待ち合わせ場所に指定された貸倉庫は、高速道路にほど近い丘の中腹にあった。アメリカの南部、テキサス州のダラス近郊。4月上旬、午後4時を過ぎたが、気温は30度を超え、生暖かい風が吹いている。
駐車場に止まった1台の大型SUVから、大柄な男性が降りてきた。強い日差しに、男性が履いているナイキの白いスニーカーがまぶしい。
「エア ジョーダン 4 レトロ」。売買サイトで8万円を超えて取引されている人気の品だ。
この男性は、サンティアゴ・メヒアさん(41)。テキサスを拠点にスニーカーの転売で生計を立てている。「会えてうれしい。家族も連れてきたよ」
握手を求める男性の後ろで、車から妻や子どもたちも降りてきた。みんなカラフルなスニーカーを履いている。貸倉庫に入ると、白いシャッターで閉ざされた10畳ほどの区画が並ぶ。
「ここは去年の夏から借りている。賃料は月292ドル(約3万7000円)。安くないが、自宅には数千足あって収まりきらないので仕方ない」
メヒアさんは、ある区画の前でシャッターを勢いよく上げた。すると、壁沿いにスニーカーのケースがずらりと並んでいた。その数、約1000足。
メヒアさんは2015年に副業としてスニーカーの転売を始めた。趣味として集めていたが、買うお金がなくて仕方なく手持ちの品を売ると、数十ドルもうかった。
「5~6足を買って売れば、欲しいもの1足分ぐらいを稼げた」
次第に取扱量が増えていき、ついに18年、事務用品メーカーを辞めて転売を仕事にすることにした。現在は、月に1000足を売り買いし、年商は150万ドル(約1億9000万円)ほどという。
店舗や知人からスニーカーを入手し、ネットを通じて全米各地や中国などアジアに販売する。
「粗利益は2~3割で、経費もかかる。1足あたりの利益は少ないので、取引量を増やさないと暮らしていけない。大事なのは、ネットワークとフットワーク。偽物をつかまないコツは、知らない人から買わないことだ」
アメリカで拡大するスニーカー売買の中心は、メヒアさんも活用しているネット取引だ。
例えば、スニーカーなどの転売を仲介するアメリカの大手サイト「ストックX」では、スニーカーを中心に15万点以上が出品されている。種類ごとに販売価格や買い取り価格、値動きが表示してあり、株式のように取引されている。
実物を直接見て買いたい需要もあり、実店舗も人気だ。
全米最大級の中古スニーカー販売店「フライトクラブ」のニューヨーク店には、壁一面にカラフルなスニーカーがざっと1000足以上ならぶ。
あるスニーカーには、「339ドル~5000ドル」との表記。サイズや状態によって同じ種類でも価格が異なる。店の前には、つねに30人ほどの行列ができ、入店するのに20~30分待ちだ。
ニュージャージー州で、4月に開かれたイベントには数千人のファンや転売業者が集った。大規模な転売を手がける人がブースを出展し、来場者は1人3足を持ち込み商談する。
100足ほどを出展していたミゲオ・ブレナードさん(28)は、テキサス州を拠点に、各地を車で移動しながら転売を手がける。
来場者から、「これ300ドルでどう?」と声がかかると、サイズを確かめ、スマホで価格を確認。ブラックライトで縫い目などをチェックして偽物ではないか確かめ、現金で280ドルを支払い買い取った。
「ネットなら300ドルで売れる。少し待てば、さらに値上がりするかもしれない」。今年の利益は10万ドルを超える予定だ。「来週はロサンゼルス、その次はフロリダだ」
アメリカの調査会社コーウェン・リサーチによると、北米のスニーカー転売市場はストリートウェアなども合わせて20億ドル(約2570億円)を超え、30年までには世界で300億ドル(約3兆8600億円)に拡大する見込みだ。
アメリカの競売大手サザビーズでは昨年、プロバスケットボール選手だったのマイケル・ジョーダン氏が試合で履いたスニーカーが147万ドル(約1.9億円)で落札された。
近年は、人気のあるスニーカーの所有権を分割し、株式のように一部を「保有」し、売買できるアプリも登場した。実物は手にできないが、高級スニーカーを保有している感覚は味わえる。
なぜ、ここまで取引が盛んなのか。
ストックXのアナリスト、ジェシー・アインホーンさんは、「歴史」と「SNSの普及」を理由にあげる。
「スニーカーは当初から、人びとの個性や人格を表現する手段でもあった。色やモデル、種類も豊富で、自分のユニークさを表現するのに理想的だった」
だが、欠点もあった。「実際に履いて出かけないと、所有を友人たちにアピールできなかった。でも、それをやってしまうと中古品としては転売できなくなる」。
だが、インスタグラムの普及がこの問題を根本から変えた。「履かなくても所有しているとアピールでき、『未使用スニーカー』として、だれかに転売もできる。欠点が消えた」
困惑もある。ニューヨークに住むカフェ店員、ノア・ナイスワンガーさん(25)は趣味でスニーカーを集めていたが、ここ数年の値上がりに驚いている。
「気に入ったスニーカーを手に入れて、友人たちと語り合いたいだけなのに……。株式のように見るなんて、どうかしている。メーカーも生産量を増やしてくれればいいのに、そうはしない」