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麻薬取り締まり強化は発表しても、実態は決して明かされない北朝鮮の薬物事情

北朝鮮インテリジェンス
2002年11月、鳥取県の海岸に漂着した約200キロの覚醒剤=朝日新聞社撮影

朝鮮中央通信によれば、最高人民会議常任委員会が1日、麻薬犯罪防止法などを採択した。同通信は、国家社会制度の安定と人民の生命・健康を害する違法行為を防止するなどと伝えた。

北朝鮮は従来、刑法206条から208条で、麻薬の製造や使用、密輸などを罰してきた。使用では5年以下の労働鍛錬刑が科されるほか、製造と密輸の最高刑は死刑になっている。最高でも有期懲役刑とする日本の覚醒剤取締法に比べても軽くない刑罰だ。

これだけ厳しい対応を取ってきたにもかかわらず、法規制を更に強化した背景には、北朝鮮内での深刻な麻薬・覚醒剤汚染の現状がある。韓国統一研究院の「北韓人権白書2020」は、「(北朝鮮で覚醒剤を意味する)ピンドゥが抗生剤として使われ、70~80%の人々が使っている」とする2016年8月に両江道恵山から逃れた脱北者の証言を紹介した。

また、アヘンも広く使われているようだ。数年前に訪朝した専門家は、滞在中に腹痛を起こした。鎮痛剤として渡された紙包みに「アヘン」と書かれていた。別の脱北者によれば、アヘンや覚醒剤を自殺用として所持している高齢者も多い。麻薬・覚醒剤による汚染は、2000年ごろから深刻な問題になっているという。

韓国政府はかつて、金正恩朝鮮労働党総書記の兄、金正哲氏がバスケットボールでひざを負傷した際にモルヒネを使ったことがきっかけで、麻薬や覚醒剤を使うようになったという未確認情報も入手していた。

7月1日、麻薬犯罪防止法などを採択した最高人民会議常任委員会=労働新聞ホームページから

どうして麻薬や覚醒剤が北朝鮮で広がったのか。

まず、劣悪な医療環境が挙げられる。「北韓人権白書2020」によれば、北朝鮮の最小行政単位の洞や里ごとに設置されている診療所は、施設や薬剤不足でほとんど機能していない。両江道普天郡の総合診療所に勤務した脱北者によれば、診療所には医師5人と准医師1人がいたが、施設不足で入院患者も受け入れられなかった。

比較的、施設が整った人民病院でも、薬や入院費用は患者が負担する。2019年に脱北した住民によれば、MRI(磁気共鳴画像)と腹部超音波の検査に各20ドル、X線撮影に3ドル、問診に2ドルをそれぞれ支払う必要があったという。

これに対し、アヘンや覚醒剤は比較的安価に手に入る。脱北者の証言によって様々だが、覚醒剤1グラムあたりの末端価格が20ドル(約2200円)前後という。警察庁の2020年調査によれば、日本での同価格の6万4千円よりもかなり安い。

普通の治療に比べれば安いというだけで、北朝鮮住民にとって大きな負担であることに変わりない。北朝鮮では約3回分の使用量にあたる0・1グラム単位で取引されることが多い。北朝鮮では現在、平壌で暮らす4人家族の1カ月あたりの生活費が約100ドルとされる。2ドルはコメ3キロほどに相当し、覚醒剤や麻薬の乱用で経済的に破滅する人も少なくないという。

北朝鮮で比較的、安価な覚醒剤が作られるようになった背景には、国家ぐるみでの麻薬密輸犯罪の歴史がある。日本では1990年代から2000年代初めにかけ、北朝鮮から密輸出されたとみられる覚醒剤の取り締まり件数が激増した。

07年度の警察白書などによれば、1997年から2002年にかけての覚醒剤大量押収事件で、総押収量の約4割を北朝鮮からのものが占めていた。1回あたりの押収量は数十キロから500キロ以上にも上った。純度が高く、包装も比較的整っていた。

01年12月に奄美沖で沈没した北朝鮮工作船は、1998年に高知県沖で起きた覚醒剤密輸入事件で使われた船舶と一致した。こうしたことから警察当局は「覚醒剤の密輸に北朝鮮当局の関与が認められる」と結論づけた。

ただ、北朝鮮から日本を目指した大量の覚醒剤密輸事件は、2002年に鳥取県沖で起きた事件を最後にほぼ途絶えた。当時の捜査関係者は「02年には日朝平壌宣言も発表された。政治的にまずいという判断や、製造した覚醒剤を一度に大量に失うリスクなどを考えて、日本への大量密輸を断念したのではないか」と語る。

その一方、北朝鮮内でも変化が起きていた。韓国に逃れた北朝鮮の太永浩元駐英公使によれば、2000年代初めから、国家が密輸出の目的で各地に作った覚醒剤製造工場から資材が流出した。個人が非合法な商売として製造するようになったという。各地には必ず密売人がいて、親しい友人が酒を勧めるような感覚で、20~30代の若者を中心に広まっているという。金さえあれば誰でも手に入れられる。別の40代の脱北者も「口伝えで密売人を探して買っていた」と語る。

また、50代の脱北者は「夜勤の仕事のため、4~5回、覚醒剤を使った経験がある」と語った。2007年6月に青森県・深浦港で北朝鮮の男女4人が乗った木造船が見つかった事件では、漁師だった男性が「海上で眠ってしまわないように、覚醒剤を所持していた」と語ったこともあった。数少ない娯楽の一つとして麻薬や覚醒剤を使うほか、厳しい労働や軍勤務に耐えるために使うケースもあるようだ。

北朝鮮の薬物取引に関する米議会調査局の報告書(2005年)

しかし、北朝鮮当局は麻薬取り締まり強化を公表しても、汚染の実態については対外的に決して明らかにしない。北朝鮮内部では公開処刑も続いているし、犯罪を糾弾する講演会も行われる。第3放送と呼ばれる有線放送では、軽犯罪を犯した市民の名前を一つ一つ取り上げ、糾弾することもある。それでも、北朝鮮の外に向けては決して犯罪の実態を明かそうとしない。

北朝鮮の専門家は「地上の楽園だから、内部で起きた犯罪は明らかにできない」と語る。10年ほど前、この専門家が北朝鮮の地方都市を視察した。車で移動中、地元の運転手が数日前に市内で起きた不倫がらみの殺人事件について話し始めた。地元ではこの話で持ちきりだという。平壌から同行していた案内員は運転手が話している間、恥ずかしそうにうつむいていたという。

市民の間の麻薬・覚醒剤汚染を招いた原因が、「無償医療」をうたいながら、密輸などの犯罪行為に手を染めた国家にある以上、北朝鮮当局には市民を処罰するより前に、その真相を明らかにする責任がある。