■再開されない大学の対面授業
文部科学省が6月5日に発表した調査結果によると、全国の大学、短大、高等専門学校計1069校のうち、6月1日時点で授業を実施していたのは1066校。このうち6割は対面授業を実施しておらず、少なくとも89校は7月末までこの状態を継続すると回答していた。
筆者が教壇に立つ京都の立命館大学は、ゴールデンウィーク明けの5月初旬に開講したものの、7月末までの春学期(前期)はすべてオンライン授業とし、学生のキャンパスへの立ち入りを制限してきた。大学当局は現在、夏休み後の9月から始まる秋学期(後期)から対面授業を再開する方向で準備している。恐らく全国でも、最も対面授業の再開が遅い大学の一つかもしれない。
京都市内では今年3月、欧州を旅行して新型コロナに感染した京都産業大学の学生3人が帰国後にゼミやサークルの飲み会に参加し、感染が学内外に広がった。感染者の急増で社会不安が高まっていた時期に重なったこともあり、京産大関係者に激しい批判や誹謗中傷が寄せられた。
全国の小中高校が対面授業を再開しても大学がオンライン授業を続ける背景には、京産大のケースを見た他大学が学内から感染者が出ることを過度に恐れたことがあるのではないか、と筆者は感じていた。
ともあれ、筆者も大学の方針に従うしかなく、前期はオンライン授業を続けてきた。ゼミのような小集団クラスではライブ授業を実施し、受講生約200人の大規模講義では録画した動画を配信してきた。大講義をライブ中継しなかったのは、春休みに本国へ帰国して以降、入国制限によって日本に戻ることのできない外国人学生が多数存在するからである。日本との時差を無視してライブ中継することも考えたが、学生の負担を考え、録画した動画を配信し、メールなどで質問を受け付け、次の動画で答えるようにしてきた。
■学生調査で浮き彫りになった実態
そうしてオンライン授業を続けて2カ月が経過した7月1日、学生団体が発行する『立命館大学新聞』に興味深い記事が掲載された。同紙は立命館大学生を対象に「コロナ禍における学生生活実態調査」と題して6月15~30日にかけてアンケートを実施し、1115人から得た回答を掲載したのである。
その結果は、筆者がオンライン授業を続けながら感じ続けていたことを統計的に裏付ける内容であった。学生の多くは対面授業を望んでおり、オンライン授業によって精神的に落ち込んだり、生活が乱れたりしている学生が少なくないことが分かったのである。
調査では、「あなた自身が最も好ましいと考える授業形態はどちらですか」との問いに対し、「対面授業」と答えた学生が54%に上り、「Web授業」の22%を大きく上回った。
「秋学期もWeb授業が継続されるとなれば賛成ですか、反対ですか」との問いには「賛成・どちらかと言えば賛成」が40.1%、「反対・どちらかと言えば反対」が59.9%で、ほぼ6割の学生が対面授業の再開を望んだ。Web授業の継続に反対する声は下級生ほど強く、1回生では7割近くに達している。
また、「現在、昼夜逆転現象は起きていますか」との質問に対し、22%が「起きている」、42%が「やや起きている」と回答した。この結果は筆者の実感と合致する。緊急事態宣言下の外出自粛以降、学生にラインなどで連絡すると、午後の遅い時間に返信してくる学生が増えたと感じていた。一人暮らしの学生にその傾向が強く、「今日起きたのは午後3時でした」「寝たのは朝6時でした」と苦笑しながら話す学生もいる。「1人で過ごす時間が増え、YouTubeなどの動画を視聴しているうちに夜が明けてしまった」という学生もいた。
筆者が最も気になったのは、「自粛期間に入って、気分が落ち込むことは増えましたか」との質問に対し、18%が「とても増えた」、34%が「やや増えた」と回答したことだ。
また、サークル活動について尋ねた質問では、「今年の新入生の入部者数はどうですか」との問いに68%が「例年より減った」と回答。「現在の活動頻度や活動内容に対して満足していますか」との問いには、51%が「満足していない」、26%が「どちらかと言えば満足していない」と答えた。
学生のキャンパスへの入構が厳しく制限されているので、筆者は緊急事態宣言による外出自粛が終了して以降、希望する学生にはキャンパスの外で会って話をするように努めてきた。すると、就職活動がうまくいかずに精神的に追い詰められている学生や、サークル活動が厳しく制限され孤立感を深めている学生が少なくないことが分かる。
■「授業の合間」をどうつくり出すか
オンライン授業は所定の時間内に効率よく学生に知識を伝達し、学生の課題回答力を高める点では便利な方法ではある。
しかし、オンライン授業では、「授業」が終わればインターネット空間から教師も学生も退出してしまい、学生と雑談を交わす「授業の合間」が存在しない。対面授業であれば、この「授業の合間」に教室の片隅や廊下で学生と個別に雑談を交わし、彼らの悩みに耳を貸したり、ちょっとした助言を与えたりすることも可能だったが、オンライン授業ではそうした「授業の合間」を作ることが非常に難しい。
さらに言えば、「授業」だけが大学ではない、と筆者は思う。キャンパスの談話スペースやベンチで休み時間に友人と雑談する。サークルの部室で、趣味が同じ仲間とおしゃべりする。授業をサボって映画を見に行く。ゼミの後、たまには先生と酒を飲みに行く――。学生はそうした「授業の合間」の時間の中で様々なことを学び、社会で生きていくための準備をしてきた。社会人になれば忙しくて確保できない「モラトリアム」な時間の中での他人との交流こそが、今も昔も学生を育ててきたと思うが、どうだろうか。
先述した通り、立命館大学は夏休み明けの9月からの対面授業再開を準備している。「若者は無症状のまま感染を広げるリスクが高いので、私は対面授業は絶対にやらない。やりたい人は自己責任で勝手にやればいい」とかたくなにオンライン授業に固執する教授もいる。だが、筆者が知る限り、そうした教員は少数で、対面授業を基本としつつ、日本に再入国できない外国人学生や基礎疾患を持った学生などへの対応としてオンライン授業を加味する方向で準備が進んでいる。
大勢の学生を集めた飲み会を従前通り開催したり、サークル活動を完全な形で再開したりするのは残念ながら当面不可能だろう。だが、感染状況をにらみつつ、どのような「授業」を実施するかと同時に、どうやって学生のための「授業の合間」を増やすかに知恵を絞らなければならないと考えている。