タイ中心部をゆったりと流れるチャオプラヤ川。タイ湾へつながる河口近くの船着き場から昨年12月、船が出航した。
船に乗るのは、82歳で亡くなった花き類輸入会社の創業者ウィラット・ラタナワディさんの遺族9人だ。
船首近くの台には中央に遺骨を納めた骨つぼ。そばにはバナナの葉でつくった器にマリーゴールドやジャスミンの花やろうそくが装飾されている。
川の水と海の水が混じり合いそうな流域で船は止まった。船尾近くに集まった親族はバナナの葉の器、そして、骨つぼを沈めた。骨つぼは水に溶ける材質でできているという。最後に花をまいた。
バナナの葉の器には「川の母と海の父への敬意」、花をまくのは「亡くなった人への敬意」の意味があるという。
散骨が終わると、一同は船首の方を向いた。
「振り返ってはいけません。死者の魂が(来世へ)行くためです。振り返ると、魂を呼び戻してしまいます」。散骨儀式の運営業者シン・コンマニーさん(65)が説明した。
「魂を無事に送り出すことができてとても幸せだ」。親族のひとりが話した。
タイのラジオ局アナウンサー、ワチャラ・シーチャモンさん(59)が、父のジャルさんが実家で亡くなった知らせを受けたのは、昨年4月8日のことだった。4月13日に始まるタイのお正月に帰省する約束をしていたが、果たせなかった。
父は筋萎縮性側索硬化症を患い、寝たきりだった。
どんな葬式にしようかと考えたり、本人に尋ねたりしたことはなかった。タイでは、生前に葬儀のことを考えると災いをもたらすという言い伝えがあるのだ。
弟とともに葬儀をするお寺を探すことから始めた。
遺体を洗い、アウトドア用の開襟シャツを着せた。バンコク都職員だった父は生前、「この格好だと市民が話しかけやすいから」と誇らしげだった。
寺での葬儀は3日間続き、3日目に火葬された。棺に横たわる胸に9枚の硬貨を置いた。
「死後の世界で土地を買うため」「お金がないと来世に行けない」と言われる。9はタイでは幸運の数字だ。
4日目にチャオプラヤ川に散骨した。大きな仏像が見える場所を選んだ。「父の魂がブッダとともにいられるから」
遺骨の一部は散骨せずに自宅に保管している。
「私が死んだら私の骨を父の骨と一緒に散骨してと子どもたちに伝えてある。私と父の魂が来世でも一緒になれることを願っている」
人口の約95%が仏教徒と言われるタイでは、遺体を火葬し、川や海に散骨するのが一般的だ。
バンコクの葬儀会社「スリヤコフィン」のガノクワン・スリヤセーニー社長(55)によると、中国系タイ人の場合、墓に土葬するケースもある。
ただ、墓を建てるには経済力が必要で、現代人は忙しくて墓参りをする時間もないため、散骨を選ぶ傾向が強くなってきているという。
マハマクト仏教大学副学長で僧のアニン・サクヤさんによると、タイで火葬が一般的なのは、ブッダが火葬されたからだ。
「仏教では人間は水、土、空気、火という4要素から成る。人が死ぬとそれぞれの要素は元に戻るのです」
なぜ散骨するのかについては、「元の場所に戻るというのが一つの考え方。ヒンドゥー教の影響もあります。ヒンドゥー教で川は神聖な場所で、悪い行いを洗い流してくれます」
お墓はいらないのですか?
「死は死、なのです。遺体や遺骨に固執してはいけません。解き放ちましょう。亡くなれば、元(4要素)に戻るべきです」