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靴に「脱炭素」を掛け合わせ、何ができる? 西海岸発、ストーリーを売るスニーカー

LifeStyle 更新日: 公開日:
オールバーズのスニーカー=ニューヨーク、真海喬生撮影

今年4月の日曜日。ニューヨーク・マンハッタンにある「オールバーズ」の店舗で、会社員のグレッグ・バーンズさん(31)は新しい靴を探していた。

「友人の間で、軽くて足にフィットすると評判だった。私も試してみようと思ってね」

店にあるのは、十数種類だけ。デザインはシンプル。色違いはあるが、大手メーカーに比べると、品ぞろえは少ない。

バーンズさんが商品を手にとると、中敷きには「10.7」と書かれた丸いシールがあった。製造や輸送で排出した温室効果ガスの量(キロ、二酸化炭素換算)を示している。

「ほかの靴が、どれぐらい温室効果ガスを排出しているのか知らないけれど、きちんと表示する透明性が共感できる」。バーンズさんは2〜3足を試してから、1足を買っていった。

オールバーズのスニーカー=ニューヨーク、真海喬生撮影

オールバーズ社は2015年、プロサッカー選手だったティム・ブラウンさんと、バイオ技術に詳しいジョーイ・ズウィリンジャーさんが、アメリカ西海岸のサンフランシスコで創業した。

石油からできた素材ではなく、ユーカリやウールの天然素材を使った靴をつくり、環境にやさしいブランドとして売り出すと、IT企業の従業員らの間で評判を呼んだ。

オンライン販売のみだったが、18年にサンフランシスコ、ニューヨーク、ロンドンに実店舗を構え、20年に東京にも進出。昨秋、アメリカのナスダック市場に上場した。

投資家向けの資料では、「持続可能な原料を使っていて、環境に配慮した製造工程や供給網の実践に重点をおいているため、コストの上昇や、成長がさまたげられる可能性がある」と明記。株主利益を第一にする米国で、利益より環境を重んじる姿勢が注目された。

オールバーズのスニーカーは、ウールなどの天然素材でつくられている(同社提供)

共同CEOのブラウンさんは、「サステイナビリティー(持続可能性)と天然素材の重要性にめざめた消費者に支えられている。石油をなるべく使わないことが、私たちの会社の出発点だ」と語る。

おもな顧客は大都市圏に住む25~35歳の若い世代だ。男女比は半々。取り扱う靴の種類を少なくすることで、製造コストを減らし、「シンプル」というブランドコンセプトを確立している。

「オールバーズ」原宿店=中村靖三郎撮影

いまでは8カ国で41店を展開するが、20年にどの国の店より多くの売り上げを記録したのは、日本における1号店の原宿店だった。「東京の売れ行きは目を見張るものがあった」と、日本法人マーケティングディレクターを務める蓑輪光浩さん(47)はいう。

なぜ、これほど日本で人気を集めたのか?

背景の一つに、環境問題への意識の高まりがあると、蓑輪さんはみている。

「大量生産と大量消費、大量廃棄の時代から、『自分たちにとって何が正しいか』を見極めたうえで、食べ物や衣服、住む場所を選ぶ新しいライフスタイルが広がった」

環境への負荷を減らす取り組みを徹底し、それを、客の目に見えるかたちにしている。効率よく輸送するため、原則として靴を入れる箱のサイズを統一した。箱に小さな穴をあけ、そこに靴ひもを通し、バッグの持ち手のようにした。紙のムダをなくすため、要望がなければレシートはオンラインでしか発行しない。

「オールバーズ」原宿店=中村靖三郎撮影

環境への配慮だけで、そんなにモノは売れるのか?

ふに落ちず、秘密を探ろうと3月、東京・丸の内店で開かれたイベントを訪ねた。

履きこんだスニーカーを天然の藍で染めなおし、もっと長く、履きつづけてもらおうという取り組みだ。参加した大桑彩さんは3年ほど前、アメリカに住む友人から「西海岸のIT系の人たちがこぞって履いている、一番イケてるスニーカー」と教えてもらった。

スニーカーを、天然藍で染め直すワークショップ。サステイナブルを意識して、より長く履き続けてもらいたいというねらいがある=東京都千代田区のオールバーズ店舗

「雲の上を歩いているような感覚」と友人が表現したウールでできたスニーカーは「素足に近い感じで足にフィットする」という。履き続けて汚れが目立ってきたが捨てるのも忍びないと思っていた。

「藍染めで、よみがえらせる発想がいい」。5足目を買った田中利奈さんは「天然素材で環境にやさしく、おしゃれで撥水性の機能もいい」と話す。畑仕事をするときも重宝しているといい、「どうせ買うなら、こういう靴を選びたい」。

蓑輪さんはいう。「オーガニックの野菜だから食べるわけじゃない。『おいしい』というのが大前提にあって、大事なのは靴の履き心地。よい品質にサステイナビリティーが加わると、ベターだったのがベストになる」

そして、こう続けた。「ファッションは自己表現でもあるので、商品の背景にある『ストーリー』に共感して買ってくれる。『なぜこの靴を?』と聞かれたら、理由を言えるようになりたい、という人たちが増えている」

天然藍で染め直したスニーカー

原宿店の店長、初澤優介さん(37)は、1990年代のブームの沼にはまった一人だった。

高校生のころバスケットボールをしていて、マイケル・ジョーダンやデニス・ロッドマンにあこがれた。休日に上京しては、お気に入りのスニーカーを求めて街を歩き回り、店頭の行列に並んだりして、60足ほどを集めた。大事なスニーカーは「汚したくない」と、履く用と保管用の2足を買った。

保管には細心の注意を払い、劣化しないよう常に26度に設定したエアコンをつけた。湿気に気を配り、定期的に箱をあけて加水分解していないか、中の状態を確かめた。所有することが喜びだった。

オールバーズのスニーカー(同社提供)

だが、30歳をこえたころ違和感をおぼえた。

「これって、意味があるのかな」

むなしさすら感じた。転売もできたが、思い出のコレクションを売ってしまうことには抵抗を感じて、結局ほとんど処分した。

アパレル業界で働いたが、ファッション業界による環境負荷が気になり、2年前にオールバーズに転職した。

かっこいいスニーカーを見ると、今もひかれるが、以前のように「集めたい」と思わない。

「最小限にして、こんなに負担がない生活があったのかと気づかされた。解放されて、身軽になり、地球にもやさしくなれました」