■ハーバード大で歴史を学んだパックンから見た“中国観”
中川 パックン、今日は7月に起きた「世界のニュース」というドラマの続きを見ていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
7月は、1日に中国共産党設立100周年の記念式典が天安門広場で開催されたのを皮切りに、中国関連のニュースが目白押しでしたので、今回の対談では中国についてしっかり触れていきたいと思います。
6日には、オンラインで「中国共産党と世界の政党指導者サミット」が開催されました。
習近平国家主席は「中国共産党は、今後も各国の政党や政治団体とともに、歴史の正しい側、人類の進歩の側に立ち、人類運命共同体の構築を促進してより良い世界を築く」と述べ、世界に向けて明確な発信をはじめました。
パックンは、ハーバード大学で歴史も学ばれたと思いますが、この機会にパックンの中国観のようなものをお聞かせいただけないでしょうか。
パックン 7月1日の中国共産党100周年の式典は、天安門広場に7万人集まって、マスクなしで大声援の中での開催でした。
私は東京オリンピックの無観客開催に対する、世界および日本への嫌みかと思ってしまいました。新型コロナ制圧に成功したアピール、誇示だと思います。
天安門広場では独裁主義的な演出が目立っていましたね。東京でもあれぐらいの規模の開会式をやりたかったなあと思いました。ちょっと悔しかったです。
私の中国観については、私が生まれたときは毛沢東の時代(1949年~1976年)ですが、10歳を過ぎて、鄧小平の時代(1978年~1989年)に、中国を意識し始めました。
中川 パックンは10歳過ぎから、中国に目を向けていたんですか。すごいですね。
パックン 中学からは正式にワールド・ポリティクスの授業などで学び始めましたけど、もともと僕の父親がアメリカ空軍アカデミーで戦争の歴史などを教えていたんです。コラムも執筆していました。
ベトナム戦争はこうだったとか、こういう話を結構してくれました。ベトナム戦争は北ベトナム対南ベトナムではなくて、アメリカと中国の代理戦争だと言っていました。
でも、当時は中国より日本の方が圧倒的に勢いがあって、日本をアメリカの脅威として意識していたんです。
鄧小平の時代から、江沢民の時代(1989年-2002年)、胡錦涛の時代(2002年-2012年)になって、日本の勢いが失われていくと、中国に対するアメリカの意識も高まってきたんですけど、私が大学時代のときは、まだ日本の方が少し人気があったかな。日本経済のバブルの記憶が新しくて。
バブルは正確には1991年で崩壊したようですけど、私は日本ではバブルが続いていると思い込んで、1993年に日本に来ました。今振り返ると、ハーバード大学でも我々の中国に対する意識度が低すぎたんです。
中国はインドと並ぶくらいの国、いつかは台頭するだろうと思っていましたけど、誰も中国のここまでの成功は予見していなかったと思います。中国は、僕が生きている50年間で経済規模が156倍にも拡大したんです。そのスピードは我々が読めなくて当然だったかもしれません。こんなに継続的に成長を続けるとは思いませんでした。
ハーバード大学は世界のトップクラスだと思いますけど、中国研究・教育は足りなかったですね。21世紀のもっとも重要な二国間関係と、今は誰もが言っていますが、当時はそこまで意識されていませんでした。
■トランプ前政権下で上がった「中国」の優先度。中国への“危機感”が強まった理由
中川 私は、アメリカの日本大使館に2008年から2011年まで勤務していました。当時は、オバマ政権発足時でしたが、2001年の9.11同時多発テロ事件、2003年のイラク戦争の爪痕もあり、ワシントンD.C.では、まだまだ中東へのプライオリティ(優先度)が高かったと思います。
中国はじめアジアのプライオリティはそこまでではありませんでした。しかし、トランプ前政権下で相当中国のプライオリティが上がったと思います。
パックン アメリカではオバマ政権も中国はもちろん意識はしていましたが、「危機感」まではなかったのではないかと思います。
オバマ政権でも前半(第1期、2009年-2012年)と後半(第2期、2013年-2016年)は少し切り分けて考えた方がよいと思います。
中国へのいわゆる「関与」政策は、クリントン政権、ブッシュ政権でも健在でしたけど、結構、楽観主義の国際政治学的思想に基づいていたと思います。
アジアでも、たとえば韓国、シンガポールなど、市場を開放して資本主義社会、民主主義社会になっていくと、国民の教育レベル、裕福度も上がって、世界との連携も強まるという現象が見られました。我々は中国もそのような道を歩んでくれるんじゃないかと期待していたんです。この楽観主義の思想は少なくともオバマ政権の前半までは続きました。
そのあと、中国が日本のGDPを追い抜き、アメリカも超えそうな勢いが出てきました(※「PPP=購買力平価」で言うと、アメリカを超えているという試算もあります)。中国は市場を開放して、世界市場との統合、「カップリング」が続出しているのに、政治の革命が全く進んでいないんです。それをアメリカはオバマ政権後半で気づいて、中国への危機感が強まっていったんです。
■中国はアメリカを追い抜く? 「トゥキディデスのわな」を考える
中川 トランプ前政権が発足して最初の「国家安全保障戦略(NSS)」では、対中国政策を「競争」と定義づけ、ペンス前副大統領もシンクタンクの講演で対中国批判を開始しました。その後、ポンペオ前国務長官は、それまでのアメリカの対中国関与政策を「失敗」とする演説を行いました。
トランプ前政権下での明らかな方針転換がわかります。パックンの先輩にあたるジョセフ・ナイ・ハーバード大学特別功労教授が最近、雑誌のインタビューで「米中の逆転はありえない。中国の弱点はソフトパワー」としつつ、これからのアメリカと中国を「競争的協調関係」と表現されています。
パックン ナイ教授は「ソフトパワー」の概念を一番最初に広めた経済学者の一人ですが、私もナイ教授の見方は正しいと思います。今の世の中は、軍事力よりイメージ力、コミュニケーション能力、文化力とかそういうソフト面でのパワーの方が大きいかなと。
今の時代、どこかの国を乗っ取ってもうかるかというとそうではない。軍事管理費の方が高くついて、その国の強さを通商で恩恵を受けた方がいいと思います。
中国が経済規模を156倍に膨らましたのはどこかへの侵略とか戦争の恩恵ではなくて、全部、通商や貿易の恩恵です。だから中国も他の国を乗っ取ろうとまでしているわけではない。台湾統一、南シナ海などの領海支配はしたいでしょうけど。かつてのソ連がやったように、自分の影響圏内を仕切りたいんです。
中国は、ベトナム、ミャンマー、モンゴルなどでは競争国の進出は許さないと思います。軍事力で国を豊かにするという考え方は19世紀、20世紀のもの。今は、ソフトパワーの時代です。ナイ教授のおっしゃる通り、中国がアメリカを追い抜くわけではない。アメリカが多数の国と同盟またはそれに準ずる関係にあるのに対し、中国は北朝鮮だけなんです。
ソフトパワーも、中国発信の音楽、映画、ゲームで、世界で影響力を発揮しているわけではありませんし、中国の政治体制は世界各国から嫌われています。今、中国に対する世論調査では、史上最高レベルで中国は「敵」という認識が高まっています。アメリカのみならずアジアでもです。
それは1党独裁国の一番の欠点ですね。情報統制がある、経済活動も自由ではない、経済的な覇権意思を隠そうとしないとなると厳しいですね。中国が進める一帯一路政策では、「債務のわな」の問題もあります。アメリカとEUが力を合わせれば明らかに中国を超えます。
中川 同じくハーバード大学のグレアム・アリソン教授は、歴史上(古代ギリシャの歴史家トゥキディデスが、アテネとスパルタのペロポネソス戦争を挙げて説いたのにちなみ)、新興国の成長とともに既存の覇権国との力関係が崩れた場合に戦争が起こりやすくなるという「トゥキディデスのわな」と呼ばれる事例をあげて、現在の米中はすでにこの「わな」に陥っているとおっしゃっています。私も、外務省時代にはこの「トゥキディデスのわな」について、よく議論しました。
パックン 「トゥキディデスのわな」は国際関係論の基本ですが、要はアメリカが中国を、アメリカを超える脅威ととらえ、超えられる前に戦争してやっつける必要があると判断するかしないかということです。
ナイ教授のおっしゃるように、「中国はアメリカを超えられない」とするなら、この「わな」に陥ることは私はないと思います。ライバルにはなってもアメリカを超えることはない、アメリカはこの先もソフトパワーで世界一であり続ける、その地位は揺らがないと思っていれば、大丈夫です。
(対談時の写真はいずれも上溝恭香撮影)
(この続きの【後編】はこちらからご覧ください)
(この記事は朝日新聞社の経済メディア『bizble』から転載しました)