■今秋に開かれるG20。アメリカと中国の“駆け引き”を読み解くと…
中川 (前編に続き)7月の米中関係について振り返ります。
7月26日にはシャーマン国務副長官が、バイデン政権の外交当局者としては初めて訪中しました。ただし、王毅国務委員兼外相とは少し会うだけで、シェフォン外務次官があくまでカウンターパートだという姿勢を強調しました。
外交では、「カウンターパートはだれか」という考えが重視されるんです。また、これまでバイデン政権はASEANになかなか時間を割けなかったのですが、7月27日、オースティン国防長官が初めて東南アジア・シンガポールを訪問し演説しました。
そこでオースティン国防長官は、中国との関係で、ウイグル自治区での人権弾圧や台湾への姿勢を批判しました。一方で、「中国との対立は求めていない」とも明確に述べました。
前回の対談でも触れましたが、この秋にG20首脳会議があります。
すでにG20首脳会議での米中首脳会談実現へ向けた駆け引きの一環が見て取れます。また、今回のコラム前編でとりあげた「トゥキディデスのわな」には陥らないとのメッセージも読み取れました。
パックン オースティン国防長官は「中国との対立は望まない」としつつ、一方で、「中国と衝突する場合は、アメリカがひるむことはない」との趣旨も述べています。かつて、アメリカのセオドア・ルーズベルト大統領(第26代アメリカ大統領、1858-1919)も、「小さな声で話しても、大きなこん棒を持っていればいい」との趣旨の発言をしています。
要は、中国が海洋における国際法や人権問題にコミットさえしてくれれば、対立することはない、アメリカは自信を持っている、というスタンスです。このあたりのアメリカの姿勢は、オバマ政権の後半から見られました。
トランプ前大統領は結局、「アメリカ・ファースト」ではなく「アメリカ・アローン(孤独)」でしたが、バイデン政権は同盟国、友好国を巻き込んで、中国政策に取り組んでいるんです。そこが違いますね。
中川 7月14日には、アメリカ議会上院で「ウイグル強制労働防止法案」が可決されましたね。もし下院でも可決されればバイデン大統領の署名を経て成立する可能性が高いです。このように、人権の側面では、バイデン政権は中国を攻めているなと思います。
米議会上院は14日、中国・新疆ウイグル自治区で製造された強制労働が絡む製品の輸入を禁止する「ウイグル強制労働防止法案」を全会一致で可決した。米、ウイグル禁輸法案を可決 強制労働絡む全製品に拡大:朝日新聞デジタル
GDP第3位の日本のビジネスパーソンにとって、GDP1位のアメリカ、2位の中国、そのどちらかをとるという「ゼロサムゲーム」ではない。 逆に言えば、どちらかを選ばざるをえない状況を作ってはいけないと思います。
中国とのビジネスを扱っている人はアメリカの動向、上院、下院の動向まで見なくてはいけない。今回の「ウイグル強制労働法案」もそうです。一方で、アメリカとのビジネスを扱っている人は中国の動向をより細かくウォッチしなければならない。そういう時代になってきたと思います。
世界で起きていることについての情報の価値がより高まってくる。ビジネスパーソンにとってはそれだけ大変な、気の抜けない世界になっています。このコラムでも、その一助になればと思います。
このコラムでの前編で紹介したハーバード大学のジョセフ・ナイ教授は、これからは米中対立の中でインドがより戦略的に重要になると強調されています。今、外交で日米豪印のQUAD(クアッド)という枠組みがありますけど、インドをどう巻き込むのかが大事だと思います。
■21世紀は「外交とビジネスが切り離せなくなる」
パックン この連載の読者はビジネスパーソンが多いということですが、今、各国のビジネスリーダーは手探りの状況でビジネスを進めようとしています。米中関係が悪化すると、せっかく勝ち取った中国ビジネスのアクセスもうまくいかなくなります。
中国で工場を稼働させていても、ある日、それが使えなくなったり、撤退を余儀なくされる事態になったりするかもしれません。法律、規制、関税など制度的な問題だけでなく、世論的な操作で、仕事がしづらくなることもありえると思います。
先般取り上げたユニクロの問題もそうですが、先日(7月26日)も、アメリカ上院の労働委員会がアメリカの超一流企業の代表を呼び出して、冬の北京オリンピックのスポンサーから下りろと圧力をかけました。ウイグルの問題をユダヤ人虐殺と同様に捉えて、その中国が、あなたがたアメリカのお金を使っていいのかというような攻め方をしているんです。
アメリカ下院議長も北京オリンピックの外交的ボイコットを呼びかけています。つまり選手は参加していいけど、大統領や副大統領は行くべきではないということです。その延長線上で企業に圧力をかけてスポンサーから下りるようにと。
こういうことも、アメリカの企業だけではなく、世界各国の企業にも起きうると思います。今後、消費者レベルで、北京オリンピックのスポンサー企業の商品をボイコットするような動きになれば、企業にとっては大きな問題となるでしょう。
その意味でも、世界の情報にアンテナを高くする必要がありますね。政治、外交がビジネスを邪魔する時代なんです。これが21世紀の特徴で、外交とビジネスが切り離せなくなるということです。
■中国に対するEUのしたたかな戦略とは?
中川 米中対立の中で、ヨーロッパは中国との関係でしたたかに立ち回っています。
前回も指摘したエネルギー革命の関係ですが、7月、EUは2035年にガソリン車の販売を事実上禁止すると発表しました。日本だけでなく世界の自動車業界に影響を与えています。EUは再生可能ネルギーの分野でも進んでいるので、早く電気自動車(EV)に変えていく、ただその是非については、EU内でも意見が割れています。
一方で、地政学観点からは、EUは中国の人権に対する姿勢を問題視はしつつ、経済・エネルギー面では、中国市場を虎視眈々と狙っている。このEV の動きも、巨大な中国市場を取り込む狙いが見えます。
民主主義、人権の観点では優等生のふるまいをしながら、環境・エネルギーでは優位性を活かす。したたかだなと思います。日本も、2020年末に菅総理が2050年カーボンニュートラルを打ち出して、現在、官民一体で脱炭素社会実現のための政策を練っていますけど、EUの動きについてパックンはどう見ていますか。
パックン EUの対中政策はすごいなと思います。まず、アメリカは中国を「戦略的ライバル」と見ていますが、EUは「システム上のライバル」としています。つまりEUは中国との関係を、外交・政治面と経済面で切り離そうとしているのです。これはEU圏内でも同様です。
たとえば、ポーランド、ハンガリーでは、人権問題やLGBT問題、独裁国(ベラルーシ)との友好関係といったことがEU全体から批判されています。EU圏内では、是正も求められ、制裁も考えられています。経済活動は自由にできますが、政治的な問題の対応いかんでは、経済にも悪影響が出るでしょう。これがシステム上の問題です。
EUは中国と自由貿易協定(China-EU agreement)を結びました。これに合意した瞬間に、EUは人権問題で中国の幹部に制裁を科しました。私は、EUがEVで中国市場を狙う姿勢はすばらしいと思いますが、ただ中国がそれを許すかどうか。
一方で、EUのEV販売が中国市場に頼りすぎるようになったら、それは中国に弱みを見せることにもなります。中国で商売を続けたいなら、中国の内政には口をだすなとか、政治姿勢に協力を求められるかもしれません。
Google、Appleなどアメリカの企業がこのあたりの先輩なんですけど、政治体制が全くちがう国同士で、ビジネスを進めるには国のトップ、政治家、外交官をしっかり巻き込まないと一企業ではリスクが大きすぎます。
中川 パックンは前回の対談で、アメリカの気候変動対策の話をしたときに、バイデン政権はまだEUをはじめ国際社会から信頼されていない、また政権が変われば、トランプ前政権のように手のひら返しがあるんじゃないかと各国は疑っている、と指摘していました。
なので本当はEUも、アメリカと政治面でも経済面でも、全面的に歩調を合わせて中国に対峙したい。でもそこが分からないから、各国も自国ファーストの考えが残っている。
そういう意味で、バイデン政権は発足半年強。トランプ前政権の影響はかなり残っているのではないかと思います。EUの今回のエネルギー政策の発表もその不安の表れかなと思います。
パックン 中川さんの指摘は非常に重要だと思います。トランプ前政権は、アメリカがそれまで結んでいた5つ、6つの国際条約から離脱しました。合計で11もの国際条約や国際機関などから脱退したり、弱体化させたりしました。国際社会に、アメリカは政権の継続性がないことを知らしめてしまいました。アメリカをこういう国に変えてしまった爪痕がまだまだ残っているんです。
バイデン政権は現在、主要閣僚を様々な国に派遣して信頼回復に努めていますが、この4年間で回復できるか、前途多難だと思いますよ。でもEUだけで中国対策を行うのは難しいので、やはりアメリカ、日本、オーストラリアなどの民主主義グループが力を合わせる必要があると思います。
でも逆に中国はそういう包囲網を分裂させることに長けています。GDP第2位となった中国は、アメリカ以外とは、二国間関係でやりとりをしたいと思っています。実はそれはトランプ前政権がやってきたことでもあります。ただ、世界1位のアメリカでも、中国と単独で対峙する不安もあります。トランプ前政権の考え方は視野が狭いですね。
■日本のビジネスパーソンも考えるべき、米中との距離感
中川 バイデン政権が今後「トゥキディデスのわな」にはまらないためにも、1対1で対決しないことが重要ですね。日本のビジネスパーソンもアンテナを本当に高く張る必要がある。それは単に地政学、国際関係だけでなく、人権やエネルギー、DXも含めた広い視野で見ないと、複雑な方程式が解けなくなっている、そういう時代なのかなと思います。
パックン 「トゥキディデスのわな」については、アメリカと中国が戦争するかと言えば、しないと思います。アメリカと中国が戦争しても、お互い、勝ち目はありません。お互い核保有国でもあります。だから、戦争手前の手段でどこまで圧力がかけられるかがこれからの注目点になると思います。
日本政府、日本のビジネスパーソンが考えなければならないのは、どこまでバイデン政権に協力するかです。日本はこれまで地政学的にアメリカより中国に近くて、「一帯一路」も全面的ではなくて部分的に参加して、習近平政権の好意を買いながら、けん制もするというバランスを取ってきましたが、この先は、バイデン政権からもっと圧力がかかるかもしれません。
南シナ海の問題、台湾問題、香港問題、ウイグル自治区の問題についても、より強い立場の表明が求められるかもしれません。ビジネスパーソンもこれらの問題をしっかりフォローしていきましょう。(対談時の写真はいずれも上溝恭香撮影)
(この記事は朝日新聞社の経済メディア『bizble』から転載しました)