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緊急事態宣言下、思い切って対面のゼミを再開 学生や教員から聞こえる声は

研究室から見える世界

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■関西圏でも「一部対面」実現した理由

大阪を中心とする関西圏の深刻な感染状況下でも大学当局が「対面」の例外を認めた背景には、いくつかの理由があると思われる。

第1に、大学におけるオンライン授業の長期化に対して、学生や保護者から学費返還要求を含む強い批判が各地の大学に寄せられてきたこと。

第2に、大学の監督官庁である文部科学省のトップ、萩生田光一大臣が昨秋以降、全国の大学に「感染対策を講じた上で、可能なものは対面による授業の実施を検討していただきたい」と要請してきたこと――などだ。

だが、何よりも大きな理由は、学生の間で「対面」のニーズが根強いことである。「原則オンライン授業」の方針が打ち出されるに当たって立命館大学当局が現場の教員向けに出した文書には、少人数クラスに限って対面授業を認める理由として「学生間のコミュニティー形成に与える影響を考慮」という一文があった。オンライン一辺倒の授業運営では、学生が友人をつくることも難しく、精神的に追い詰められてしまうことへの配慮だろう。

週に一度だけ対面で行っている少人数クラスのゼミ。広めの教室に間隔をあけて着席し、窓・ドアの全面開放と換気扇使用を続ける=2021年5月、京都市北区の立命館大学。筆者撮影

学生は「対面」と「オンライン」について、どのように考えているのか。学生団体の立命館大学新聞社が20年8月に学生を対象に実施したアンケートが手掛かりになる(有効回答数1414)。この調査は2020年度秋学期(20年9月最終週~21年3月)の授業形態について尋ねたものであり、本稿執筆時点で調査から9カ月が経過しているが、学生と日々接している者として、現時点でもおおむね実態を反映した調査結果であると考えている。

この調査で「最も希望する授業形態」を尋ねたところ、最多は「Web授業と対面授業の併用」の35.1%、次に多いのは「全面Web授業」の34.4%、「全面対面授業」は26.7%だった。「全面対面」と「Webと対面の併用」を合わせると、部分的にせよ「対面」を望む学生は61.8%に達する。

■キャンパスは授業だけの場ではない

授業の原則オンライン化で、平日の午後でもキャンパスは閑散としている=2021年5月18日、京都市北区の立命館大学衣笠キャンパス、筆者撮影

さらに注目すべきは、学年別の回答傾向の違いである。1回生では「全面対面授業」を望む声が35%、「Web授業と対面授業の併用」が34%、「全面Web授業」が30%だった。「全面対面」と「Webと対面の併用」を合わせると、1回生の69%は部分的にせよ「対面」を望んでいることになる。

多くの学生にとって、授業は大学生活の一部に過ぎず、授業の合間の時間やサークル活動を通じた友人との付き合いが非常に重要である。入学したばかりの1回生の多くがキャンパスへの通学を前提とする「対面」を望むのは、ある意味で人間として自然なことと言えるだろう。

「対面」を望む声は学年が上がると減る傾向がある。4回生の回答では、「全面対面授業」が23%、「Web授業と対面授業の併用」が37%、「全面Web授業」が39%だった。

低回生のうちは通学を楽しみにしていた学生たちも、学年が上がればキャンパスに通学する回数は減る。上回生になれば授業の手抜きの仕方も心得ているので、とりあえず卒業に必要な単位をそろえるために、自宅からオンラインで授業に出席したいとうニーズが高まるのは当然ともいえる。だが、そんな卒業間近の4回生でさえも、「全面対面授業」と「Web授業と対面授業の併用」を希望する学生を合わせると60%に達しているという事実は、それなりに重い。

たとえ回数は少なくともキャンパスに顔を出したいと願う学生が多数派なのは、私の実感にも合致している。大学当局の「少人数クラスは対面を認める」という方針を受け、私は大講義については大学の方針に従ってオンライン授業を実施する一方、出席者が少ないゼミについては、学生たちと話し合い、教室での「対面」と「オンライン」の併用を決め、学生が自由に選択できるようにした。

■冷静、適切に判断している学生たち

白戸ゼミには3、4回生合わせて28人の学生が所属しているが、就職活動真っ最中の4回生の多くはこの時期欠席が続くので、実際の出席者は十数人である。彼らが「対面」か「オンライン」かを選択できるようにしたところ、7~8割は「対面」を選択して教室に来る。「ずっと自宅にいると気がめいる。少しは友人や先生に会いたい」という学生が多数派だ。

4月に新学期が始まって1~2カ月というこの時期は、ゼミ内の学生同士の人間関係の形成、さらには教員である私との関係構築も重要である。コロナ禍以前は授業終了後に希望者を募って居酒屋に繰り出し、話に花を咲かせていたが、この状況下ではそれもできない。そこで希望者を募ってオンライン飲み会を企画してみたところ盛況であった。就職・進路に関する悩みを上回生に相談したり、ゼミで取り上げたテーマについて議論を深めたりするために、学生がこうしたコミュニケーションの場に飢えていることを実感させられた。

「対面」に戻すことについては、正直なところ、ためらいもあった。授業は広めの教室で、全員マスクをし、強力な換気扇を二つ回し、ドアと窓を開放したまま実施するが、それでも人が集う以上、感染リスクはゼロではないだろう。学生たちは皆20代前半。こちらは50代。感染すれば、重症化リスクが高いのは私の方である。仮にゼミの中でクラスターが発生すれば、「それ見たことか」と袋だたきにあう可能性もあるだろう。いくつかの国際比較調査によれば、日本社会は感染者を責める傾向がことのほか強い。

ただし、そんな中でも、学生が自らの置かれた状況を冷静に判断し、極めて適切な行動を取っていることには感心し、同時に感謝している。毎回、「高齢の祖父母と同居しているので、しばらく通学を控えたい」「少し体調が悪いので、今日はオンラインで出席したい」などの理由で、オンラインで出席する学生がいるのである。大半の大学生はきちんと話せば適切に行動できる立派な大人だ、という当たり前の事実に改めて気付かされる。

■教員の間では意見が割れた

学生の多数が「対面」を志向し、大学を縁の下で支えている職員たちが毎日職場に通勤して「対面」で仕事をしている中、「対面」か「オンライン」かで意見が割れているのは大学教員たちである。

21年1月から2月にかけて、大学当局は教員を対象に、コロナ禍の授業について尋ねるアンケートを実施した。大学では1科目につき15回の授業を実施しているが、複数ある質問の中に、「対面授業」と「Web授業」の最適な比率を尋ねた項目があった。

専任教員(教授、准教授、助教)、特別任用教員、任期制教員ら計540人から得た回答では、15回の授業を「全て対面」と答えた教員が150人(27.8%)、反対に「全てWeb」と答えた教員が118人(21.9%)と意見が割れた。

この他の回答では、15回の授業のうち「1~5回をWeb授業」が108人(20%)、「6回~10回をWeb授業」が113人(20.9%)、「11~14回をWeb授業」が51人(9.4%)――であった。つまり、3割近い教員が「全面対面」を志向する一方、「対面」をゼロ~3分の1以下にして「オンライン」にしたいと考えている教員が3割程度存在していたのである。

教員の意見は多様、千差万別で、一くくりにすることができない。例えば60代、70代の教員は感染した場合の重症化リスクが高いはずだが、キャンパス内を飛び交う声に耳を澄ましてみると、「感染が怖いので対面は絶対に嫌だ」という教員もいれば、「Zoomなどの操作が煩わしく、学生とのコミュニケーションも不十分」として「対面」を強く希望する教員もいる。「高齢教員の声」として一くくりにはできないのである。

「オンライン」のメリットを積極的に評価する教員もいる。例えば、オンライン授業によって、コロナ禍以前から通学が困難だった重い障害や病気を持つ学生や、子育てや仕事に忙しい社会人学生の授業参加は容易になった。

語学の授業を担当している教員からは、教室での「対面」では飛沫防止のためにマスクをすることで口元の動きが見えなくなるので、「オンライン」の方が飛沫を気にせず効果的な発音の学習ができるという話を聞いた。

■教員から聞いた、驚きの言葉

私自身、オンラインの利点を実感することもある。私は基本的に大講義では出欠を取らない。すると、コロナ禍以前の「対面」では、午前9時開始の1限目の講義だと5回目の授業あたりから出席者が減少し、受講者総数が100人の講義の場合、出席者が30人程度にまで減ることがあった。

ところが、オンライン講義であれば、早起きの苦手な若者も自宅からとりあえずインターネットをつないで授業に出席しているのだろう。出席者が一向に減らないのである。移動にかかる時間やカネを節約し、世界のどこにいても学びたいことを効率的に学べるのがオンライン授業の利点であることは疑いない。

私はこうした経験を通じて、ワクチンの普及で感染が収束した場合でも、オンライン授業を適切に利用していく意義を感じている。ついでに言えば、大学当局が提案してくる議案を黙々と追認するだけの形骸化した学内の各種会議などは、どんどんオンライン化するのがよいとも考えている。

一方、キャンパスでは、教員の口からこんな言葉を聞くことがある。「コロナのおかげと言っては怒られてしまうが、対面授業をやめたことで研究時間が増えた。このままオンライン授業が永遠に続いて欲しい」。昨秋、ある若い任期制教員と立ち話をしていたところ、そんな言葉を聞かされ、一瞬耳を疑った。その後、別の教員からも同様の発言を聞いた。

私はその時、「オンライン」に固執する大学教員の中に、公の場では決して口にしないものの、学生の「教育」にかける時間と労力の最小化を目指す人々が一定数存在することを初めて知った。

大学教員の多くは、自身の関心に基づく「研究」を仕事に選んだ人々だが、とりわけ文系では「研究」だけでは食べていけないことが一般的なので、多くの研究者は大学に職を得て、学生への「教育」の対価として給与を得ている。「教育」に関心を抱いて教職に就いた小中高の教員とは異なり、大学教員にとって「教育」は後からついてきたものである。また、近年の大学教員は、形骸化した学内会議への出席や書類作成に時間を取られており、研究時間の確保が切実な課題である点には同意する。

だが、一度大学に職を得た以上、「研究」を最優先の仕事としながらも、学生と接する中で「教育」の意義を感じ、双方に全力を注いでいくのが大学教員の責務であり、そうしなければ学生に申し訳ない――と思っていたサラリーマン上がりの私は、まだ大学の世界の現実をあまりに知らないのかもしれない。コロナ禍は、私に様々なことを考えさせてくれる。