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アメリカの「人権重視」が日本のビジネスパーソンに与える影響を読み解くと…【後編】

これだけは知っておこう世界のニュース 更新日: 公開日:

■アメリカの国内の人種差別問題。バイデン政権になってどう変化した?

【前編】はこちらからご覧ください)

パックンと中川浩一さん

中川 バイデン政権の外交、内政の特徴は、「国際協調主義」と「人権重視」です。人権に注目すると、アメリカ・ミネソタ州でジョージ・フロイドさんが白人警官に首を押さえつけられて死亡した事件から、5月で1年が経過しましたが、パックンは黒人問題、そして移民問題、どうみていますか。

米国で黒人男性ジョージ・フロイドさん(当時46)が白人警官に首を圧迫されて死亡した事件から1年となった25日、フロイドさんの家族らがホワイトハウスを訪れ、バイデン大統領と面会した。バイデン氏は面会後、「彼の殺害は1960年代の公民権運動以来の『抗議の夏』を生み出し、すべての人種と世代の人々を平和的に一つにした」とする声明を出した。フロイドさん家族、バイデン氏と面会 「関心に感謝」:朝日新聞デジタル

ワクチンの関係でも、バイデン大統領は、アメリカの製薬会社からは強い反対にあいましたが、特許権を一時放棄する意向を表明しました。この動きなどは国際協調主義と人権重視を体現するような問題だと思いますがいかがでしょうか。トランプ前政権ではありえなかったグローバルな視点が見えるような気がします。

米バイデン政権は5日、新型コロナウイルスのワクチンの普及に向け、ワクチンにかかわる知的財産(特許)を保護する義務を一時免除することに米国が同意する、と表明した。ワクチンの知財保護の一時免除を支持 米バイデン政権:朝日新聞デジタル

パックン バイデン大統領はトランプ前大統領が傷つけた同盟国との関係や、世界のリーダーとしての地位を一生懸命、修復しようとしているのは間違いないですね。環境問題に関するパリ協定への復帰、WHO(世界保健機関)の脱退の撤回、イランの核合意への復帰など、トランプ前政権で放棄した国際約束に出来るだけ戻ろうとしています。

パックンさん

アメリカ国内でも、ユダヤ教徒にはリベラルな人が多く、黒人問題に対する意識が高まっています。

中川 アジア系に対するヘイトクライムの問題はどうですか。アジア系のヘイト対策法が成立とのニュースも出ていました。

米下院は18日、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い増えている、アジア系住民に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)への対策法案を賛成多数で可決した。法案はすでに上院を通過しており、バイデン大統領が近く署名し、成立する見通しだ。 アジア系ヘイトクライム対策を強化 米法案成立へ:朝日新聞デジタル

パックン まず、「中国ウイルス」と言った大統領がいなくなっただけで、比較的落ち着くと思います。「中国人がアメリカを攻撃している」「真珠湾攻撃以来のアメリカへの攻撃だ」とトランプ前大統領は言っていました。

反移民感情を常にあおる大統領、白人を常にかばう大統領が代わったのが、ヘイトクライム全体に対する減少傾向の要因かなと思います。中国の情報統制にも問題はありますし、研究室からウィルスが漏出した可能性もありますけど、わざわざアメリカを攻撃したわけではない。それでも、怒りをあおるのがトランプ前大統領のやり方で、トランプ時代は、憎悪の増加がみられていましたが、バイデン大統領はそういうことは言わないし、やらない。それだけでもアメリカ人の感情は落ち着いてきていると思います。

バイデン大統領は、中国に対する強硬な姿勢は保っていますけど、レトリックは違います。アメリカは中国に負けないぞと言ってはいるけど、だからと言って中国人を嫌うわけではない。アジア系に対するヘイトクライムは今後増えることはないと思いますよ。

中川 バイデン大統領は、この問題で、「沈黙は共謀」だとも言っていますね。このような発言は前の大統領では考えられなかったですね。

パックン バイデン大統領は中道派です。政治家としての歴史を見てもそういえます。しかし、今、やっていることは割とリベラルだし、アメリカは左派、右派とも強くなっていて、中道派は吸引力がそれほどないんです。

アメリカには、テレビ局は公共の電波を使用しているのだから、右派、左派それぞれの立場を紹介しなければならないという「フェアネス・ドクトリン(公平原則)」が1949年に制定されたのですが、それが1987年に廃止されてからは、左派を紹介するメディアか、右派を紹介するかに分かれてしまったんです。

FOXニュースみたいな、共和党の一方的な意見しか報じないテレビ局も生まれたんです。今は、リベラルな意見も、保守派の意見も、チャンネルを変えれば聞けるんですけど、同じチャンネルでは聞けないんです。両方の意見を同時に聞けるチャンネルがないのが、今のアメリカの分裂の元だと思います。

■アメリカのワクチン政策。トランプ前政権とバイデン政権、どう評価すればいい?

中川 ワクチンの話ですけど、今はアメリカではワクチンは余ってきていると聞きますけど、これはバイデン政権の功績ではなく、トランプ前大統領が仕込んできた、それが今花開いた、トランプの功績だと共和党は主張しているようですが、どうですか。

中川浩一さん

ワクチンも含めて、アメリカでは「with トランプ」時代が続いているとのメディアの表現も見ましたが、反トランプのパックンとしては、冷静に見て、今のアメリカはどうですか。

パックン 「with トランプ」時代というワードは興味深いですね。ワクチンについては、トランプ前大統領がワクチン開発を加速させた「ワープスピード作戦」を推したのはすごくよかったと思います。

結局、ファイザー社は公金を使わずに開発できましたし、この作戦の影響がどれぐらいあったのかは疑問ですが、でもワクチン開発に力を入れたのは賛成です。トランプ前政権の偉業だと思いますよ。トランプは司法改革もやりました。認めるところは認めますよ!

パックンと中川浩一さん

でも、バイデン政権は発足してすぐにコロナ対策の計画を発表しました。トランプ前政権下では紙になっている計画は1つもなかった。トランプ前政権はコロナ対策の考えも計画もなかったことが分かったんです。場当たり的、後手後手とよく言われますけど、まさにそうだったんです。

トランプ前大統領は、ワクチンを、2020年末までに2000万人に接種しますと豪語していました。しかし、今年1月20日のバイデン政権発足までに1500万人しかできませんでした。バイデン政権は100日で1億人と言いましたが、実際は2億人に接種できたんです。

今は、ワクチンを接種した人はもうマスクなしの生活に戻っていい、と言っている。トランプ前大統領の場合、全部各州に任せて、失敗したところは州知事が悪い、成功したところは俺のおかげだとなる(笑)。バイデン政権は、配分・配給を中央政府が仕切る、それでワクチン接種が加速化したと言われています。

アメリカ経済が良くなればトランプの経済政策の延長だと共和党は主張します。ただ、私はトランプ経済はオバマ経済の延長だと思っています。失業率を10%から4%まで下げたのはオバマ元大統領で、トランプ前大統領は4%から3%の1%だけ。なので、民主党も共和党もおたがいさまだと思います。

■ユニクロの綿製シャツのアメリカへの輸入禁止。ビジネスパーソンも人権問題に関心を

中川 「ユニクロ」の綿製シャツが、中国・新疆ウイグル自治区の強制労働をめぐるアメリカ政府の輸入禁止措置に違反したとして輸入差し止めになった事件は、人権問題にしっかり対応していない企業へのバイデン政権の姿勢を示したものだと思われますが、アメリカ国内ではどのように受け止められているのでしょうか。バイデン大統領の狙いはどこにあるのでしょうか。

ファーストリテイリングが展開する衣料品チェーン大手「ユニクロ」の綿製シャツが、中国・新疆ウイグル自治区の強制労働をめぐる米政府の輸入禁止措置に違反したとして、米税関・国境警備局(CBP)が今年1月、ロサンゼルス港で輸入を差し止めていたことが19日、明らかになった。ユニクロのシャツ、米が輸入差し止め 新疆綿の使用疑い:朝日新聞デジタル

パックン この問題は、言い方は悪いですが、バイデン政権にとっては“おいしい政策”です。「オバマ大統領は中国に弱腰だ」と、ずっと共和党は言っていました。一方で、「トランプ大統領はレトリックは強いけど、結局、中国に何も出来ていない」と民主党は反撃しています。そこでオバマでもトランプでもない新しい路線を、バイデン大統領は俺が進めると言っています。

パックンと中川浩一さん

そこで、この問題はレトリックも強いし、「ウイグル自治区の問題は人権問題だ、ジェノサイド、大量虐殺だ」と主張しつつ、貿易に関して輸入禁止措置など、厳しい姿勢を中国に見せることで、共和党はじめ保守的な人にもアピールできる。それに、人権問題重視とのスタンスをとることによって、民主党内リベラルに対するアピールにもなる。これはバイデン大統領にとってはウィン・ウィンの政策なんです。

ウイグル自治区の強制労働を利用している外国企業の商品を輸入させないぞという姿勢は、アメリカ国内では評価されます。ウイグル自治区の強制労働問題があるという前提で、解決をアピールして利用しているとも言えます。

今後、日本企業も、人権問題に対するアメリカ国内の動向をより注視していく必要がありますね。ビジネスパーソンも関心を持たないといけません。この問題は、「自由貿易か保護主義か」という論点もあります。

バイデン大統領は表立って、保護主義を主張しませんが、アメリカ国内の競合相手の企業を守るというイメージづくりにも見えます。日本企業のユニクロを攻撃することで、アメリカの同業種であるGAPの味方にもなるんです。

パックンと中川浩一さん

つまり、人権問題をきっかけに保護主義的な人にもアピールできる。保護主義を前面に出さずにすむという意義は大きいです。このアプローチは、アメリカの国益にもバイデンさんの政治家としての利益にもつながると計算しているでしょう。

中川 パックン、今日はありがとうございました。これから1か月に1回、世界のニュースというドラマの続きを一緒に見ていきましょう。(対談時の写真はいずれも上溝恭香撮影)

(この記事は朝日新聞社の経済メディア『bizble』から転載しました)