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電気自動車のダッシュボードにラジオなし リスナー失う危機にAM局「緊急時に必要」

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
クラシックカーに設置されたラジオ
1947年型Town and Country Chrysler Sedanのラジオ=2014年8月5日、ペンシルベニア州アレンタウン、Rich Schultz/©The New York Times

米国で車を運転する人は、もう100年近くもAMラジオを聴いている。ニュースや交通情報、天気予報、スポーツ中継、その他さまざまな番組が流れ、この国のいわば公共機関になっている。

しかし、米国の市場で電気自動車(EV)の割合が増えるにつれ、その将来が危ぶまれるようになった。ダッシュボードの定番アイテムだったAMラジオは、手動式窓や備え付け灰皿と同じ運命をたどるのだろうか。

このところ、AMラジオなしのEVの新型モデルが増えている。放送局にとっては頭の痛い問題だ。同時に、緊急事態が起きたときの重要な情報源がドライバーから奪われることにもなる。

自動車メーカーによると、EVの方がガソリン車より多くの電波障害を発生させる。このため、AM放送の電波信号の受信が妨げられ、静電気や雑音、高周波のブーンという音などが生じる(FM放送の電波信号の方が、こうした干渉を受けにくい)。

「質の悪い受信やノイズで顧客をイライラさせるよりも、eDriveテクノロジーを搭載した当社の車両からその発生源を取り除くことにした」。BMW社はEVの駆動システムに触れながらこんな声明で理由を説明する。

テスラやアウディ、ポルシェ、ボルボの各社も、EVからAMラジオを外しているし、フォルクスワーゲンも新型電動SUVのID.4ではそうしている(メーカー各社や全米放送事業者協会による)。フォードの人気電動ピックアップトラック、F-150ライトニングの2023年モデルからもAMラジオがなくなる。

専門家の中には、電磁波の妨害によるこの受信障害は乗り越えられない問題ではないという人もいる。車内の配線の被覆やフィルター、電気部品の取り付け場所に注意すればよい、とプージャ・ネアは指摘する。ラジオ放送方式のHDラジオ技術を保有する米国のエンターテインメント技術企業Xperiの通信システムエンジニアだ。

しかし、お金と手間がかかる。車のメーカーが、AM放送の愛好者のためにどれだけ資金を投じてくれるかは定かではない。こうした傾向について報じた車の情報サイトThe Driveは、欧州ではそもそもAM離れが進んでいることに言及し、欧州のメーカーはAMラジオをこれまでのように維持する必要性を感じなくなっているのではないかと見ている。

これ以上、EVからAMラジオがなくなると、主要なリスナーを失うことになりかねない、といくつかの放送局は危惧している。

「われわれにとっては、致命的な問題になる。リスナーのほとんどは、朝の通勤と夕方の帰宅時間帯に車を運転しながら聴いている。そこに電波が届かなければ、われわれは存在しないも同然になる」とロン・ジャニュアリーはいう。大人向けの現代音楽を流しているアラバマ州バーミングハムのAMラジオ局WATV-AMの業務担当マネジャーだ。

メディアの動向を追う調査会社ニールセンによると、AMラジオのリスナーは全米で約4700万人。ラジオを聴く人全体の20%ほどにあたる。他のラジオのリスナーより高齢化が進む傾向にあり、約3分の1が65歳を超えている。AM放送を聴く時間はこの5年間でわずかに増え、1日2時間余りとなっている。

中には変換装置を使ってAMをFMとして発信しているAM放送局もあるが、AM放送の電波信号の方が遠くまで伝わり、より多くの人に届く。AM局はFM局より安く運用できることもあり、一部の局が特定の宗教や文化などのコミュニティーに向けた番組を放送することも可能になる。

農業関係の番組を平日はAMとFMで7時間流しているウィスコンシン州デュランドのラジオ局WRDN。そのオーナー、ブライアン・ウィネキンズは、遠隔地の農民も聴けるようAMラジオの維持を車のメーカーに訴えてほしいとリスナーに呼びかけている。

FILE — A woman looks at the display in a Tesla Model 3 car in San Diego, Calif., July 23, 2021. Carmakers say electromagnetic interference causes static and noise on AM transmissions, annoying customers and broadcasters say they could lose a connection to their core listeners, who rely on the radio for emergencies. (Roger Kisby/The New York Times)
テスラのモデル3の画面を見る女性=2021年7月23日、カリフォルニア州サンディエゴ、Roger Kisby/ⒸThe New York Times

「自動運転の車を造れるのなら、しかるべきラジオ受信機だって造れるはずだ」。ウィネキンズは、テスラなどの運転支援システムを指しながら、こう強調する。

米先住民向けの番組を独自言語などで放送するNative Voice One局の配信担当ノーラ・デイブス・モーゼスは、もっと多くの米国人がEVに乗り換えること自体はよいことだと思う。

ただし、「車からラジオがなくなるのは一大問題」と不安を隠さない。「AMは最初の一歩で、次はFMの番?」

マサチューセッツ州選出の上院議員エドワード・マーキー(民主党)は、メーカー20社にあてた2022年12月1日付の公開書簡でEVにAMラジオを残すよう求めた。公共の安全にかかわる、との理由からだ。

「スマートフォンやソーシャルメディアといった技術革新はあるにしても、AM/FMラジオは緊急事態の際、関係当局にとって住民へのパイプとして最も頼りになる無料かつ利用可能な通信手段となる」と書簡で述べている。「従って、AMラジオが消えていくいかなる事態も、緊急時の情報伝達に重大な支障をもたらす」

多くのAM放送局は、運転手にとっては自分たちのニュース番組が、大きな竜巻や鉄砲水などの深刻な災害をもたらす悪天候について知る最も手っ取り早い方法だと強調する。ルイジアナ州ニューオーリンズのラジオ局WWLの業務・ブランド担当ダイアン・ニューマンは、(訳注=05年に米南東部を襲った大型の)ハリケーン・カトリーナや他の自然災害の際に、自分たちは救助や復興活動について不可欠な重要情報を流し続けたと語る。

「Wi-Fiは機能しなかったし、電話もつながらなかった」とニューマンは振り返る。「車のAMラジオをなくすのは、社会が最も必要とするときの命綱を断ち切るに等しい」

車のメーカー側は、こう反論する。運転手はアプリでAMラジオの音声のストリーミング配信を受けることができる。それに、すべてのEVがAMラジオを備え付けるのをやめてしまうわけではない。EVを生産している現代自動車はAMラジオを段階的に廃止する予定はないとの声明を出している。

さらには、この問題でEVを「脅威」と見なすのは大げさすぎる、という専門家もいる。「AMの生き残りというチャレンジは、車というよりは世代の推移を含めた広い意味での人口動態の問題だ」とマイケル・スタムは指摘する。ミシガン州立大学でメディアを研究する文化史学者だ。「そもそも若者は車に付いているか否かを問わず、AM自体に関心があるのだろうか?」

ただし、若いドライバーのすべてがAMラジオを見捨てたわけではない。

「AMこそ、ちゃんとした情報を得るところだ」とアレックス・カルデナスアコスタ(34)は語る。ニュージャージー州ユニオンの自動車修理店に勤め、愛車はサーブだ。ガソリン車を運転している多くの人と同様に、EVではAMラジオが消え始めていることを知らなかった。大リーグのニューヨーク・メッツの試合があると、ラジオの中継に聞き入るという。

「AMラジオをやめるべきではない」と強調し、こう続けた。「FMのくだらない番組ではなく大事なことを聴きたいのなら、AMに切り替えることだ」

ニュージャージー州スプリングフィールドにあるテスラのディーラー店。外にいたテスラ車の所有者の何人かに尋ねると、AMラジオがなくてもそんなに困るわけではないと口々に答えた。その据え付けをこの会社が段階的にやめ始めたのは、数年前のこと。ウォールストリート・ジャーナル紙には、18年にこんな見出しが躍った。「あなたのテスラ車は、発進から時速60マイル(約96キロ)まで2.5秒。でも、AMラジオは取り付けられない」

ここで取材した一人、ブランドン・ユトレーラ(27)は5日前にテスラのモデルYを買ったばかりだが、AMラジオがないのには気づかなかった。「AMラジオをきちんと聴くのは、ヤンキースの試合があるときだけだから」

自分の両親はAMラジオをもっとよく聴いているが、どの放送局かは思い出せないとユトレーラは肩をすくめる。「なにせ、年寄りのためにあるものなんでね」(抄訳)

(Michael Levenson)Ⓒ2022 The New York Times

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