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クリミア元検事長ポクロンスカヤ氏、ウクライナとロシア双方に反戦呼びかけ「団結を」

World Now 更新日: 公開日:
ロシア側からクリミアの検事長に選ばれ、記者会見するナターリア・ポクロンスカヤ氏
ロシア側からクリミアの検事長に選ばれ、記者会見するナターリア・ポクロンスカヤ氏=2014年3月19日、クリミア半島シンフェロポリ、ロイター

「この狂気と(ロシア人とウクライナ人の)お互いの憎しみを扇動するようなことをやめてください」

ポクロンスカヤさんはそう訴える動画を、TwitterとInstagramに投稿した。プーチン政権がSNSやマスメディアに対する統制を強める前の2月26日と3月2日のことだ。

2月26日の動画は1分45秒あり、ユーザーに語りかけるかのように平和の大切さを強調した。

「ロシアとウクライナ人の運命は私たち一人ひとりの手にかかっている。ロシア人、ウクライナ人、大統領、解放者、国民、犠牲者、善、悪…(それぞれの立場で)分裂が起きています。私たちは平和への団結を呼びかけます。私たちは一つなんです」

ポクロンスカヤさんが所属するロシア連邦交流庁は2008年、当時大統領だったドミトリー・メドベージェフ氏によって創設された。ロシアと外国との友好関係を促進することが目的だ。

ポクロンスカヤさんは自らの立場を踏まえ、「もし可能なら私にとっての故郷である地域の流血を防ぎ、合意に達するために全力を注ぎます」と強調。最後に「勝利できる唯一のものは平和だけです」と語った。

一方、3月2日の動画は2分11秒。戦闘が激化し、死者が増えている現状について「狂気」「憎しみを先導している」などと表現して、さらにメッセージ性を強めるものだった。

冒頭では、ウクライナで様々な情報が入り乱れているロシア社会の状況を踏まえ、「今日、ロシア人とウクライナ人のお互いの恨みを増長させている困難な状況を変えうる適切な言葉は見つからない」と指摘した。

その上で、ロシアでは「私たちは勝つ。なぜなら神とともに正しいことをしているのだから」「ロシア人は自分たち(のウクライナ)を放棄しない」という言葉が聞かれるとし、一方でウクライナでは「ウクライナは自分の土地と自由のために戦っている」というスローガンが叫ばれ、両国での言説が対立と憎悪をあおっているとの見方を示した。

そしてこう訴えかけた。

「この狂気とお互いの憎しみを扇動させるようなことをやめてください」

ソ連時代の1980年に生まれたポクロンスカヤさんは8年前から戦闘が続き、このほどプーチン政権が一部地域の独立を認めたウクライナ東部ルガンスク州が故郷だ。ウクライナ語よりもロシア語が流ちょうなのは、子どものころからロシア語圏で育ったためだ。

ポクロンスカヤさんは二つ目の動画で、祖母がルガンスク州に住み、「分離主義者」と呼ばれながら、この侵攻が始まる前に亡くなったことも明かした。祖母の気持ちを代弁しながら、最後に「全てのロシア人とウクライナ人に訴えます」として、こう声を振りしぼった。

「必要なのは分離することではありません。誰が愛国者であり、誰が愛国者でないのかをはっきりとさせずにお互いが団結することです」 

ポクロンスカヤさんが注目されたのは、今から8年前のことだった。ウクライナ第2の都市、ハリコフの大学で法学を学び、検察官となったポクロンスカヤさんは、ウクライナの欧州連合(EU)加盟をめぐって流血事件が起きた2014年2月、首都キエフで勤務していた。

当時、親ロシア派の大統領ヤヌコビッチ氏がウクライナ民族主義勢力や欧米路線の支持者によって圧力をかけられ、キエフから脱出。親ロシア派に信条を寄せていたポクロンスカヤさんは、新しく誕生した親欧米派の政権に明確に反旗を翻し、辞職を願い出た。

その後、若いころに地方検察庁の検事として経験を積んだクリミアに戻った。当時、32歳にもかかわらず、断固とした行動が次第にロシア側のメディアに取り上げられるようになった。犯罪者やマフィアと直接、対決してきた過去の経験も報じられると、「鉄の意志を持った女性」として注目されるようになった。

そうして、クリミアを併合したプーチン政権から地元政府の首長として祭り上げられたアクショーノフ氏に、地元検察庁のトップに任命された。

ポクロンスカヤさんよりも経験を積むベテランの男性検事が他にも候補者としていたが、どの候補者もウクライナ新政権や西側諸国と厳しく対立する現状におじけついて、その打診を拒絶した。ところが、ポクロンスカヤさんは二つ返事で了承したのだという。

ロシア国内ではクリミア併合で一気にプーチン大統領の支持率があがった。ポクロンスカヤさんの知名度も一気にはねあがり、メディア界の寵児に。通常の検察業務に加え、髪形を変えたり、ファッションを披露するなど私生活の面でも全国ニュースに取り上げられるようになった。

ネットを通じて日本にも存在が知られるようになり、SNSなどではアニメ風の似顔絵などが投稿されるなど注目が高まった。

2015年3月にクリミアに鳩山由紀夫元首相率いる代表団が訪問した際には、代表団の願いでポクロンスカヤさんとの面会が実現した。鳩山氏はポクロンスカヤ氏に対し、「あなたに会いたかった」「この場にいてくれて幸せだ」と直接、語り掛け、当時、ロシア国内でも大きく報道された。

2016年にはクリミアの検事総長を辞任。プーチン大統領を支える与党統一ロシアに入党し、9月の下院選に初当選。下院議員中に訪日をしようと計画したが、日本外務省にビザの発給を拒否された。

朝日新聞の取材に応じるナターリア・ポクロンスカヤ氏
朝日新聞の取材に応じるナターリア・ポクロンスカヤ氏=2018年9月、モスクワ、大野正美撮影

昨年10月に下院議員を退任した。ロシアメディアによると、ロシア軍のウクライナ全面侵攻が始まる直前の今年2月に、ロシア連邦交流庁副局長に任命された。

ポクロンスカヤさんはかつて、EUとNATO(北大西洋条約機構)入りを目論むキエフの政権を「ファシスト」と呼び、「彼らのために働くよりも監獄にいたほうがましだ」と語ったこともある。

それだけに今回、ロシア政府の一員でありながら反戦の姿勢を明確にし、両軍に武器を置くことを呼び掛けたことは、ロシア国内の世論動向や政権内の雰囲気を推し量る一つのバロメーターとして注目される。ただ、ロシア、ウクライナのどちらか一方を非難するということはなく、あくまで反戦と平和を訴えている。

Twitterのメッセージにはロシア人とみられるユーザーから多数のコメントが寄せられており、「素晴らしい」「ありがとう」などと賛同する言葉があるが、汚い言葉でポクロンスカヤさんを罵るようなユーザーも散見される。