■ビジネスパーソンこそ、ニュースを会話の切り口にしよう
中川 パックン、これからよろしくお願いします。ビジネスパーソン、特に20~30代の方は、毎日の仕事、目の前の案件処理に追われ、世界のニュースについては「読まなきゃ」「知らなきゃ」という思いはあってもなかなかできないのが現実かなと思います。
そこで、現在、大学の講師や報道番組のコメンテーターなど幅広く活躍しているパックンと私で、「これだけは知っておこう」、逆に言えば、「いくら忙しくても、これぐらいは世界の動きを知っておかないと恥ずかしいよ」というニュースを厳選して取り上げたいと思います。
ビジネスの成否って、必ずしもその1つ1つの商談やプロジェクトに関係することさえ知っておけばいいというものではない。取引先とは商談以外の場で、たとえば今は難しいかもしれませんが、懇親の場では「教養」として、自分の奥深さが取引先に伝わると、より商談相手としての信頼が増すのは間違いないと思います。
逆に言うと、「教養」がないと、仮に目の前の案件ではうまくいったとしても、長く付き合うような関係にはなりにくいので、ビジネスも次につながっていかないと思います。そういう「教養」もこのシリーズで話していきたいと思います。
パックン よろしくお願いします。まずは「基礎情報」を知って、それから新聞のニュースを読むとより深く理解できると思います。池上彰さんが以前、情報を入手するときに「ストック・アンド・フロー」という表現を使っておられました。この表現自体は経済の基礎用語ですが、情報についても当てはまります。
すなわち、情報はいつもためて(ストック)、「基礎情報」として学んでとっておく。その上で、流れる(フローの)毎日のニュースを見ていく習慣をつけるのが大事だと。これができるとビジネスパーソンは、「仕事ができる!」「頭いい!」と思われるのではないかと思いますよ!
アメリカに比べて、日本では全体的に、その日のニュースについて議論することはめずらしい。議論の文化が少ないですよね。アメリカ人はすぐ何かを取り上げて議論していきます。スポーツ感覚ですね。
ニュースは現実のドラマです。実際に世界で起きているドラマなんです。テレビドラマより、脚本がないぶん、展開が読めず、おもしろいと思うんです。
ニュースに出てくる登場人物には、継続してニュースを見ていると、多少情は移るでしょうが、「あの人は昔こういうことをやったから、次はこうやるかな?」と思ったら、「やらなかったんか!」みたいな!そういう、ドラマ的なびっくりもあり、おもしろいんです。
ドラマは趣味の世界ですが、「ニュースを見ること」自体は誰も批判しませんよね。相手がニュースを見ているかはわからないけど、自分が見たニュースについて誰かに伝えるのは全く損はないと思うんです。
趣味の世界で「AKB48にハマっている」と言えば、もしかしたら相手によっては嫌われるかもしれない。「いや、私はガンダムが大好きです」とか(笑)。
でも、少なくともビジネスパーソンは、ニュースを毎日見ているとだいたいほめられますね。共通の話題で盛り上がろうとするときにニュースから入るのはありだと思います。無難だと思います。
相手がニュースに関心がないなら、スポーツなどほかの話題に変えればいい。私はこれが「王道」だと思います。最近起きたニュースをビジネスでの会話の切り口にする。日本のビジネスパーソンも是非真似してほしいですね。
最初は、「ビジネス」という目的のためにニュースを見始めても、それを継続的に見ると面白くなりますよ。
■イスラエル・パレスチナ問題。衝突の背景を読み解く3つのポイント
中川 まずは、最近、日本でも大きく取り上げられている、イスラエル・パレスチナの衝突の激化について。パレスチナ問題は、1948年のイスラエル建国以来、これまで70年以上も解決されていない、世界でも最も難しい問題の1つと言われています。今回の衝突を受け、世界でも大きく報道されています。
武力衝突を続けてきたイスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織ハマスなどの武装勢力が21日午前2時(日本時間午前8時)、停戦に入った。11日間にわたる戦闘で多くの市民が犠牲となり、国際社会から停戦を求める声が高まっていた。 イスラエルとハマス、停戦に合意 エルサレム問題棚上げ:朝日新聞デジタル
私は外務省に入って、まさかのアラビア語の専攻を命じられたんです。そして、エジプトでアラビア語の語学研修を行った後、外交官としての最初の赴任地は、ガザにある対パレスチナ日本政府代表事務所(パレスチナは国ではないので大使館とは呼ばない)でした。1998年です。
語学研修中、ガザの難民キャンプを訪問して、パレスチナ難民の苦難の歴史を直接アラビア語で聞いたんです。それによって、パレスチナ問題の奥深さを知りました。
同じ時、イスラエルのヘブライ大学のサマーコースで「ユダヤ人から見るパレスチナ問題」という講義を受けました。日本ではパレスチナ問題を、イスラエル寄りに見ると炎上する傾向にありますが、パレスチナ問題には、イスラエル、パレスチナ、それぞれの立場があり、どこから見るかがとても大事なんです。
現場も知らないといけない。実際、中東の現場に行って、アラビア語を勉強すればするほど、アラブの新聞には当時はアメリカ、イスラエルの悪口ばかりなので、アメリカ、イスラエルは悪い国と洗脳されてしまう自分がいました。教育は本当に怖いと思いました。日本人にとってもパレスチナ問題を勉強するときに気を付けなければならないところです。
私は、その後、アラファトPLO(パレスチナ解放機構)議長の通訳も務めました。ガザのアラファト議長の事務所には、今回の衝突の発端となった東エルサレムの旧市街にある、黄金のモスクの写真が飾られているんです。
今回、東エルサレムでイスラエル人がパレスチナ人を追い出そうとしたことが発端で衝突が起きたんですが、東エルサレムに対するパレスチナ人の譲れない思いは理解しておく必要があります。
イスラム教徒にとって、エルサレムは、サウジアラビアのメッカ、メディナに次ぐ3番目の聖地。しかしパレスチナ人にとって、もっとも近く大事な場所です。「将来できるパレスチナ国家の首都」との思いがあるからです。これが1つめ。
しかし、そこがイスラエルに占領されているのが現実。日本人には宗教を意識していない人が多いし、土地が奪われると言っても、なかなか分からないと思います。また、パレスチナ問題に対する立場の違いもあります。
イスラエルは、「パレスチナ人はそもそも『難民』ではない」と言います。「アラブの指導者の指示で、自発的に逃げただけだ」「追い出されたわけではない」と。「『難民』ではない」という講義をイスラエルで受けて、やはりこの問題は多角的な視点で見ないとだめだなと思いました。
2つめは、イスラエルとパレスチナの間で交渉がないことです。1993年のオスロ合意は、イスラエルとパレスチナが相互承認し、交渉で問題を解決しようとのいうのが精神ですが、あれから30年近くが経過し、2014年以降は、両者の交渉は全く途絶えているんです。
対話もない中で、もともと双方の間に「憎悪」があるのに、ますます「疎遠」になっていたというのも大きいと思います。
3つめは、国際社会、特にアメリカですね。トランプ前大統領時代に、「オスロ合意に基づく交渉でその扱いを決めるべき」とされていたエルサレムをイスラエルの首都と一方的に認めて、アメリカの大使館をテルアビブからエルサレムに移転させたり、イスラエルとアラブ諸国の国交正常化を加速させて、パレスチナ問題を置き去りにしたり。
アラブ諸国からも、「アラブの連帯」とか言われながらパレスチナは見捨てられました。パレスチナ問題の解決なしでも、イスラエルと仲良くするんだという構図になってしまったのです。
今回の東エルサレムを発端とした衝突の激化は、その氷山の一角にすぎないんです。そして、今後バイデン政権が、70年以上も解決できていないイスラエル・パレスチナ問題にどう臨むのか。「プロ集団」と言われるバイデン政権のメンバーは、解決が困難なことが分かっている。だから手をつけたくないんです。
パレスチナ問題を含め、中東からはバイデン政権は身を引きたい。バイデン大統領自身も、「民主主義対専制主義」とか強調して、中国への競争意識をむき出しにし、外交上の重心を中国へシフトさせようとしています。
そのような中、ブリンケン国務長官がイスラエル、パレスチナはじめ中東を訪問しましたが、バイデン政権がもう一度中東に再関与するか、あるいはお茶を濁して手を引くのか、分岐点に来ていると思います。
ブリンケン米国務長官は25日、パレスチナ自治政府のアッバス議長とヨルダン川西岸のラマラで会談し、トランプ前政権が廃止したエルサレムの米総領事館を再開する意向を示した。米、エルサレムの総領事館を再開へ トランプ政権が廃止:朝日新聞デジタル
■中東にアメリカがどう関与するかがカギ。「トランプ氏の責任は大きい」
パックン 中川さんは中東の専門家なので、おっしゃるとおりですけど、トランプ前大統領の責任は結構大きいと思いますよ。外交では普通、「交渉」、「取引き」をしてカードを渡しますけど、トランプ前大統領はその常識を破って、何も見返りのないまま、イスラエルの望むとおりにカードを切ってしまいました。それがパレスチナ人からすると絶望的になる要因だったと思います。
もう一つは、今、イスラエル人は、日常生活でパレスチナ問題を解決する必要性を全く感じていないようです。パレスチナ人との間に壁も建てました、イスラエルには、迎撃ミサイルシステムもあります。ハマスにガザ地区を任せたとはいえ、結局、イスラエルが、防空、水資源も支配しているんです。そして自分たちの生活は安泰のままです。軍事的な勢力の均衡もありません。
イスラエル人にとって、どこかで外圧がかかって、我々は国家として理想から遠ざかっていると思い始めないと解決にとりかからないと思います。イスラエルにとっては今は、現状で十分なんです。
中川 1993年のオスロ合意の署名式には、イスラエルのラビン首相と、パレスチナのアラファトPLO議長の間に、仲介役としてアメリカのビル・クリントン大統領がいました。2000年には、そのクリントン大統領が、ワシントン郊外にあるアメリカ大統領専用の別荘「キャンプデービッド」に、イスラエル、パレスチナ双方の指導者を招いて、約2週間、このパレスチナ問題に缶詰になったんです。アメリカの大統領がここまでやっても解決できなかった。
もし、アラファト議長がエルサレムを譲っていれば、パレスチナは国家を樹立できたんです。でも、「エルサレムが首都ではないなら、パレスチナ国家は必要ない」というのがアラファト議長の立場で、パレスチナ民衆の結論だったんです。
でも、クリントン大統領や、1999年に首相となったイスラエルのバラック首相は、エルサレムをパレスチナに渡そうとはしなかった。
パックン そもそものオスロ合意も、パレスチナ人が皆賛成していたわけではないんです。パレスチナ系アメリカ人の作家でエドワード・サイード氏は、「その合意はパレスチナにとって売国行為だ」と批判していました。
中川 それは、オスロ合意でイスラエルを承認したからです。この点、ハマスはいまだにイスラエルという存在を認めていません。だからハマスは、パレスチナ民衆からまだ支持される存在でもあるんです。
パックン この問題は、最終的には、イスラエルと共存するパレスチナという国家を樹立することで解決する、これを「二国家解決」と言いますが、それしかないと思います。しかし、イスラエルは、自分たちにとって都合のいいパレスチナ国家しか考えていません。
パレスチナ人の交渉カードは国際社会の世論しかない状況でしたが、それも最近は関心が薄れていて、手元にカードは残っていない状況でした。「アラブの連帯」も2020年夏にアラブ首長国連邦(UAE)やバーレーンなどがイスラエルと国交正常化して、パレスチナ人は裏切られた格好です。
アメリカの中立的な立場である、イスラエルとパレスチナ双方から譲歩を引き出すという本来の姿勢もトランプ前大統領によって捨てられました。これからは、ガザの状況が「アパルトヘイト」だという認識を世界中に広め、外的な圧力を高めるしかないと思います。でも、今は、世界中の皆さんは、ほかのことで忙しいから…。
■日本にはどう影響がある? 中東と日本のつながりとは
中川 今回、くしくも日本でも、テレビなどでかなりショッキングな空爆映像が流れたので、関心を持たれた方もいると思います。しかし、日本にとっては、パレスチナ問題は、単なる国際情勢の一つではないんです。
日本は、原油輸入の約9割をサウジアラビア、UAEなどの中東産油国に頼っているんです。アメリカは石油の「シェール革命」があり、もはやエネルギーは中東には頼っていません。今までは、中東の安定はアメリカがやってくれました。クリントン大統領の努力もあったし、オバマ大統領も中東に高い関心を持っていました。
バイデン政権になって、外交の重心を中東から中国に移して、中東におけるアメリカのプレゼンスが低下し、中東が不安定になったら、一番困るのは日本です。日本人の生活なんです。パックンは、バイデン政権は今後パレスチナ問題にどう向き合うと思いますか。
パックン 私は、バイデン大統領は、最終的には中国の方に重点をおきたいと思っていると思います。今は、1980年代や1990年代とちがって、イスラエル・パレスチナの間に何かがあるからと言って、また世界戦争が勃発するという可能性は極めて低いです。
イスラエルの軍事力は中東のどの国よりも高い。経済力も含めた国力は圧倒的です。さらにそのイスラエルのバックにアメリカがついているとしたら戦争はしないでしょう。
パレスチナ問題は一刻も早く解決すべき問題だと私も思いますけど、解決しなくても周りはそれに納得しているし、中東の石油に頼っているのは日本だけではない。だから、パレスチナに対してイスラエルの脅威になるほどの軍事的支援は誰もしない。パレスチナの核開発を応援するようなこともしない。
そう考えると、世界的な視野でみれば、パレスチナ問題は地域限定の問題になります。もちろん、人権の切り口では地球人としての責務もあります。ブリンケン国務長官も中東訪問しましたが、まずは沈静化の維持が目的だと思います。
バイデン大統領にとって大事なのは、中国、新型コロナ対策、アメリカ経済だと思います。
中川 パレスチナ問題は、アメリカ国内ではどれぐらい関心をもって見られていますか。
パックン 日本よりは何倍か関心は高いです。中東とアメリカの歴史は深いし、そもそも数年前までは、アメリカ国内にいるユダヤ教徒は、イスラエルにいるユダヤ教徒より多かったんです。
トランプ前大統領の娘婿のジャレット・クシュナー氏のように影響力を持っているユダヤ人も多い。私の親もキリスト教徒ですが、ユダヤ教徒は兄弟のようなものです。いろんなファクター(要因)で、アメリカは中東を近く感じています。
今回のガザのようなセンセーショナルな映像となると、アメリカのトップニュースにもちろんなります。
中川 2001年の9.11同時多発テロ事件、2003年のイラク戦争など、この20年間でアメリカは、イラク、アフガニスタンに多くの米兵を派遣しました。そういう意味でアメリカ人にとって、中東はまさに自分事、家族も失っている場所なんです。なので、中東はもう十分という感情もあるのではないでしょうか。
パックン イラク戦争は間違った戦争だったし、9.11事件についても主犯のアルカーイダだけ取り締まっていればよかったのではないかと思います。この4月に、バイデン大統領は、アフガニスタンからの米軍の完全撤退を発表しましたが、今は、アメリカ国民の中東への関心もだいぶ薄れてきています。
さきほど中川さんが言われた、オスロ合意やキャンプデービッドサミット。たぶん(中東和平問題の解決に)一番近いロードマップだと思うんですけど、あれにお互いに納得がいかないんだったら、もう打つ手がないんじゃないかなと思ってしまいますね。
中川 イスラエルとパレスチナが相互承認して交渉しようというのがオスロ合意の精神。今は、その交渉が7年間ないので、話し合えない状況。スタートしようがない。バイデン大統領がそこまでやる覚悟があるかというと、今日のパックンの話だと、「ない」ということですね。
(この続きの【後編】はこちらからご覧ください)
(この記事は朝日新聞社の経済メディア『bizble』から転載しました)