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政府批判のパロディー動画の投稿が「反国家宣伝罪」に?ベトナム一党独裁の先の「壁」

World Now 更新日: 公開日:
ハノイの旧市街
ハノイの旧市街=2022年8月、宋光祐撮影

ベトナム中部にある第3の都市ダナンで9月7日、ある男性が逮捕された。彼の名はブイ・トゥアン・ラムさん(38)。麺料理のフォー屋を営みながら、民主活動家として政府の政策への批判を続けていた。

今年1月に私が取材した人でもある。その2カ月前、ベトナムでは公安相が国際会議出席のために訪れた英国で高級レストランへ行き、30万円するという金箔(きんぱく)に包まれたステーキを有名シェフに食べさせてもらう動画がネットに流出した。

ベトナム・ダナン名物のドラゴンブリッジ
ベトナムのダナン名物のドラゴンブリッジ=宋光祐撮影

ラムさんは公安相への皮肉も込めて、シェフをまねてフォーを作るパロディー動画を制作。フェイスブックに投稿すると、多くの海外メディアに取り上げられた。

動画に込めた思いを直接聞こうと、会いに行った。しかし、店に向かっている最中に「今日は来ないで」とメッセージが入り、顔を合わせて話すことができなかった。遠くから眺めると、草色の制服をまとった公安警察が店を取り囲んでいた。結局、取材は断続的にメッセージをやり取りするだけに終わった。

ラムさんの逮捕容疑は、「反国家宣伝罪」。当局はどの行為が容疑に当たるか明らかにしていないが、平たく言えば政府の批判を広めたことが罪に問われる。

ハノイに滞在している間、急成長するベトナムの姿をいくつも見てきた。そのたびに発展の陰にいるラムのような人たちの存在を考えさせられている。

格差もその一つだ。

フォーを出す店が狭い道に軒を連ねるハノイの旧市街。ファン・バン・ソンさん(59)は建物のすき間を通る真っ暗な路地で暮らしている。

ハノイの旧市街には建物の隙間に真っ暗な路地がある
ハノイの旧市街には建物の隙間に真っ暗な路地がある=2022年8月、宋光祐撮影

住まいは路地の壁面の上にある屋根裏のような空間で、広さは6平方メートルほど。タイル張りの床に布団代わりの小さなじゅうたんが敷かれ、家財道具と呼べるものは、ブラウン管のテレビと小さな扇風機くらいしかない。

ハノイの狭い路地にある屋根裏のような住まい
狭い路地の屋根裏のような住まい=2022年8月、ハノイ、宋光祐撮影

「お金がないから他にいくところもない。発展に取り残されている」。ソンさんはあきらめたようにそう話す。

ベトナムで活動する外国の企業関係者からは最近、政府系機関とのやり取りが進まない、とよく聞く。政府内の担当者が後から刑事罰の伴う責任追及の対象にされることを恐れ、決定をたらい回しにするからだという。

テクノロジーで時代が大きく変化するなか、国を発展させるイノベーションには、制約のない自由な発想や、現状に満足しない、批判的な見方が必要なのではないか。表現の自由がなければ、ソンのように貧困にあえぐ人たちの問題を社会で共有することもできない。

個人が、いわれなき制裁に不安を抱く社会では、成長が壁にぶつからないか。社会が持つポテンシャルの大きさを感じるからこそ、疑問も湧く。