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中国に小説「1984年」の「ビッグブラザー」出現?監視網がコロナ政策の抗議者を追跡

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
歩いているたくさんの人々の顔に四角がかぶさり、それぞれに数字が並ぶモニター画面
北京のショールームで2018年5月10日、顔認識ソフトを使った映像がモニターに映し出された=Gilles Sabrié/©The New York Times

チャン(20代)は北京で2022年11月27日(日曜日)に行われた中国政府の厳しい新型コロナ政策への抗議行動に向かった。当局に正体を見破られないよう準備してきたつもりだった。

目出し帽をかぶり、ゴーグルをつけて顔を覆った。私服警官が彼を追ってきたように見えた時には茂みにすばやく身を隠し、新しいジャケットに着替えた。尾行は消えた。その夜、チャンは逮捕されることなく自宅に戻った。これでもう大丈夫と思った。

ところが翌日、警察から電話がかかってきた。

抗議行動が行われたエリアでチャンの携帯電話を探知できたため、チャンの外出が分かったのだ。その20分後、住所を教えていないのに、3人の警察官がチャンの自宅ドアをノックした。

今回のケースで当局の標的にされた人たちや人権団体へのインタビューによると、12月初旬、中国各地で抗議行動をしていた人たちが似たような話をしていた。

当局はあの11月27日、政府の厳格な新型コロナ政策を無視してデモ行進した人たちを追跡し、脅し、身柄を拘束しようとしている。

中国当局はいま、国民の一部が結集し支配政党である共産党の権威に疑問を呈する今回のような事態に備えて10年かけ構築してきた強力な監視システムを活用しているのだ。

警察当局は抗議行動に参加した人物を特定するために顔つき、携帯電話、情報提供者を使ってきた。

通常、彼らは追いかけた人物に対し二度と抗議行動に加わらないよう誓わせた。追跡されることに不慣れな抗議活動の参加者たちは、どのようにして自分たちが特定されたのか当惑した。

さらなる波及を恐れて、多くの人たちはTelegram(訳注=「テレグラム」はロシア人技術者が開発したチャットツール)のような外国のアプリを削除した。そうしたアプリは、抗議行動の調整をしたり、画像を海外に拡散したりするのに使われていた。

中国の警察は世界で最も高度な監視システムの一つを構築、街角や建物の入り口に何百万もの監視カメラを設置している。強力な顔認識ソフトを導入し、近くに暮らす地元住民を識別するようプログラミングした。すくい上げたデータや画像を特殊なソフトで高速解析する。

監視システムの構築は秘密ではなかったが、中国の多くの人びとにとって、それは縁遠いモノだった。警察はふだん、そのシステムを反体制派や少数民族、出稼ぎ労働者に対して使っている。

多くの人たちは、何も悪いことをしていなければ何ら隠すことはないとして、監視システムに支持を表明している。だが11月27日の(当局による)尋問は、この状況を揺るがすかもしれない。

FILE ム A monitor displays video showing identification software in use at a Beijing showroom on May 10, 2018. The software allowed identification of pedestrians by gender, type of hair, clothes, etc. Types of cars driving by were also identified.  (Gilles Sabri
北京のショールームでモニターに映し出された識別ソフトを使った映像=2018年5月10日、Gilles Sabrié/©The New York Times

中国の最も裕福な都市に住む多数の中流階級に監視の矛先が向けられたのは、今回が初めてだった。多くの人に検閲された経験があり、今回の件は時にそれを回避できることも証明したが、警察官が家にまで来るのは珍しく、より威圧的だ。

国際人権NGO「アムネスティ・インターナショナル」の中国研究者アルカン・アカドは、こう言っている。「警察官が民家の玄関先に来て、抗議行動が起きていた時の居場所を聴取したという話を私たちは聞いている。大規模な監視で収集した証拠に基づいているようだ」。

そして、彼はこう付け加えた。「中国の『ビッグブラザー』(訳注=英ジョージ・オーウェルのSF小説「1984年」に登場する独裁的な支配者で、転じて国民の監視やその機関などを指す)のテクノロジーは決して止められないし、政府はいま、社会の騒擾を鎮めるため、(監視システムの)有効性を示していくことを望んでいる」

今回のデモ行進や抗議行動は、中国政府が軍事力で鎮圧した1989年の北京・天安門事件以来、最も広範かつ公然たる政治活動だった。

いまや中国当局はハイテクの捜査網を活用して、抗議行動の首謀者や最も雄弁な造反者を狙い撃ちして拘束し、社会的な混乱を抑え込むことが可能になった。追随者や見物人たちは厳しい警告で免れることが多い。

チャンの経験はよくあることだ。彼は中国の公共スペースにあふれかえるほどある顔認識カメラのことはよく知っているが、携帯電話のトラッカー(追跡装置)については過小評価していた。

アンテナが付いた小さな箱の装置は非常に見逃しやすい。携帯電話の中継塔を装い、通りかかるすべての人の携帯電話に接続して警察当局がチェックできるようデータを記録するのだ。

それでもチャン――この記事のために取材に応じてくれた他の抗議行動者同様、彼も警察の報復を恐れてフルネームを明かすのを拒んだ――は幸運だった。警察官は厳しく尋問し抗議行動に二度と参加しないよう警告した後、チャンのアパートを立ち去った。

彼は苦い体験が「恐怖」を残し、抗議集会が生み出した勢いを削ぐのに効果的に作用すると思った。「人びとを再び動員するのは、非常に難しくなるだろう」と彼は言い、「この時点で人びとは街頭から離れようとしている」と付け加えた。

顔認識で戦列から引き離された人たちもいる。

その一人、北京での抗議行動に加わったワンは、日曜日(11月27日)の集会の2日後、警察から警告電話を受けたと言う。顔認識テクノロジーで特定されたと言われた。

北京での他の抗議行動参加者と違って、ワンは帽子やサングラスで顔を覆わず、つけていた医療用マスクを抗議行動中に外した時があった。

警察が彼を特定したことに驚きはないが、そうしたテクノロジーを使っていることがワンを不安にさせたと言うのだ。「その種の集会に行くことのリスクは自覚していた」とワン。「警察が我々を突き止めたいなら、間違いなくそうできるだろう」と言っていた。

ワンによると、警察からの電話はわずか10分だったが、彼を威嚇するには十分だった。「警察官は2度目はないぞとはっきり言っていた」とワンは振り返る。

警察に逮捕されるか接触された後、多くの抗議行動参加者はVPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク)やTelegram、Signalのような外国のアプリの使用を避けている。

彼らが恐れているのは、当局に注視されている現在、彼らが携帯電話で使っているアプリが厳重に監視され警察の注意を引き、身柄拘束につながりかねないことだ。

多くの抗議行動参加者にとって、身元が特定されることのショックはそれ自体が威嚇戦術として有効だった。

20代の映画制作者でワンという女性は、11月27日の夜、北京で友人たちのグループに加わったと言う。

みんなで前もって用心した。医療用マスクで顔を覆い、数キロ離れたところでタクシーに乗り、徹夜をする場所まで歩いて行った。携帯電話の電源を切るよう警告されていたが、代わりにGPSと顔認証機能を無効にした。

「あの時、私たちが思ったのは、とても多くの人がいたということ。考えてみてほしい、(当局は大勢の人を)どうやって一人ひとり特定できるのか? いかにして一人ひとりを捕まえる力を持てるのか?」とワンは振り返る。

ワンも友人たちも、仲間の多くが警察から電話や訪問を受けて驚いた。何人かは警察署まで行って捜査に協力することを強いられた。

「私の友人たちは次に(抗議行動の)機会があっても、あえてそこには行かないと思う」。そう彼女は言っていた。

それでもワンは警察の捜査網の隙間をすり抜けた。その夜、彼女は自分を特定できるシステムにはつながらない番号の携帯電話を使った。

つまり、新型コロナの症例を追跡し、人びとが流行地域で定期的にウイルス検査を受けられるようにするために使われる国の健康コード(訳注=中国政府が新型コロナ対策として2020年に導入したアプリ)のようなソフトが入った電話は使わなかったのだ。

ワンは、今回のそうした体験にもくじけなかった。

「私はまだやるつもりだ。警察が私を見つけ出したら、その時はその時だ」と彼女は言う。公共の場での集会に再び参加するかどうかを尋ねると、彼女は「行かなければならないと思っている」と話した。(抄訳)

(Paul Mozur、Claire Fu、Amy Chang Chien)©2023 The New York Times

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