Zの意味は長らく謎だった。ロシア軍の所属部隊を示すのか、勝利のアイコンなのか、諸説ある中、米誌ニューズウィーク(4月19日)が、「ロシア国営テレビのニュース番組が真相を明らかにした」と報じた。
5月9日に予定される第2次大戦の戦勝記念の式典で、ロシアのミグ戦闘機の編隊が、8機で空にZの文字を描く。同誌によると、それは数字の「7」とそれを逆さまにしたものを組み合わせたものだという。7を二つ合わせて77で、2022年に迎える「戦勝77周年」を表すという。
プーチン政権は、第2次大戦でのナチス・ドイツに対する勝利を、国民を束ねる共通の誇りとしてきた。そのため、それを祝う「戦勝記念日」(毎年5月9日に開催)は最も重要な祝日の一つとなっている。
モスクワの赤の広場では今年、1万1千人の兵士が戦車などと軍事パレードを行う予定だ。Zを掲げるプーチン大統領は、その日までに「戦果」をあげようと、あせっているようにも見える。
ロシアは今、プーチン支持者のZであふれている。地下鉄駅の広告、劇場や公民館の壁。Tシャツのデザインにしたり、自家用車の窓ガラスに描いたりする人も少なくない。
ロシア紙コメルサントは4月20日、Zに関する写真を特集。シベリアから欧州部にわたるロシア国内9カ所から、バレリーナなどの人文字、トラクターの車列、焼き菓子や卵の表面に描かれた文字を紹介した。
一方、全体主義的な体制のロシアで、Zは反戦の声を封じ込める手段にもなっている。
モスクワの反体制活動家イリヤ・パホモフさんは4月12日、ツイッターで、Zが二つ描かれた自宅ドアの写真を公開した。パホモフさんの顔写真を印刷した紙の上に「(ウクライナの)協力者」「祖国を売るな」と書かれている。
Вчера в канале «протестный МГУ» появилась запись, что там тоже были разукрашены двери и тут однозначно виден «почерк». Вот сам пост, можете почитать и проверить сами — https://t.co/UIIH3Y92Qt pic.twitter.com/XGUQCeAUuW
— Ilya Pahomov (@ilyapahomov) April 12, 2022
だが、十分な戦果をあげられない中、クレムリン(ロシア大統領府)にとっては大衆の熱狂が行き過ぎるのは、危険性もはらむ。
ロシア紙RBKによると、ペスコフ・ロシア大統領報道官は3月末、Zを使った嫌がらせを「異常な不良行為」と呼び、「捜査当局に届け出てほしい」と火消しを図った。
では、どれだけのロシア人がZ、つまり、ウクライナでの戦争を支持しているのか。独立系世論調査会社ロシア・フィールドが4月中旬、ロシア全土で「特別軍事作戦」についての世論調査を行った(電話調査、サンプル数1627人)。主な質問と回答の割合は次のとおり。
――もし過去に戻れるならば、軍事作戦を取りやめたいと考えるか。
はい 28%
いいえ 56%
――「特別軍事作戦の継続」と「和平交渉への移行」のどちらに賛成か。
特別軍事作戦 54%
和平交渉 35%
――(男性のみ質問)ウクライナでの軍事作戦に加わる機会が与えられたら、どうするか。
参加する 34%
参加しない 56%
Zには自分以外の人間が戦うのなら応援する、というニュアンスもあるようだ。
一方、Zに反対する声も少数ながらあがっている。
ロシアの著名パンクバンド「ノグ・スベロ!」(リーダー=マクシム・ポクロフスキーさん)は4月20日、自作の反戦歌「Z世代」のビデオクリップをYouTubeにアップした。炎に「Z」と書いた紙をくべて燃やすパフォーマンスをしている。
「大国」や「民主主義」と書かれた紙を次々燃やす。歌詞は、「ロシア人よ、我々自身を滅ぼそうというのか」「こなごなに砕け散り、どこの土地か見分けがつかない」とウクライナに想いをよせ、「(ロシアは)中国の辺境になるだろう」と批判し、「ロシアを征服しようなんて誰も思ってない、落ち着け」と訴える。
マクシムさんは、ウクライナ・メディアTSNのインタビュー取材(4月22日に掲載)に応じ、次のように述べた。
「社会の指導的な立場の人々が許さなければ、こんなことにならなかった。芸術家でプーチン大統領のウクライナでの行いを支持する人がいるが、心底、軽蔑します」
モスクワの南方、トゥーラ州の地元メディア「トゥーラTV」(4月22日)によると、幼稚園で窓ガラスのZの紙が次々はがされる事件が起きた。
はがしたのは園児の母親エカテリーナさん。園長が「国のシンボルへの侮辱だ」と止めるのを振り切り、「幼稚園の恥だ」と訴えた。その日のうちに、ロシア軍の信用棄損の罪で罰金4万8千ルーブル(約8万円)を科された。
地元のネットメディアに対し、エカテリーナさんは次のように語った。
「幼稚園児を政治に巻き込むのはおかしいと思いました。幼稚園の窓に描くのは、Zじゃなくてお花やハトの絵のはずです。市内の小中学校の多くでも窓にZが貼られている。みんなプロパガンダに染まっていて、『今は苦しいけれど、そのうち良くなる』と思っているんです」
SNSで事件を知ったサンクトペテルブルクなどに住む複数のロシア人から、「罰金を代わりに支払いたい」と、支援の申し出があったという。しかし、同じ幼稚園に子供を通わせる親たちからは無視されるようになった。幼稚園は、窓にZの文字を貼り直したという。
国際社会はどうか。Zの出現に戸惑うのは、ロシアと関係が深い旧ソ連諸国だ。ロシア系住民が少数民族として国内におり、民族間の摩擦が懸念されるためだ。
ロシアの影響力が、ベラルーシ以外で最も強く及ぶのは中央アジアで、カザフスタンやキルギスなどがロシア主導の集団安全保障条約機構(CTSO)に加盟し、ロシアの支援を受ける。
ところが、キルギスは4月21日、治安当局が、戦勝記念日にZを身につけないよう警告する公式文書を出した。
理由は、「民族間の争いを招く」ことだという。同国はロシア系住民が人口の5%。彼らがロシア支持の集会を開催する一方、反ロシアの市民も対抗して反戦集会を開いている。
首都ビシュケクに住む20代のキルギス人の団体職員は、オンライン取材に次のように話した。
「ロシアのテレビ番組が放送されているので、50代以上はその影響でウクライナでの戦争を支持する人が多い。若者はSNSが情報源で、反戦集会へ行く。民族だけでなく、世代で世論が割れており、Zは政治を不安定化させかねないのです」
一方、ロシアと対立が続くバルト3国。エストニア、ラトビア、リトアニアのいずれもがNATO(北大西洋条約機構)に加盟し、ウクライナ支持を明確にしている。
中でも、ラトビアは、ロシア系住民が人口の25%と特に多い。地元メディア「TVNET」は3月17日、ZがTシャツの意匠など、国内各地で使われていると報じた。
政府は対抗策を取った。3月31日、Zの使用を禁じる法律を制定。違反者には400ユーロ(5万6千円)以下の罰金が科される。
リトアニア、エストニアも4月21日までに、Zを禁じる法律を制定した。
ウクライナの隣国モルドバは、Zをめぐり緊張が高まっている。
モルドバではソ連崩壊後、ロシア語を母語とするロシア系住民ら分離独立勢力が、自称「沿ドニエストル共和国」を樹立。ロシア軍が駐屯するようになった。4月22日、ロシア中央軍管区副司令官が、ロシア系住民が「迫害されている」として、ウクライナ経由でモルドバまで侵略する可能性を示唆した。
モルドバ政府は先手を打つように4月19日、反Zの法律を施行。Zのほか、同じく軍用車両に描かれている「V」、ナチズムへの勝利を意味する「聖ゲオルギーリボン」といったロシア軍支持のものを作成・販売したり、身に着けたり、展示したりすることを禁じた。
ウクライナに平和が訪れる日はまだ分からない。多くの国や市民の、Zへの苦悩は続く。