全身を黒い布で覆い、仮設病院の前に列をなすロシア人の女性たち。その間から幼い男の子が顔をのぞかせていた。
シリア北東部のアルホル難民キャンプ。最盛期にイラク、シリアの国土の3分の1を掌握した過激派組織「イスラム国」(IS)を制圧するため、米軍などが2019年春まで続けた軍事作戦で拘束されたシリア人や、IS戦闘員の妻子とみられる外国人が収容されている施設だ。同年秋、シリア北部を支配する少数民族クルド人の武装勢力をトルコ軍が越境攻撃し、キャンプ運営への影響が心配されるなか、イタリアの写真家アレッシオ・マモ(44)は取材に訪れた。
キャンプには6万人以上が暮らし、過密や不衛生が問題視されている。一方、ISへの関与が疑われる収容者が「過激思想に染まったまま帰国すれば新たなテロを誘発しかねない」として、出身国の多くは身柄の引き受けに消極的だ。
しわ寄せは立場の弱い子どもたちにも及ぶ。キャンプでは、新生児の不十分な健康管理や栄養失調、病気などのため、19年だけで371人の子どもが命を落としたという。マモは「子どもに罪はない。女性らの身の上も、複雑で多面的で悲劇的だ。私たちがすべきなのはあれこれ判断することではなく、理解に努めることだ」と強調する。
欧州や中東で、難民や住む土地を追われた人々にカメラを向けてきたマモ。「政治的な判断の誤りが人々の生活に与える影響の大きさ」を訴えかけてきた。「1枚の写真だけで歴史が変わることはほとんどないが、何千もの画像が集まれば、物事を変えていく力になる」。そう信じて写真を撮り続けるという。
■アルホルキャンプの収容者
国連人道問題調整事務所によると、アルホルキャンプの収容者数は約6万5000人(2020年10月)。外国人は隣国のイラク人が最多で約3万1000人。欧米を含む他の外国出身者も約9000人おり、多くがIS戦闘員の関係者とみられている。
米国はIS戦闘員の出身国に身柄の引き受けや訴追を求めているが、あまり進んでいない。シリアなどでの犯行を裁判で立証する情報に乏しいという事情もある。
キャンプでは、トルコ軍の越境攻撃で監視が緩んだ隙に暴動が起き、脱走者も出たという。クルド人勢力は、キャンプの運営が負担になっているとして、一部のシリア人収容者の退去を進める方針を示している。