米コロラド州の展覧会「Colorado State Fair」(CSF)の美術コンテストは、2022年も例年とまったく同じように絵画、キルト細工、彫刻の3分野すべてで賞を授けた。
応募者の一人、同州プエブロウェストに住むジェイソン・M・アレン(39)は絵筆や粘土の塊は使わなかった。代わりに、短い文章を入力すると、生々しいほど現実味がある絵に変換してくれる人工知能(AI)プログラム「ミッドジャーニー(Midjourney)」を駆使した。
応募作「Theatre D’opera Spatial(仏語で『宇宙のオペラ劇場』)」は、コンテストの新進デジタルアーティスト部門でブルー・リボン賞(1位)を獲得した。AIで創られた作品がこうした賞に輝くのは初めてのようで、おさまらない芸術家からは「インチキだ」などと激しい非難が巻き起こった。
「この作品がAIを使ってできたことは明示しており、制作方法について欺くようなことは一切していない」。(訳注=受賞して間もない)アレンは2022年8月末、電話取材にこう反論した。そもそも、応募名からして「ミッドジャーニーを用いたジェイソン・M・アレンの作品」となっていた。
「謝るつもりは毛頭ない。規則はどれ一つ破らずに勝ったのだから」
AIを用いた芸術作品は、何年も前から登場している。しかし、2022年に入ってリリースされた関連AIは、ずぶの素人でも複雑な絵や抽象画、写実的な作品を創れるようにした。ツールはミッドジャーニーやDALL-E2、Stable Diffusionなどの名前が付いており、テキストボックスに言葉を少し入れるだけでよい。
こうしたAIアプリの出現に対して、人間の芸術家が将来への不安を募らせていることは想像に難くないだろう。だれでも自分で芸術作品を創れるのなら、アーティストにお金を払う必要がどこにあるのかということになってしまう。
それはまた、「AIによる芸術」をめぐる倫理問題にも火をつけた。激論が交わされ、反対派はこうしたアプリでできた作品は詰まるところ、ハイテクによる盗作にすぎないと切り捨てた。
アレンがAIアプリで絵を描き始めたのは、2022年になってからだった。テーブルゲームの制作スタジオ「Incarnate Games」を経営しており、必要な図案を人間のアーティストに発注してきた。では、画像を生成する一連の最新アプリは、どこまでできるのか。それを見比べたくて、自分で試すことにした。
2022年夏、アレンは(訳注=ゲームの世界ではおなじみのアプリ)ディスコードのチャットサーバーの一つに招待された。ちょうどミッドジャーニーをみんなで試しているところだった。「拡散」と呼ばれる複雑なプロセスを用いて文章を画像にあつらえる仕組みで、利用者が一連の単語を打ち込んでAIに伝えると、数秒後には画像が出てくる。
アレンは夢中になった。画像を何百と制作し、その写実性に驚いた。何を打ち込んでも、応えられないことはないようだった。
「わが目を疑った」とアレン。「まるで悪魔が画像を呼び起こしているみたい。別世界の力がかかわっているように感じた」
そのうちに、制作した作品の一部をCSFに出そうと思い立った。ちょうど、「デジタルアート/デジタル加工写真」という部門があった。地元のプリントショップでカンバスに印刷し、応募作品として提出した。
「CSFのコンテストの募集時期とたまたまタイミングが重なった」とアレンは振り返る。「この方法でできたアートがいかにすごいか。多くの人に示せれば、素晴らしいと思った」
その数週間後、住まいの近くのプエブロにあるCSFの敷地を歩いていると、自分の作品の脇に青いリボンが飾られているのが目に入った。部門賞を取り、賞金300ドルを手にしたのだった。
「信じられなかった。『やった。自分が目指していたことをやり遂げた』と思った」
アレンは、具体的にどんな文章を入力してこの作品を創り上げたのかは明かさなかった。ただ、「宇宙のオペラ劇場」という仏語の題名にヒントがあるとだけ語った。
受賞作品の写真を、アレンはミッドジャーニーの存在を教えてくれたディスコードのチャット仲間に投稿した。それがツイッターでも流れ、炎上した。
「われわれが目の当たりにしているのは、まさに芸術の死だ」とユーザーの一人は嘆いた。
「ゾッとするね」と別のユーザー。「AIアートが役に立つかもしれないということは分かる。でも、これを使った上で自分は芸術家だといえるのだろうか。断じてありえない」
アレンを擁護する芸術家も何人かはいた。「作品を制作するのにAIを使うのは、フォトショップなどの画像編集ソフトを用いるのとなんら変わりない。ただし、受賞するほどのできばえにするには、人間としての創造性が必要になる」と論じた。
主催者側はどうか。「応募にあたってアレンは適切にミッドジャーニーの使用を開示していた。応募部門の規則では、創造的な作業や作品説明の過程の一環として、デジタル技術を用いたいかなる芸術的な行為を実践してもよいことになっている」。CSFを所管するコロラド州農務省の広報担当オルガ・ロバックは、まずこう説明する。
そして、「この部門の選考委員2人は、ミッドジャーニーがAIプログラムであることを知らなかった」と補足する。「しかし、仮に知っていたとしても、アレンの作品を1位に選んでいたと2人は後で自分に語ってくれた」と話す。
芸術制作をめぐる新たな技術についての論争は、決してこれが初めてではない。
カメラが発明されると、多くの画家は反発し、芸術家の才能をおとしめるものと見なした。19世紀の仏詩人で美術評論家でもあったシャルル・ボードレールは、「絶対に生かしてはおけない敵」と写真技術を忌み嫌った。
20世紀に入っても、さして変わりはなかった。デジタル編集技術やコンピューターを使うデザインプログラムは、きちんとした腕前をあまりにも不要にしてしまう代物として、同じように純粋芸術論者の憎悪の的となった。
ただし、最新のAIツールは、そうした確執とは違う次元の問題を提起している、と評論家の一部は指摘する。単に、美しい作品を簡単に仕上げられるということにはとどまらないからだ。
問題は、その機能にある。ミッドジャーニーやDALL-E2といったAIアプリは、まずネットで公開されている何百万もの画像データを収集し、画像の持つパターンや相互の関連性を認識するすべをアルゴリズム(訳注=コンピューターによる問題解決の手順・方式)に習得させる。次に、それをもとに同じ手法で新たな画像を生成する。
ということは、自分の作品をネットに出している芸術家は、知らず知らずのうちに競争相手のアルゴリズムを鍛錬する手助けをしていることになる。
「このAIの特別なところは、現役芸術家の果実に狙いを定めて学習していることだ」。デジタルアーティストのRJ・パーマーは2022年8月、こうツイートした。「こいつは、われわれの仕事をかすめ取ろうとする積極的な反芸術家だ」
AI生成のアートに感動している人ですら、その生成のされ方については懸念を抱く。米技術者で作家でもあるアンディ・バイオはDALL-E2について、市場に出回っている画像生成AIでは最も刺激的かもしれないとした上で、こう最近の随筆に記している。
「魔法で呼び出すようなことができる一方、倫理的な問題を非常に多く引き起こす。いわば、境界線上にある魔の技術。生じた問題の全容は、把握しがたい」
先のアレンも、AIツールのせいで仕事ができなくなるのではという不安を抱える芸術家には同情する。ただし、怒りの矛先は、DALL-E2やミッドジャーニーを使ってアートを制作する個々人ではなく、人間の芸術家をこうしたツールに置き換えてしまおうとしている企業に向けるべきだと主張する。
「それに、技術そのものの責任を問うのはおかしい。倫理規範はテクノロジーではなく、それを作り出す人間の側にある問題なのだから」
そして、さしあたっての対処戦略でよいから、今のようにAIばかりを目の敵にすることをまず乗り越えてほしいと訴える。
「AIの進化は止まらないんだ。君さぁ、このままだと芸術は死んだ、勝負は決まった、AIの勝ち、人間は負けたってことになるんだぜ」(抄訳)
(Kevin Roose)Ⓒ2022 The New York Times
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