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大好きだったオリンピック、私が嫌いになった理由は「過剰な宣伝」 

マイケル・ブースの世界を食べる
北村玲奈撮影

これを書いている今も、東京五輪は依然、理屈上は開催するとなっている。

ただ、もし私がギャンブラーだったら、最終的には中止になることへ賭けるだろう。約1万人ものアスリートがこのパンデミックのさなかに訪日できる可能性は低いし、そもそも日本国民一般へのワクチン接種すら本格的に始まっていない。
もしかしたら2022年への再延期もありえるのかもしれないが、中止となっても私は別に困らないと言いたい。子どものころは大好きだった五輪を最近は嫌いになった。私には特に大会のあり方が、近代食産業の過ちの象徴に思えるからだ。
まずは、(新型コロナウイルスによる)ひどい1年が過ぎ、特に飲食店や個人経営店、タクシー会社などの小規模ビジネスに従事する人たちが、五輪開催による収益に期待せざるを得ない環境に置かれていることに心を痛めていると言わせてほしい。

ボランティアとして大会を支えることを楽しみにしていた人たちにしてもそうだ。他人のために自分の時間を快く捧げられる、心ある人がいるのは素晴らしいこと。観戦を楽しみにしていたスポーツファンにも残念なことだ。

五輪が真にアマチュアの大会だったころは、たぶんスポーツで一番を競うことに尊いものがあった。肉体の限界まで自己を追い込み、スポットライトのなかでメダルをかけられる瞬間を勝ち取るために競技する姿は、見る者に憧れを抱かせる。食べることに人生を費やし、スポーツに特段熱心とは言えない私でも、その魅力はよくわかる。

それが今はどうか。開催都市を決めるプロセスから、どの国がいくつメダルをとったかを示すこっけいな表に全関心が集中するような大会期間2週間の幼稚なジンゴイズム(自国・自民族優越主義)の狂乱に至るまで、数十年の衰退と過剰宣伝の末、近代五輪は深刻なまでに崩壊した。徹頭徹尾、スター選手の汗と努力の栄光の恩恵を受けようとするグローバルスポンサー企業に、全てが利用されている。

なかでも私たちの健康にも悪影響をおよぼすのが、大量生産・大量消費型の食品や飲料の会社である。私がどこについて語っているのかは、きっとおわかりだろう。極度に加工され栄養価に乏しく、過度にブランド化されて見た目のいいパッケージでどこでも手に入る製品によって、糖分や塩分、脂肪や炭水化物を売りつけてくる企業のことだ。それらを構成する乳化剤や化学物質、安定剤、砂糖まがいの甘味料などは、安くて栄養もあると彼らは主張するが、実際には消費者の健康にいいわけがない。

これらの企業はなぜ五輪を自社ブランドに利用したいのか。炭酸飲料やハンバーガーの企業は、自社商品が根本的に健康的ではなく、肥満や心臓病、がん、糖尿病など世界的に増えている健康上の脅威に少なくとも部分的に関係しているらしいとわかっている。だからこそ何億ドルという大金をつぎ込んで、不健康で人工的な商品と、健康で鍛え抜かれた肉体を誇る超人たちとを関連づけようと必死なのだ。理想の肉体による功績が、ファストフードと炭酸飲料のブランドイメージに反映されるというわけだ。

これはひどい結果を伴う皮肉なトリックである。特に感受性の強い若い世代ほど、会場の看板や広告で躍る企業ロゴを目にすると、それらの「食品」を、健全な活力や運動能力、身体能力が最高潮に達した選手たちと結びつけてしまう。もちろん五輪の競技者たちはトレーニング中、そうしたジャンクフードには多分触れないだろう。もし宣伝に真実があるなら、それらの商品から連想されるべきはたぷたぷの下腹、心臓病、インスリン注射であるべきだが、それではどんなブランドにとっても芳しくはないだろうね。そして考えてみると、五輪は東京・築地の場内市場解体の一因でもあった。(訳・菴原みなと)