韓国の人気ドラマ「愛の不時着」の前半は北朝鮮が舞台だが、撮影はできないため、代わりに韓国各地で似たような場所を探したという。
それでも北朝鮮の暮らしぶりや風景の描写がリアルだと評判になり、人気に拍車をかけた。
そんなロケ地の一つ、仁川(インチョン)を訪ねた。
【脱北者も出演】『愛の不時着』北朝鮮でも人気 「反動的」取り締まり強化の動きも
仁川はソウルの南西約25キロにある港まちだ。近代建築が目を引き、チャイナタウンもあることなどからドラマや映画の撮影が非常に多い。
仁川映像委員会は2019年、地元でロケがあった映画やドラマなどの映像作品計195本を支援した。
仁川国際空港がある永宗(ヨンジョン)島。ここにある仙女岩海水浴場は「愛の不時着」の主人公で北朝鮮の軍人リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)が韓国側にたどり着いた場面のロケ地だ。
ジョンヒョクは、パラグライダーの事故で北朝鮮に不時着した韓国のユン・セリ(ソン・イェジン)と恋に落ちる。
紆余曲折をへて韓国に戻った彼女とはいったん離ればなれになるものの、彼女の身の危険を知ったジョンヒョクは韓国への潜入を決断する。長い道のりを腹ばいになって進み、ようやく出てきたのがこの海辺だった。
私はこのシーンを見た瞬間、すぐに「仁川の仙女岩(ソンニョバウィ)海水浴場だ!」とわかった。
というのも、ヒョンビンの背景に見える岩の形が独特だからだ。女性が祈る姿に似ているとされ、それが名前の由来になっている。この岩から海に身を投げた女性がいたという伝説もある。
一方、仁川のミチュホル区にはオーダーメイドスーツ店「キム・ジュヒョンby覺」がある。
ここで撮影されたのは、ヒョンビン演じる北朝鮮軍人リ・ジョンヒョクの婚約者ソ・ダン(ソ・ジヘ)がウェディングドレスを選ぶシーンだ。
店は地下にあり、隠れ家へ通じる秘密の階段のようにできている。
作中、怪しげな音楽が流れるとともに、ソ・ダンと母親が周囲を気にしながらこっそり入っていく。店を切り盛りするマダムもウェディングドレスは上海から持って来たと話す。
北朝鮮の人たちは社会主義に基づいた生活を強いられている。ウェディングドレスはそれに反するとみられ、このような描写になったのだろう。
ちなみにこのシーンでは、ソ・ダンが重要なことに気づく場面が盛り込まれている。店にあった韓国のウェディング雑誌を読もうとしたところ、ジョンヒョクが思いを寄せていたもう一人の主人公ユン・セリ(ソン・イェジン)の記事を発見。彼女が韓国から来た女性だと知り、あわてて店を後にする。
ソ・ダンがウェディング雑誌を取り出した箱が、実際の店にも置いてあった。宝箱のような素敵なデザインだ。
1階はオーダーメイドスーツの店で、地下は撮影スタジオになっている。「開化期」のコンセプトだという。
西洋の文化が入ってきた19世紀後半から20世紀初頭を韓国では開化期と呼ぶ。仁川は港まちとして、洋服などの西洋文化がいち早く入ってきた。
店のオーナー、キム・ジュヒョン氏は1990年生まれ。店はオープン7年目ながら芸能人御用達として知られる。ドラマ「オー・マイ・ゴッド」(2017年)で主演したチェ・ミンスの衣装を担当したことで芸能界での認知度を高め、俳優のチョ・ジヌンやチャン・ヒョク、人気MCのユ・ジェソクらのスーツを作る。
「愛の不時着」でも、北朝鮮の盗聴役「耳野郎」を演じたキム・ヨンミンの衣装を担当した。
値段はさぞ高いのだろうと思ったが、60万ウォン(約5万8千円)からとリーズナブル。若い人たちの間でも人気だ。
仁川でスーツをオーダーメイドできるのはここだけだという。かつては「洋服のまち」と言われたが、既製服に押され、熟練の職人たちが働き場を失っていた。
そこでキム氏は60~70代の職人7人を集め、仁川の洋服作りの伝統をつないでいこうとしている。
ミチュホル区では「愛の不時着」の別のシーンも撮影されている。キム・スヒョンが特別出演した場面だ。
ジョンヒョクの部下たちが韓国にやってきた直後、北朝鮮から先に潜入していたキム・スヒョン演じるスパイと出会う場面だ。
このシーン、韓国の視聴者なら誰もが吹き出したに違いない。というのも、このスパイは別の映画「シークレット・ミッション」の主人公と同一人物という設定で、これを演じたのもキム・スヒョン自身だったからだ。
「シークレット・ミッション」は韓国で約700万人を動員したヒット作だ。そのパロディとあって、このシーンは「愛の不時着」でも伝説の一つとなっている。
ちなみにスパイは「世を忍ぶ仮の姿」として中華料理店に勤めている設定だが、中華料理店は「コンウォンジャン」という店名で実在している。
この近くでは、ジョンヒョクが長い坂道を「暴走」するベビーカーを助けるシーンのロケ地にもなっている。
この坂は多くの作品に登場している名所だ。映画「目撃者」やドラマ「花遊記(ファユギ)」などでも使われ、ミチュホル区が「ミチュホル撮影道」という看板を立てている。
看板は最近、「キム・ジュヒョンby覺」にも設置された。コロナが落ち着いて韓国旅行が可能になったら、「愛の不時着」の「聖地巡礼」をしてみてはいかがだろうか。