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ドローンも飛ぶ カタール男子のタカ狩り訓練 ハヤブサの所有はステータスシンボル

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
白い服とターバンを巻き、メガネをかけた少年が、左腕にハヤブサを乗せている
自分のハヤブサを手に乗せる13歳のタラル・アルフマイディ。数年前にハヤブサに興味を抱き、それを喜んだ父親がすぐに買ってくれた=2022年11月29日、カタール・アルフール郊外、Erin Schaff/©The New York Times

カタールの荒涼とした砂漠で夕暮れ迫るなか、サクル・アルフマイディ(40)は使い古した革手袋をはめて、ハヤブサの日々の訓練の準備を整えた。

トヨタ・ランドクルーザーの後部座席からハヤブサをなだめるようにして連れ出し、その頭にかぶせてあった丸いフードを外し獲物を準備するよう、いとこに合図した。生きているハトが小さな赤いパラシュートに縛られてドローンに結びつけられた。

いとこはリモコンを操作し、夕刻のひんやりとした空へドローンを飛ばす。ハトが縛られたパラシュートが夕暮れの空をクルクル舞い、赤い点に見えるようになるまでドローンがどんどん高く引っ張った。ハヤブサは空気の変化を察知したかのように首をかしげ、とがった翼を逆立たせて獲物を追った。

A drone pulls a red parachute that is attached to a live pigeon during a training session for falcons outside of Al Khor, Qatar, on Dec. 3, 2022. Generations of Qataris have taken up the hobby.  (Erin Schaff/The New York Times)
ハヤブサの訓練では、ドローンが引く赤いパラシュートに生きたハトが結びつけられている=2022年12月3日、カタール・アルフール郊外、Erin Schaff/©The New York Times

狩りが始まったのだ。

毎日夕刻になると、アルフマイディや13歳の息子タラル、それから数人の親戚がアルフール市近くのこの場所にやって来る。首都ドーハから車で1時間ほどの距離で、タカ狩り競技の大会に向けて複数のハヤブサを訓練するためだ。

タカ狩りは、何世代にもわたってアルフマイディ家に受け継がれてきた通過儀礼で、この国の現在とベドウィン(訳注=アラビア語を話す遊牧民たちの総称)としての過去とをつなぐカタール文化の要である。

アルフマイディの曽祖父は、湾岸地域のまだ貧しかったころのカタールで育った。曽祖父はハヤブサを駆使して小動物を捕まえ、家族の乏しい食卓にささやかなたんぱく質を添えた。

しかし、カタールが膨大なガスの埋蔵が見つかって裕福になるにつれ、由緒あるタカ狩りも変容してきた。

Falconers prepare to launch a drone during a training session for their falcons outside of Al Khor, Qatar, on Dec. 3, 2022. Generations of Qataris have taken up the hobby.  (Erin Schaff/The New York Times)
ハヤブサの訓練のため、ドローンを準備する鷹匠たち=2022年12月3日、カタール・アルフール郊外、Erin Schaff/©The New York Times

サッカー熱がカタールを席巻し、2022年ワールドカップの開催でそれがピークに達するずっと以前から、スポーツとしてのタカ狩りはこの国の誇りだった。

今日におけるタカ狩りは、カタール社会において主にシンボル的存在となっている。ハヤブサはペットとして飼われ、カタールの男性たち―タカ狩りを趣味にする女性はほとんどいない――は競技大会に向けて調教している。大会には、数万ドルの現金や新車の賞品がかかっている。

この国が依存する外国からの出稼ぎ労働者の数が増えるにつれ、ハヤブサの所有は一種のステータスシンボルにもなった。

自国民と外国人労働者の比率が1対8のこの国では、(ハヤブサを飼っていることが)カタール人であることを可視化して証明する方法の一つなのだ。アルフマイディの話によると、タカ狩りをするのはほぼすべてがカタール人だという。

アルフマイディのハヤブサは急降下したり飛ぶ方向を変えたりしながら、ドローンが引っ張る獲物のハトにどんどん近づいていった。

Children join older falconers as they gather for a training session for hunting competitions outside of Al Khor, Qatar, on Dec. 3, 2022. The training regimen now involves drones, but doomed pigeons are still in the mix. (Erin Schaff/The New York Times)
ハヤブサの訓練には、年配の鷹匠に交じって子どもたちも集う=2022年12月3日、カタール・アルフール郊外、Erin Schaff/©The New York Times

「あのハヤブサが獲物をどう追いかけるのか、見ていて」。アルフマイディのいとこムハンマド・アリ・アルムハンナディは、ドローンのリモコンをそっと操作しながら言った。

彼によると、ドローンが訓練に使われるようになったのは比較的最近のことで、10年ほど前からだ。

以前は、ハトを凧(たこ)にくくりつけ、ハヤブサが追いかけるようにと空に放った。さらにその前は、ハトの肉を入れた袋を羽根で覆い、それをロープに付けて円を描くようにして振り回した。

近ごろは、ハヤブサの筋肉を強化するために少なくとも1日10分間は獲物を追いかけさせている。ハヤブサは羽を速く動かすほど狩りの能力が高まるとアルムハンナディは言っていた。

ハヤブサの動きが鈍いように見える時は、もっと訓練が必要か、あるいは前日の訓練でくたびれている兆候の可能性がある。

「ハヤブサも、他の動物と同様に病気になる。時には消耗する。1日に15分飛ぶと、次の日は疲れてダウンしていたりする」と彼は言い、上空のハヤブサを凝視した。

ハヤブサが獲物のハトに飛びつくと、アルムハンナディは「やったぁ」と叫び声をあげ、ドローンが引っ張るハトが結びつけられ赤いパラシュートを解き放った。それから、ハヤブサが地上に降りた場所に駆けつけ、獲物を回収した。死んだハトが、ハヤブサの長く曲がった爪に握りしめられていた。

ハヤブサの足首には、アルフマイディの電話番号が刻まれた小さなブレスレットが巻きつけられていた。訓練中にハヤブサが戻ってこなかったり、誰かの家の屋根に止まっているのが見つかったりした時のためである。アルフマイディはハヤブサのうなじをなでながら、もう一つのセーフティーネットであるGPSをやさしく取り外し、慎重に羽を整えてやった。

ハヤブサを1羽失うと、高くつく可能性がある。最高の競技用ハヤブサは何百万ドルもの価値があり、ペットとして飼われているハヤブサでもしばしば数万ドルする。

アルフマイディのハヤブサはどちらかと言えばそう高額ではなく、彼によると約2千ドルだった。

Thick gloves protect a falconerユs hand from his birdユs curved talons during a training session for their falcons outside of Al Khor, Qatar, on Dec. 3, 2022. Generations of Qataris have taken up the hobby.  (Erin Schaff/The New York Times)
ハヤブサの訓練では、厚手の手袋をはめる。ハヤブサの曲がった爪から手を防護するためだ=2022年12月3日、カタール・アルフール郊外、Erin Schaff/©The New York Times

そのハヤブサは湾岸地域で優位に立つ二つの種の一つで、スピードと勇気と感度の良さに定評がある種だった。

「他の種と比べて、もっと特別な世話をする必要がある」と彼は言っていた。

真っ赤な太陽が地平線に沈んでいくと、男性たちは敷物とお茶を片付け、ハヤブサをランドクルーザーの後部に乗せた。緩いトレーニングの一日だったと言う。

他の多くの鷹匠(たかしょう)たちとは違って、彼らは毎年1月にカタールで開催される大規模なタカ狩り大会に参加する予定はない。

大会は熾烈(しれつ)になる可能性があり、過酷な訓練が求められる。

このイベントは、ハヤブサの視力やスピード、狩りの能力を試す一連の難題が課せられる。競技の一つは、ハヤブサから逃げ回る訓練を一年中受けてきたハトの捕獲を競う。

2021年の大会では、ハトたちがとても優秀で、次々にレースに参加してくるハヤブサをかわし、捕獲されなかった。ハトたちは生き延びる権利を勝ち取り、ハトのトレーナーは賞品を持ち帰った。(抄訳)

(Christina Goldbaum)©2023 The New York Times

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