洪氏は6月、尹錫悦大統領の特使団の一人として欧州連合(EU)関係者と協議した。尹政権はEUや北大西洋条約機構(NATO)との関係強化を目指している。洪氏は「文在寅政権は北朝鮮外交に執着し、成果を出せなかった」と語る。「民主主義や人権などの価値観を共有する欧州諸国との関係強化を目指している」という。
韓国が欧州諸国に接近するのは、拡大する中国の影響力への懸念もあるという。洪氏によれば、昨年夏にあった環太平洋合同演習(リムパック)に参加した韓国海軍艦艇に対し、中国海軍駆逐艦がドローンを発射したケースもあったという。ドローンは攻撃用に使われる場合もあり、洪氏は「国際海洋法上、安全管理に問題がある」と語る。
洪氏は、中国のこうした行動の背景には、文政権が「米国に過度に依存しない国防政策」を掲げ、米中間でバランスを取る外交を目指した影響もあるとの考えを示す。
一方、尹大統領は6月のNATO首脳会議に出席した際、ポーランドにFA50戦闘機や軍用車両を売り込むなど、兵器や原発の売り込みに力を入れたという。韓国はウクライナから対空兵器などの支援を要請されているが、攻撃用兵器の支援は行っていない。
洪氏はウクライナ支援について「ロシアのプーチン大統領が戦術核の使用を示唆している。ウクライナに対する過剰な支援は、ロシアだけでなく、中国や北朝鮮による核の脅威を刺激する可能性がある」と説明する。「複数の戦争が起きないよう、ウクライナへの武器支援はヘルメットや防弾チョッキなどにとどめ、食糧などは積極的に提供している」と語る。
そのうえで、洪氏は「米英仏中ロの5カ国が、長く掌握してきた防衛産業」が、ロシアによるウクライナ侵攻によって変化が起きるかもしれないと指摘する。ポーランドなど旧ワルシャワ条約機構構成国が、ウクライナに旧ソ連製兵器を提供する一方、NATOは6月の首脳会議で構成国の兵器のNATO標準化を目指すとした。国防費を国内総生産(GDP)比2%以上に引き上げるNATO構成国も相次いでいる。
日本も韓国も、小銃の口径や兵器の距離や速度表示などが「NATO標準」になっている。武器の補充とNATO標準化が求められている中東欧諸国は、韓国にとって新たな防衛産業市場と言える。
韓国は朴正熙政権時代から、「自主国防」を掲げてきた。北朝鮮の脅威に対抗するため、防衛産業の育成に力を注いだ。輸出先は米国や中東、東南アジアなど約80カ国に上る。射程40キロを誇るK9自走砲や、多目的に使えるT50空軍練習機などに人気が集まっている。洪氏によれば、K9自走砲はエジプトやインドなどで使われているほか、スウェーデンやポーランドなども関心を示している。
洪氏は「選択と集中が重要だ」と話す。自衛隊の元幹部によれば、米国製兵器は最先端の技術が魅力だが、価格は非常に高くなる。韓国製兵器の性能は日米などには劣るが、価格が安いため、発展途上国の間で高い人気を誇る。軍事関係筋は、韓国製兵器について「T50などには米国の技術が多く使われている。開発実験を省略しているため、安くできる」と語る。
韓国は、国をあげての売り込みも熱心だ。韓国が開発する次世代戦闘機「KF21」の試作機が21年4月9日、初めて公開された。事実上、韓国初の国産戦闘機だ。文在寅大統領(当時)は記念式典に出席し、「自分たちの手で作った先端超音速戦闘機を持つのは世界で8番目の快挙だ」と喜んだ。
また、自衛隊の元幹部は20年ほど前、東京・晴海に寄港した韓国練習艦隊を視察した。韓国海軍補給艦の甲板には様々な兵器が展示されていたという。この元幹部は「日本は緩和されたとはいえ、長い間、武器輸出3原則があった。韓国のように国のトップがあちこちで武器の売り込みができる環境にはない」と話す。
防衛産業には「死の商人」という負のイメージもつきまとう。日本では防衛産業に携わっていることを積極的にアピールしない企業も多い。「顧客が自衛隊だけ」という兵器も多く、大量生産ができないため、価格も高くなる。
一方、洪氏は「武器が多いと紛争が増えるという指摘は確かにある。供給量をコントロールするのか、需要を抑えるのか、調整が難しい。平和の番人といわれる国連安全保障理事会の常任理事5カ国が兵器の輸出大国であることも、ジレンマの一つになっている」と語った。