2009年に50歳で死去した=ロイター
2005年6月13日、カリフォルニア州サンタバーバラ郡地裁の外で支援者らに手を振る歌手マイケル・ジャクソン氏。少年に対する性的虐待など10件の罪に問われたが、陪審はこの日、起訴された罪状すべてで無罪とする評決を出した。同氏は2009年に50歳で死去した=ロイター

インマン 「グルーミング」という言葉は日本語にないので、カタカナで「グルーミング」と表現せざるを得ませんでした。言葉がなければ、その行為を理解することはなかなかできません。イギリスでも、つい最近になって理解が広まった言葉です。#MeToo運動などで、性被害の被害者たちが声を上げ、自分たちの体験を語れる環境になったからです。

男性たちの話はとてもショッキングで、心をかき乱される内容でした。私はイギリスから来たので、グルーミングの概念は聞いたことがありましたし、知っていました。男性たちを取材しながら、かなり早い段階で、性的虐待を受けた子どもたちがどんな経験をするのか理解する必要を感じました。心に非常に深い傷を残す体験であり、肉体的にも精神的にも影響します。ですからグルーミングについて、日本の専門家にも取材しました。

――「グルーミング」や「トラウマボンド」で被害者側が抱く加害者側への愛着は、被害者が無意識のうちに自分自身を守るために用いるメカニズムということでしょうか。

アザー その通りです。搾取をする人物は往々にして搾取される側の人物に、自分たち2人の間には特別な秘密の関係があり、2人以外には理解できないものだと信じ込ませる環境を作るという兆候が見られます。これは私たちが取材した男性全員に共通していました。ジャニー喜多川氏は、男性たちに「自分は選ばれたのだ」と思わせ、「特別な関係だから、世間に隠しておく秘密なのだ」と思わせることができていたということです。

本当のところはどうでしょうか。今となっては、世間から隠されていたのは、それが犯罪的で搾取的だからです。倫理にもとります。何ら特別な関係ではなかったのです。

――ジャニーズ事務所のタレントたちは、テレビなど公的な場でジャニー喜多川氏に感謝を述べ、好意的な発言を重ねてきました。このことが、喜多川氏が少年たちに危害を加えたはずがないという世論を下支えしてきたようにも思えます。

アザー そうですね。この考えは、ドキュメンタリー番組の公開後にも広まっていると思います。強調しておきたいのは、喜多川氏の擁護を続ける被害者たちに、私は何ら悪い感情を抱いていないということです。彼らに落ち度があったわけではありません。

証言してくれた男性たちは非常に勇敢だったと思います。性的虐待を経験した人にとって、この話をすることがどんなに難しいかは理解しています。私に、そうした人に対する悪い感情はこれっぽっちもありません。

そして、ジャーナリストや社会全体が、被害者たちが起きたことを受け入れるサポートをしていくことは良いことですし、進歩的なことだと思います。声を上げられるようになる人もいれば、そうでない人もいると思いますが、その判断も受け入れ方も、その人自身が決めることだと思います。

インマン 少年たちにとっては、しばしば最初の性的経験であったことから、戸惑いと誤解が多くあったと思います。日本では同性愛関係に偏見もあるため、被害者が声を上げにくい状況を生んでいたし、喜多川氏もそれを知っていたと思います。

ジャーナリストのモビーン・アザー氏。ジャニー喜多川氏の性加害疑惑についてイギリス公共放送BBCでドキュメンタリーを制作した=BBC提供
ジャーナリストのモビーン・アザー氏。ジャニー喜多川氏の性加害疑惑についてイギリス公共放送BBCでドキュメンタリーを制作した=BBC提供

性被害に遭ったことは、被害者の落ち度ではない

――アザー氏は、男性たちが自分が何をされたか、今も認識する途上だと考えていますね。

アザー その通りです。重要なのは、多くの人々が虐待を経験したかもしれないということ、そして多くの人がジャニー喜多川氏の構築した「機構」を通ったということです。

そうした人々は、自分の身に何が起きたのか認識する準備ができていないかもしれません。認識できていないこと自体はまったく問題ないことです。(社会からの)支援の手と深い思いやりが必要だと思います。

被害者を中心に据えたアプローチを常に忘れてはいけません。そうした個人がどのようにこれからの人生を歩んでいくか、人生を機能させるかが最も大切です。ドキュメンタリーが放送され、記事が出て議論が盛んになるにつれて、多くの人が過去10年、20年、30年、40年の間に自分の身に起きたことについて考え、理解すると思います。これは進行中のプロセスであり、支援と深い思いやりが必要だと思います。

インマン 私たちが取材を試みた全員が、20年前の週刊文春の民事裁判を知りませんでした。「その件については、名誉毀損(きそん)の損害賠償請求裁判があって、週刊文春の(「セクハラ行為」をめぐる)報道部分は虚偽ではないと裁判所が判断しています」。そう取材相手に説明することがよくありました。この裁判はしばしば見過ごされて、(性加害疑惑は)セレブのゴシップとみなされてきたと思います。

男性たちに取材した時、彼らが多大な「恥」の感情を抱いていると感じました。そのことが、声を上げることを非常に難しくしていることは理解できます。でも、彼らが恥じるべきではありません。彼らはまだ子どもで、危険な場所に置かれていたのであり、利用されたのです。

声を上げることができない間に、なんとか自分なりに理解しようとして「恥」の感情が築かれていったのだと思います。モビーンが言ったように、最も大切なことは社会が深い思いやりをもって彼らを理解し、支援することです。彼らには何ら落ち度がないのですから。

ジャニーズ事務所が入るビル=2022年12月、東京都港区、原田悠自撮影

一方で、ジャニーズ事務所は公に謝罪するべきだと思います。ジャニー喜多川氏が何を行ったか、その性加害行為は(裁判で)認定されているのですから。

アザー 興味深いのは、ネット上の議論で「喜多川氏が亡くなったのに、この問題を報じる意味はあるのか」というものです。それに対する私の答えは、ジャニーズ事務所は企業として今も日本のポップカルチャーの柱なのだから報じる意味はある、ということです。

客観的に見て、ジャニーズ事務所は今も大きな影響力を持っており、企業としてジャニー喜多川氏が行った「搾取」から大いに利益を得ています。ですから、何が行われたのか、公に認める大きな責任があると思いますし、さらに一歩進んで、所属タレントに対して安全措置を講じる責任もあると思います。

またジャニーズ事務所で働くすべての人が、過去に所属したタレントたちに連絡を取り、セラピーを受けられるようにするなどの支援に動く責任があると思います。ジャニーズ事務所が、ドキュメンタリーで紹介したように問題を直視しない態度を続ければ無責任と言わざるを得ません。より責任ある態度を示してほしいと思います。

大手メディアを沈黙させた「しがらみ」とグループシンク(集団浅慮)

――番組の放送後も日本の大手報道機関が沈黙していることについてどう感じますか。

インマン 各社の編集局で何が起きているのか、どう思っているのか知りたいですね。なぜ(声を上げた)男性たちの証言が公の議論の重要な部分だと思わないのでしょうか。

アザー 恥ずべきことだと思います。背景にはジャーナリストたちの「グループ・シンク」(groupthink、集団浅慮)があると思います。自分が報じる事柄を、仲間が報じる範疇(はんちゅう)に限定するという過ちは、日本に限ったことではなく、世界中のジャーナリストが犯しています。

恐れる気持ちは理解できます。ことを荒立てたくない人々がいるのも分かります。どの国の報道の世界でも起き得ることです。でも今こそ本当のチャンスだと思います。そこから抜け出して、正しいことに目を向けるべきです。正しいこととは、このニュースを報じて、ポップ界の文化を変えるよう促すことです。

もう一点、ジャニー喜多川氏やジャニーズ事務所について何か否定的なことを言うと、所属タレントへのアクセスを失うという考えが広く浸透していますが、これは偶然ではなく、喜多川氏やジャニーズ事務所がメディアをコントロールするために採用した仕組みだと思います。

改めて強調したいのは、ハーヴェイ・ワインスタインであれ、マイケル・ジャクソンであれ、ジミー・サビルであれ、必要なのは数多くの報道機関がこの問題を報じることです。ひとたび大手報道機関が報じれば、他の報道機関が追随します。そうすることで「沈黙の壁」が崩れることが重要ですし、そうなるよう願っています。

子どもへの性的虐待が死後に明らかになったイギリスBBCの人気司会者ジミー・サビル氏(左)と、俳優や女性スタッフへの性暴力が告発され、#MeToo運動が広がるきっかけとなったアメリカの著名映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン氏=ロイター
子どもへの性的虐待が死後に明らかになったイギリスBBCの人気司会者ジミー・サビル氏(左)と、俳優や女性スタッフへの性暴力が告発され、#MeToo運動が広がるきっかけとなったアメリカの著名映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン氏=ロイター

――この問題をBBCが報じることができたのはなぜだと思いますか。日本のメディアよりも信頼できるからでしょうか。

インマン BBCには、日本のメディアがジャニーズ事務所との間に持っているような「しがらみ」がないからだと思います。しがらみがないから(不利益を被る)心配がありませんでした。証言者に取材を申し込む際もしがらみがないからこそ公平に、彼らが発したままの声を届けられると説明しました。

取材を試みた何人かには、話をしたくないと取材を断られました。過去の経験の受け止め方は様々です。誰にも経験を話したことがない人も、準備ができていない人もいたと思います。人に、ましては他人に、ましてやBBCに話すことは非常に難しいことだと思います。

アザー (番組放送が予告されて以降)この10日間ほどで、少なからぬ人から私にツイッターのダイレクトメッセージやメールなどで、「共有したい話がある」と連絡がありました。どのような話か、性被害に遭った人なのか、番組の感想を述べたいだけなのかは分かりませんが、多くの人が連絡をしてきたのです。(番組によって)声を上げる勇気が出たのだと思います。

信頼できる(日本の)報道機関が今この問題を報じれば、状況は一瞬のうちに変わりうると思います。国会議員など政治的に力を持つ人が、「これは注目すべき問題で、変化が必要だ」と言えば、事態は変わると思います。日本に限らず、社会はこうして前進します。世間で議論を活発化させることはジャーナリストの責務だと信じています。だからこそ、20年前にこの問題を報じた週刊文春には感謝しています。

花やプラカードを手に性犯罪や性暴力への訴えを聞く参加者たち=2019年6月11日、東京都千代田区、朝日新聞社
花やプラカードを手に性犯罪や性暴力への訴えを聞く参加者たち=2019年6月11日、東京都千代田区、朝日新聞社

ジャニーズ事務所やメディアの責任とは

――最後に、日本社会に望むことはなんですか。

インマン 多くのことを望んでいます。まず、メディアと警察が、この問題を深刻さと真剣さとをもって扱うことです。それだけ重要な問題です。

なぜ警察がこの問題を調べなかったのか。一部の人が(報道を)「被害者主義」と呼んで、私たち(BBC)の正義感と性被害者の正義感は違うんだと指摘していましたが、児童への性虐待が、組織ぐるみで何十年にもわたり行われたことは周知のことでした。この問題は、2000年に衆議院の「青少年問題に関する特別委員会」でも元宝塚市長の故阪上善秀議員が言及しましたが、文部省や警察によるフォローはありませんでした。警察による捜査やこのときの調査も行われるべきです。ジャニーズ事務所の社会的責任も追及されるべきだと思います。

性虐待について社会が理解し議論できるようになる変化は、一朝一夕には起きません。

アザー 性被害者になるはどういうことか、社会の理解や議論は発展途上にあります。これは日本だけに限った現象ではなく、世界中で十分な理解がありません。

特に日本では、性被害者をどう支えていけるか、日本の新聞やテレビ局などの報道機関がこの問題のバトンを拾い上げてほしいと思います。社会で人々がもっとオープンに語れるようになり、それを報道がすくい上げてほしいです。そして、ジャニーズ事務所が公的に責任を取り、同社に所属するタレントや従業員をいかに守るか、世間に向けて再発防止を約束してほしいと思います。今回の番組をはずみにして、取り組みが前進してほしいと願っています。