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ユダヤ文化のスパイスと粉もの文化が融合したら ポーランドの面白さ

荻野恭子の 食と暮らし世界ぐるり旅。 更新日: 公開日:
スパイスとして多用されているけしの実(竹内章雄撮影)。

ロシアやウクライナに似ているけれど、少し違う

小麦の収穫量が多いポーランドは、周辺国同様に粉物料理が豊富です。前回取り上げた、バルシチに加える「ウシュカ(小さなラビオリのような粉物)」や国民食「ピエロギ」などは、モンゴル帝国からロシアを経て伝わった文化と言えますが、お菓子やパンに関しても、ロシアやウクライナとそっくりなものが目につきました。でも、実際にいただいてみると似て非なる印象を受けるのです。これはどうしてなのでしょう?その辺りの話をしたいと思います。

黒いけしの実のお菓子「マコヴィエツ」

陸続きのロシアやバルト海沿岸の国々は、寒冷でスパイスが育たないため、料理にもあまり使いません。けれどもポーランドでは、スープ1つとっても、ナツメグ、クローブ、シナモン、オールスパイスといったものを多用します。あらゆる料理にスパイスの香りが漂うのです。

焼き菓子やパンに関しても同様のことが言えそうでした。例えば、「Makowiec (マコヴィエツ)」という、けしの実の餡を使ったロールケーキのようなものは、ロシアでも売っている「ルレート・ス・マコーム(けしの実のルーレット)」と呼ばれる焼菓子と見た目がそっくりでした。頂いてみると、やはりスパイシー。香りが強く洗練された印象を受けます。

特に、クッキーやケーキなどの焼き菓子やペストリー、パンなどに多く使われていたのは「けしの実」でした。それも、日本で馴染みの深いあんぱんの上に散らす白色の実ではなく、ブルーポピーと呼ばれる青みがかった灰色の種。ブルーポピーは地中海沿岸や東ヨーロッパ原産とも言われていて、春先になるとたくさんの花を咲かせます。以前、トルコで一面の花畑を見たことがありますが、真っ赤な美しい絨毯のようでした。

けしの実の餡を巻き込んだお菓子「Makowiec (マコヴィェツ)」。見た目はロシアもポーランドも同じだった(撮影=竹内章雄)。

ユダヤ系民族からの影響も強いスパイスの文化

けしの実は、ごまにも似ているのでピンとこないかも知れませんが、ロシア、トルコ、東欧中欧ヨーロッパ諸国では「スパイス」として捉えられているものです。

ポーランドはスラブ系やバルト系のほか、様々なルーツの民族が混ざり合っており、特に、古くからスパイス貿易で世界各地を巡ってきた、ユダヤ系民族の影響を大きく受けています。スパイスやナッツ類、ドライフルーツなどを多用するのはユダヤ系民族の特徴でもあるのです。

実際、高級洋菓子専門店、スーパーのお菓子売り場、ドライブインまでくまなく食べ歩きましたが、店のランクや商品の価格によって差はあるものの、あらゆるお菓子やパンにスパイスが使われていました。生地に関しては、高級菓子店では卵がたくさん入ったカステラのようなブリオッシュのようなもの。大衆的なパン屋さんやスーパーでは、バターも卵も使わないパン生地で作っていました。

とはいえ、見ているだけではわからないので、実際にお菓子屋さんの職人さんにお願いをして、話を伺いつつ作り方を見せていただくことになりました。

右は「Makowiec (マコヴィエツ)」に似た菓子。左のパンのグレーズにもけしの実。けしの実は、特にポーランドやドイツ、ユダヤの伝統的な焼き菓子や料理に使われている(荻野恭子提供)。

たくさんの木の実とスパイスで洗練の味わい

洋菓子専門店の厨房に入ると、大きな作業台がありました。台の上に職人さんが生地を四角く伸ばします。そこに、けしの実をすりつぶしてオールスパイス(ナツメグ、クローブ、シナモンの場合もある)を加えて甘くしたペーストをたっぷりと塗り、木の実、レーズン、レモンピールなどを散らします。フワフワに泡立てたメレンゲを分厚くのせて広げ、生地いっぱいに四角く伸ばすと、端からクルクルと巻きます。ぎっしりずっしり詰まった生地の表面に穴を開け、オーブンで焼き上げます。アイシングで仕上げをし、冷めたらカットして切り分けると、木の実やレモンピールがところどころに入った、渦巻状のけしの餡の模様が現れ、スパイスの香りが広がりました。

私は、ロシアでも作り方を教わっていましたが、餡にはスパイスは入りませんでした。材料だけ書き留めて日本に戻り、見た通りに再現してみましたが、違いはやはり、木の実とスパイスを多用している点、レモンピールでほのかにフレーバーがついている部分に尽きました。

東洋と西洋の間のようなロシア料理のベースに、スパイスが加わることで洗練された香りが加わり、ポーランド独自の個性を醸し出しているのでしょう。

でもこれは、ユダヤ系民族の影響が大きいのです。ポーランドにはユダヤ系住民がたくさん暮らしていましたが、第二次世界大戦中のホロコーストなどで大きな被害を受け、多くは国外へ脱出し、国内にとどまる数はわずかとなってしまいました。

彼らの置き土産のような文化が、ポーランド料理の個性として生き続けているということには、大変複雑なものを感じずにはいられませんでした。

けしの実の甘いふりかけをまぶしたうどん

さて、けしの実の料理でもうひとつ驚いたのが、実をすりつぶして砂糖を加えた、ふりかけのようなものをまぶしたダンプリング(粉物料理)に出会ったことでした。

うどんに近い感じなので、日本人の私にとってはどこか親しみを感じるものでした。最初に食べたのはホテルの朝食のバイキング。ホテルを移動するたび、どこに行っても当たり前のように並んでいて、宿泊客はパンやサラダと共に盛り合わせていました。

ホテルの朝食。左の皿の奥に見えるのがけしの実のふりかけをまぶしたうどん(ダンプリング)。右の皿にあるのが、マコヴィエツ(荻野恭子提供)。

ポーランド、チェコ、ハンガリーに共通の文化

何度かお話ししたポーランドの国民食「ピエロギ」と同様、生地に具を包んだり、そのまま丸めて茹でたり蒸したりする「ダンプリング」の文化は、モンゴルのボーズ、ロシアのペリメニ、中国の餃子、イタリアのラビオリ、日本のすいとんほか、世界中にあります。

隣国のチェコで特に有名なのが、「クネドリーキ」と呼ばれるゆでパンのようなダンプリングですが、チェコでは、ポーランドと同じけしの実のうどんに似たものも食べられていました。さらなる隣国のハンガリーでは、くるみをすりつぶして同様に仕上げたものに遭遇し、陸続きの文化を実感しましたね。

ヨーロッパなのにスペインやイタリア、フランスといったラテンの国々とは違う。東洋のような、日本人の感覚にしっくりとくるものが、この辺りでは陸続きで出てくるんです。これには不思議な気持ちになりました。

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Makowiec(マコヴィエツ)
●材料
生地
 強力粉、薄力粉 各150g
 バター(室温にもどす) 80g
 砂糖 50g
 ドライイースト 小さじ1
 卵黄 1個分
 牛乳 約3/4カップ
 塩 少々
フィリング
 けしの実(水に浸し水分をとる) 100g
 オールスパイス 適量
 バター 30g
 砂糖 50g
 はちみつ 大さじ1
 卵白(メレンゲにする) 1個分
 レモンの皮(すりおろす) 大さじ1
 くるみ、アーモンド、レーズン(粗みじんに切る) 各20g

●作り方
1 生地を作る。ボウルに生地の材料を入れ、滑らかになるまで混ぜてラップをかけ、温かいところに置いて40〜50分休ませる。
2 フィリングを作る。鍋に、けしの実、バター、砂糖、はちみつを入れて火にかけて練り、冷ます。くるみ、アーモンド、レーズン、レモンの皮を混ぜ、メレンゲもざっくり混ぜる。
3 1の生地を約30㎝四方にのばしてクッキングシートにのせ、2のフィリングを塗り広げ、手前から巻き込む。巻き終わりと両端をしっかりととじ、表面に数カ所穴を開けて15分くらい休ませる。
4 180℃に熱したオーブンで40〜50分焼き、表面が乾いたら食べやすく切る。