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金正恩総書記が娘の写真公開、弾道ミサイル試射を共に視察 権力者にあるまじき失態

北朝鮮インテリジェンス
2022年11月18日、大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の試射を娘と共に視察する金正恩総書記
2022年11月18日、大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の試射を娘と共に視察する金正恩総書記(右)。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信

デニス・ロッドマン氏が目撃、名は「ジュエ」

朝鮮中央通信が公開した「火星砲17」発射の写真23枚のうち、金正恩氏の娘の姿が計5枚に写っていた(体の一部だけが写った写真を含めると6枚)。

娘は正恩氏によく似た顔立ちで、白いダウンジャケットを着ていた。「火星砲17」を背に父親と仲良く手をつなぐ写真もあった。妻の李雪主氏も同行していた。

正恩氏の子どもの存在をめぐっては、元米バスケットボール選手のデニス・ロッドマン氏が2013年9月に訪朝した際、「ジュエ」と名乗る正恩氏の娘を目撃していた。

平壌でバスケットボールを観戦するアメリカの元プロ選手デニス・ロッドマン氏と金正恩第1書記、李雪主夫人ら
平壌でバスケットボールを観戦するアメリカの元プロ選手デニス・ロッドマン氏(右)と金正恩第1書記(中央)、李雪主夫人(左)ら=2014年1月8日、朝鮮通信

また、金正恩氏夫妻は2012年6月に結婚しているが、夫妻の間には2人ないし3人の子どもがいるとされる。

この写真について感想を求めた韓国の情報機関、国家情報院の元幹部は「対外的には米国のいかなる脅威にも体制が揺るがないという自信感の誇示、対内的には金正恩一族の支配が安定しているというメッセージではないか」と語る。

元幹部ら「常識外れの行動」

ところが、元労働党幹部たちの反応はまったく違っていた。元幹部の一人は「お話にならない。お粗末すぎる行動だ」と吐き捨てた。別の元幹部も「常識外れの行動。今の世代の連中は、朝鮮のことを何もわかっていないのではないか」と語った。

なぜ、彼らが憤るのか。それは、娘を公開する行為は金正恩氏自身の「神格化」を傷つけるからだ。

北朝鮮の初代最高指導者の金日成主席は、自らのプライベートを側近たちに語っていた。「酒を飲みすぎて、妻に叱られた」「息子(金正日)が傲慢な態度を取るので、学校の先生にお詫びした」といった内容だった。

こうした話は「人間味のあるリーダー像」を宣伝する目的で、側近たちも積極的に周囲に伝えていた。

金日成主席と握手する金丸元副総理、田辺社会党副委員長
北朝鮮の最高指導者、金日成主席(中央)と握手する金丸元副総理(左)、田辺社会党副委員長=1990年9月、北朝鮮・妙香山の会議場

ところが、1967年に唯一思想体系が、1972年に主体思想がそれぞれ導入され、金日成氏の神格化が進むと、側近たちから金日成氏のプライベートがまったく漏れてこなくなった。私生活を語り、のぞくことは、最高指導者が神であることを否定する行為だと受け止められたからだ。

次の指導者になった金正日総書記が、「酒パーティー」や乱れた女性関係を続けたことも、こうした傾向をさらにひどくした。

北朝鮮から逃れた脱北者の人たちは「最高指導者の私生活を語ることはタブーだった」と口をそろえる。

首脳会談を終え、お互いに署名した共同宣言(日朝平壌宣言)を交換し握手する小泉純一郎首相と北朝鮮の金正日総書記
首脳会談を終え、お互いに署名した共同宣言(日朝平壌宣言)を交換し握手する小泉純一郎首相と北朝鮮の金正日総書記=2002年9月、北朝鮮・平壌市の百花園迎賓館

元幹部の一人は「労働新聞に載った金正恩の娘の写真を見て、北朝鮮の人々は戸惑うだろう。これまで語るなと言われてきたのに、なぜ自ら私生活をさらけ出すのか、理解できないからだ。どう反応して良いか困るだろう」と話す。

別の元幹部も「軍事演習に妻と子どもを連れて行くなんて、私生活を披露する場所じゃないだろう」と指摘する。自衛隊元幹部も「正恩の娘も妻も軍で何か地位を与えられているんですか。ピクニックじゃあるまいし、公私混同も甚だしい」と語る。

もちろん、こうした演出が金正恩氏一人の考えで決まっているとは考えにくい。歴代の最高指導者もそうであったように、指導者の権威を高めるための側近集団がいるのが通常だ。側近たちは指導者の現地指導の行き先を決めたり、演説の内容を決めたりする。

2022年11月18日、大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の試射を指導する金正恩総書記と娘、妻の李雪主氏
2022年11月18日、大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の試射を指導する金正恩総書記と娘(左から2人目)、妻の李雪主氏(同3人目)。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信

正恩氏、過去にも「失敗」

ところが、金正恩氏の権威の演出を巡っては、何度も「すべった」過去がある。

例えば、「レクサス事件」があった。2020年8月、金正恩氏は自ら車を運転して水害の被災地を訪れた。「最高指導者が自らやってきた」という演出だったが、乗っていたのはトヨタ自動車の高級ブランド車「レクサス」だった。

自家用車を持つことも想像できない北朝鮮の市民に対し、余りにも配慮のない行動だった。

また、2021年6月、正恩氏は「国の負担で全国の子どもに乳製品をはじめ栄養食品を供給せよ」と命じた。「子どもを大切にする」というイメージ戦略だったようだが、北朝鮮では乳牛の数が絶対的に不足しているし、電力不足などのために「コールドチェーン」も満足にない。

北朝鮮の人々の大半が飲んだことがあるのはヤギの乳か豆乳という現実のなかで、正恩氏の指示は市民の失笑を買ったという。

元労働党幹部らは、相次ぐ失策の背景について、金正恩氏が進める世代交代を挙げる。すでに、金正恩氏の周囲には日本統治時代や朝鮮戦争を経験した人々がほぼいなくなった。

代わりに権力の座に就いたのは、金日成主席らと北朝鮮を建国した第1世代の孫たちだ。「生まれた時からのエリート」で、欧州などの贅沢な留学生活などを経験した人々だから、一般市民の生活や考えに思いが至らない。

今回の金正恩夫妻と娘の「火星砲17」の視察も、「家族思いの父親」「人間の顔をした指導者」といった国内向けのアピールだろう。

2022年11月18日、大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の試射を娘と共に視察する金正恩総書記
2022年11月18日、大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の試射を娘と共に視察する金正恩総書記(右)。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信

しかし、一時の浅慮が一生の後悔につながるかもしれない。北朝鮮で、最高指導者は民主的な選挙を経て選ばれたわけではない。権威を維持するためには、「権力の座に座って当然」と思わせるだけの根拠がいる。金日成主席の場合は、建国の父というカリスマがあった。

それがない息子の金正日総書記の場合、一切私生活を明かさず、自らを神のように演出することで乗り切った。例えば、「ゴルフコースをすべてホールインワンで回った」といったくだらない演出を徹底して行った。

金正恩氏の場合はどうだろうか。経済状況が厳しく、「一家団欒」や「家族でのお出かけ」など考えられないのが、今の北朝鮮一般市民の実情だ。

そこで、自ら「神」の鎧を脱ぎ捨てたらどうなるのか。この写真をみて、「リーダーも家族思いだなあ」と思う北朝鮮市民がいるだろうか。「俺たちは食うや食わずなのに、自分は家族連れでいい気なもんだ」と思うのが、人間の自然な感情というものだろう。

この写真をみて、「代を継いで核を保有する決意の表れ」などと、深刻に解釈する必要はない。