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元海自幹部に聞く 有事の邦人退避、課題とヒント

揺れる世界 日本の針路
アフガニスタンから航空自衛隊のC2輸送機が帰国し自衛官らが出迎えた=2021年9月3日、埼玉県狭山市の航空自衛隊入間基地、池田良撮影

――台湾や韓国からの邦人退避では、商用機が利用できる段階での行動が重要になりそうです。

自衛隊の輸送力だけで、韓国や台湾にいる在留邦人を退避させることは不可能だ。大前提は、チャーター機やチャーター船も含む民間輸送力が利用できる段階で、できるだけ多くの邦人を退避させる必要がある。最初の対象は家族、留学生、次に、駐在員の規模縮小などが考えられる。

この段階での課題は4つある。

第1に、台湾・韓国にかかわらず、できるだけ多くの現地の情報を収集・分析したうえで、企業や教育機関と早い段階で危機感を共有することが必要だ。

第2に、日本政府の役割分担を具体的に検討しておく必要がある。在留邦人全般は外務省、大学への働きかけは文部科学省、企業は経済産業省などと、バラバラに対応していては、政府機関内ですら、危機に対する温度差が生まれる。場合によっては、タスクフォースも必要ではないか。

第3に在留先との利害調整がある。「韓国が嫌がる」「日本は台湾を見捨てたという誤ったメッセージが送られて、対中国抑止が効きにくくなる」という懸念はもっともだ。

ただ、そもそも邦人、特に民間人の安全を確保する観点でみれば、在留先にそこまで忖度する必要はない。この時点で最優先に考えるべきは、さらに情勢が悪化した場合に、輸送不可能な数を残さないということを原則的な判断基準としておくことだ。

ケースは違うが、福島第一原子力発電所の事故の際、在日米軍の家族には、かなり早い段階で退避の指示が出た。同盟国の日本の立場よりも自国民の安全を確保するために、米軍と米国は早すぎるとも思われる指示をしたが、極めてまっとうな判断だと思う。

第4に、同時に在留先の理解と協力を得る努力は当然行うべきだ。例えば、韓国が有事になった場合、韓国が望むのなら直接に、望まないのなら米軍支援の形で間接的に、日本は韓国を支えるというメッセージを、様々な経路で伝えるなどの作業を行う必要がある。

高橋孝途教授

――自衛隊を投入する段階では、何が課題になるのでしょうか。

現在の、法律の趣旨である「安全が確保されているので自衛隊が行く」というのは、誰がみても、本末転倒だろう。でも「危険であっても自衛隊を派遣する」という法改正をすれば全て解決するほど、問題は単純でない。

第1に韓国は、自衛隊が領域内に立ち入ることを望んでいない。台湾は歓迎しても、中国は「主権侵害」を主張するだろう。このままでは、「退避の最終段階になって邦人を見捨てるのか」という究極の問題に突き当たる。在留邦人が退避したいのに混乱に巻き込まれ、退避できないという状況になる可能性が高い。その際に、「何もしない」という状況で良いのかという課題に取り組んでおくべきだ。「仕組みはあるが、その時の情勢判断で何もしない」のか、「仕組みがないので何もできない」のかでは、大きく違う。

具体的に言えば、在留先(韓国や台湾)が邦人の安全を確保する意思や能力がない場合に、緊急避難的に在留先の許可を得ずに邦人を救出するかどうかという問題だ。主権侵害と自国民保護のせめぎ合いだ。欧米諸国や中ロは、このような場合、国家の責務としての自国民保護を優先する。

日本が欧米のような行動は取らないという結論もありうるが、検討はしておくべきだ。国民が議論を尽くして「やらない」という結論が出た場合、政府は「最後は、国は助けに行けないので、逃げられる間に早く逃げてください」と国民に正直に言うべきだし、国民も「なぜ、見捨てたのだ」と非難するべきではない。

――自衛隊のオペレーションでは何が課題になりますか。

それが第2の問題だ。実際にどこまでやるかは、安全を前提とした現行制度の是非を問うことと表裏一体の問題として検討するべきだ。例えば、今回のアフガニスタンのように事態が急速に悪化した状況であれば、空港や港、海岸線の近くまでは、自衛隊の輸送力が展開し、そこまでのアクセスは退避者の自助努力に委ねるのか、退避拠点までのアクセスも含めて国家が提供するのか、考えておく必要がある。

また、こうした厳しい状況のなかで、現在のように、自衛隊は輸送手段の提供と、輸送手段の周辺で、「自己または自己の管理下に入った者」を保護する役割にとどまるのかどうかも検討すべきだ。現地の外務省職員や民間企業スタッフまでも一時的に指揮下に入れ、自衛隊に全体のオペレーションを統括させるというやり方もある。

米軍の場合、退避作戦の発動後は、現場では米軍が指揮をとる。作戦の中止の判断も軍にゆだねられることを含む。

いずれにしても、今回のアフガニスタンのような状況をイメージし、より実効性のある邦人退避を検討するのであれば、最も厳しい状況を想定した仕組みを考えて法整備を行う必要がある。

日本の場合、現実の国会審議を含む立法過程を考え、作りやすい法律を先にイメージして、それに想定を合わせるケースが起きる。国民を守る仕組み作りを政争の具にして、神学論争にしないことが重要だ。

また、仕組みを作ったとしても、どこまで、作戦として成功する見込みをもって実行するのかの厳しい決断は、その時点での自衛隊や日本のリーダーに迫られることになる。


たかはし・たかみち 1982年防衛大学校卒。海上自衛隊海上幕僚監部防衛課、自衛艦隊司令部などに勤務したほか、ペルシャ湾掃海派遣や防衛計画の大綱の策定などに関与した。共著に、スタンフォード大学出版の「Coalition Challenge in Afghanistan」がある。