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南北通信線の復旧、北朝鮮の狙いは「第2文在寅政権」の誕生にある

北朝鮮インテリジェンス
平壌で7月27日開かれた朝鮮戦争勝利(停戦)68周年を記念する全国老兵大会。労働新聞は写真34枚を使い、1面で大々的に報じた。金正恩総書記が演説したが、昨年の大会で使った「核抑止力」という言葉は使わなかった=同紙ホームページから

韓国大統領府は27日、通信線回復について「両首脳は南北間で一日も早く相互の信頼を回復し、関係を再び進展させることでも一致した」と説明した。連絡事務所爆破を北朝鮮が謝罪することを前提条件にする考えは示さなかった。脱北した元朝鮮労働党幹部は「文在寅政権は、どんな状況でも北朝鮮との対話を目指してきた」と指摘。文政権が、北朝鮮にとって「都合の良い政権」だとの見方を示す。

そのうえで、北朝鮮は韓国で来年5月に発足する新政権について、文政権のように南北融和政策を推進する政権になることを望んでいるという。元幹部は「北は、韓国の新政権とすぐに対話を始め、干渉を受けない環境を維持したい。通信線を復旧させたのも、南北対話ができる環境を整備する狙いがある」と語る。

韓国大統領府で南北首脳ホットラインの試験通話を行う韓国政府関係者ら=2018年4月、大統領府提供

韓国政府の元高官は短期的な目標としては、8月に予定される米韓合同軍事演習の規模拡大を防ぐ狙いもあると指摘する。元高官は「金正恩氏が(2019年6月の)米朝首脳会談で得た唯一の成果が、大規模な米韓演習の中止だった。米朝対話に臨む状況にないなか、対外環境が悪化するのを避けたいのだろう」と語る。そのうえで、北朝鮮は、韓国が演習の規模縮小を米国に働きかけることを期待しているとの見方を示した。

韓国の情報機関、国家情報院などによれば、北朝鮮の内政は緊張した状況にある。国際社会の制裁や新型コロナウイルスの防疫対策などにより、北朝鮮の経済活動は2011年末の金正恩体制発足後、最低の状態に陥っている。北朝鮮の対外貿易の8割以上を占める中朝貿易も最盛期の1割以下という状態だ。正恩氏自身、6月の党中央委員会総会で「人民の食糧状況が緊張している」と認めた。

情報関係筋によれば、北朝鮮では最近、青少年層を中心に韓国のドラマや音楽を楽しむ人が目に見えて増えている。国家情報院は7月8日、韓国国会で、北朝鮮当局が韓国のドラマなどを模倣した青少年の服装や言葉などを集中的に取り締まっていると報告した。

市民が韓国のドラマなどに熱中する理由は、金正恩体制への不満の蓄積だ。1990年代半ばに大量の餓死者を出した「苦難の行軍」時代とは異質の「不満」だという。元党幹部は「30年も経ち、生活も向上した。餓死への恐怖が不満の理由ではない。不自由な社会生活への不満が増大している」と語る。

平壌で7月27日開かれた朝鮮戦争勝利(停戦)68周年を記念する全国老兵大会=同紙ホームページから

元党幹部によれば、北朝鮮では最近、目に見えて「コッチェビ」と呼ばれる浮浪児の集団が増えている。食糧を求めてさまよう苦難の行軍当時の様子とはやや異なるという。元党幹部は「当局の思想統制やノルマを嫌って家を飛び出している。あるいは、両親がノルマに追われ、子どもの育児と教育に手が回らないケースもある」と語る。

北朝鮮は昨年、経済発展5カ年戦略の失敗を認めた。今年1月の党大会では新しい国家経済発展5カ年計画(2021―25年)を発表。続けざまの失敗は許されないとして、北朝鮮メディアは連日、「初年度計画の無条件貫徹」を呼びかけている。春の田植え支援作業などでは、都市労働者に加えて専業主婦や就学児童も動員されている。

また、5カ年計画は、平壌市に毎年1万戸の住宅建設を推進するとした。金正恩氏が着工式に出席したほか、7月下旬にも金徳訓首相が現地を視察。元党幹部は「市民の目に直接触れる事業だけに、失敗は許されない。最近、中国から緊急搬送している物資も建設資材がほとんどだと聞いている」と語る。ここでも、学生や兵士など青少年層が多数、動員されている。

自分たちが着たい服や話したい言葉も認められず、ノルマばかりが増えているため、家を飛び出す青少年が増える結果につながっているようだ。

平壌で7月27日開かれた朝鮮戦争勝利(停戦)68周年を記念する全国老兵大会で、戦争に参加した元兵士の手を握る金正恩総書記=労働新聞ホームページから

こうした厳しい国内情勢に対応するため、北朝鮮は安定した対外環境を求めているようだ。北朝鮮を研究する専門家の1人は、来年5月に発足する韓国の新政権について「北朝鮮は人物本位。進歩(革新)でも保守でも構わない。南北対話を進めるのも、誰が北朝鮮にとって利益になる人間なのかを見極めたいようだ」と語る。

元党幹部によれば、金正日総書記はかつて「(いずれも元大統領の)全斗煥や盧泰愚は元軍人だから約束したことは必ず実行する。金大中や盧武鉉より信頼できるし、直接会う価値がある」と周辺に語ったという。

では、文在寅政権は今後、首脳会談を含む南北対話を推進できるのだろうか。韓国大統領府は27日、「両首脳の対面接触について合意した内容はない」と説明した。

2018年の南北首脳会談の舞台となった板門店で、軍事境界線を一緒に越える韓国の文在寅大統領(右)と金正恩朝鮮労働党委員長=2018年4月、板門店、韓国共同写真記者団撮影

元党幹部によれば、北朝鮮の文在寅政権に対する評価は「約束を守らない相手」だ。北朝鮮は昨年6月、脱北者らが正恩氏らを非難するビラを風船につけて北朝鮮に飛ばす行為が、軍事境界線付近での挑発行為を禁じた南北軍事合意に違反すると主張した。

文政権が北朝鮮に約束した様々な経済支援が実現していないことにもいら立っている。元幹部は「北は、韓国が約束した南北鉄道連結事業のため、沿岸部の軍事施設の移転にまで手をつけた。金正恩は今も文在寅を信用していない」と語る。

また、元党幹部も韓国政府元高官も、北朝鮮は韓国に対して食糧や新型コロナワクチンの支援を期待していないと語る。元高官は「中国の支援を受け入れていない北が、韓国からもらおうとは思わない。金正恩も(2019年10月に金剛山で)南から支援を受けたのは誤った政策だったと語っている」と述べた。

ただ、元党幹部も韓国政府元高官も「簡単ではない」としながら、韓国政府が破格の条件をつければ、2018年9月以来、6回目となる南北首脳会談の開催もありうるとの見方を示した。

元党幹部は「北が望んでいるのは、鉄道連結のような大規模なインフラ整備や巨額の投資だ。同時に、北も、文在寅政権の政治的影響力が限られている事実を知っている」と語る。金正恩氏は1月の党大会で「現時点で南朝鮮(韓国)当局に一方的に善意を示す必要がない。我々の正当な要求に応え、北南合意を履行するために動き次第、対応する」と主張していた。

韓国政府元高官は、北朝鮮が最近唱えている政治スローガン「正面突破戦」の意味について「原則は維持するという意味だ。状況に応じて、ころころと態度を変えることはないだろう」と語り、北朝鮮が簡単に譲歩することはないとの見方を示した。