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「太りたくない」 ノルウェーで摂食障害の漫画が話題のわけ

ノルウェー通信
体重を細かく記録して痩せようとするノルウェーの女の子ヤンネ イラスト:JENNY JORDAHL / CAPPELENDAMM

今ノルウェーで、イェニー・ヨルダル(Jenny Jordahl)さんの『Hva skjedde egentlig med deg?』(ヴァ・シェッデ・エーゲントゥリ・メ・ダイ)という漫画が注目を集めている。タイトルは、「一体、どうしたの? 何があったの?」というような意味だ。

主人公はヤンネという小学校の最終学年に通う女の子。海水浴をしていると、ある女性に笑いながらこう言われた。「ヤンネの家族はみんな痩せているのに、あなただけ一体どうしちゃったの?」

ヤンネの体を笑った女性に悪気はなかったのかもしれない。しかしこの一言が彼女に暗い影を落としていく イラスト:JENNY JORDAHL / CAPPELENDAMM

学校や家庭で浴びせかけられるヤンネの体重に対するささいな言葉がチクチクと彼女に刺さる。やがて、ヤンネには彼女にしか見えない「もうひとりの自分」の声も聞こえるようになった。そのモンスターは、黒くて大きくて、食べるたびにヤンネを責める。ヤンネはダイエットを始めた。お母さんとお父さんの提案で、体重が減るごとにご褒美としておこづかいももらえることになった。しかし事態は思わぬ方向に向かい、ヤンネの心と身体をさらにボロボロにする……。

この漫画は若者の「羞恥心」だけでなく、周囲の大人や両親が感じる「恥」の意識にも触れ、「ではどうすればよかったのか」を読者に考えさせる内容になっている。

摂食障害という社会問題をテーマにした本書は、ノルウェー文学界で権威のあるブラーゲ文学賞子ども・若者絵本文門で2020年の最優秀賞を受賞した。

娘の太った身体を心配する両親。その話を聞いてしまうヤンネと、後ろにいる黒い影 イラスト:JENNY JORDAHL / CAPPELENDAMM

イェニー・ヨルダルさんは今ノルウェーで最も有名な漫画家のひとりで、イラストを通して環境・気候危機やジェンダーといった社会問題を扱った作品を数多く出している。ヨルダルさん自身も31歳で若い世代の今を知るひとりだ。本のヒットやノルウェー社会に感じる思いを聞いた。

日本では『ウーマン・イン・バトル』という女性の闘いを描いたフェミニズム本も翻訳されているイェニー・ヨルダルさん

――どうしてこの作品を描こうと思ったのですか? ご自身も摂食障害の体験があるのでしょうか?

「子どもが身体や外見に対してネガティブな感情を抱く年齢がどんどん早まっているという調査がでています。だから子ども目線の本を書くことが大事だと思いました」

「物語は私自身の成長体験からインスピレーションを受けています。2000年代に11歳だった頃の記憶は今も鮮明です。市場に出ている子ども用のTバックや、へこんだお腹の写真。子どもはお店にサイズの小さいパンツを買いに走り、クリスマスプレゼントには運動器具を欲しがるようになりました。私たちはそうして自分の身体を恥ずかしいと思うようになったのです。10代の頃の私は自分に対して否定的で、広告やメディアに出てくる痩せた女性たちを見て自分を恥ずかしく感じました。その頃の私の思いを漫画のヤンネには投影させています」

ノルウェーではマネキンは痩せすぎていて非現実的だという議論が数年前からあり、結果として最近ではほんわかしたサイズにマネキンを変えた店も出てきた。漫画でもヤンネは肌を露出したマネキンの前を無言で通り過ぎ、次第に黒い影に飲み込まれていく イラスト:JENNY JORDAHL / CAPPELENDAMM

「自分に対して悪い感情を抱かせることでお金儲けをしている企業はたくさんあります。子どもにまでそのような感情を抱かせるのは、ひどいと思います。こういう社会で成長する人の物語、互いや自分たちを見る視線にどのような影響を与えるかを書きたかったんです」

「至る所に、胸やお尻を出している写真! ノルウェーでは外見や身体に対する重圧はよく議論されているほうだと思います。この現状をなんとかしようと、若い世代が議論に積極的に参加していますから」

本作を作るにあたり、たくさんの若者や摂食障害の専門家と話したというヨルダルさん。問題をはっきりと伝え、現実的で正直な内容にすることにこだわった。

「食べすぎること、ダイエットしすぎることの両方のテーマに触れている本になっています。ヤンネはひとりぼっちでいじめられているのに、彼女の周囲はそのことに気が付きません。大人が気が付くのは彼女の身体のことだけ。子どもの身体や外見についてどういう話し方をするか大人は気を付けたほうがいい。大人はこの社会と悩む子どもたちの間にある柔軟剤であるべきだと私は思います」

人口が少ない国の出版業界事情

この本がノルウェーの出版・絵本業界でどのように特別なのか、Cappelen Damm出版社のアンネ・ウストゴール広報に聞いてみた。

「ノルウェーは人口530万人ほどの小さい国です。ジャンルにもよりますが1500~2500冊ほどの部数が一般的で、1万部数がベストセラーといえるでしょうか。ヨルダルさんの今回の本はすでに5000部なので、とても素晴らしいといえます。デンマーク、イタリア、スペインでも翻訳が決まりました」

「このテーマ自体はノルウェーでは新しくありませんが、多くの本が専門家によって専門家の言葉遣いで出版されています。ヨルダルさんの本は、恐らく初めて漫画という形で摂食障害をわかりやすく問題提起したものです」

――本はサイズが縦8センチ×横20センチ、895グラム、およそ3000円と、日本の漫画と比べてとても重く、大きく、価格も高めです。どうしてこの形式になったのですか。

「ノルウェーでは漫画は通常はもっと薄くて軽量ですが、今回は漫画小説という本として、紙も高品質であるものにこだわり重くなりました。ノルウェー語話者が少なく、人口が少ないため、どうしても本・雑誌・新聞などの価格は高くなってしまいます。この本は子どもや若者にとっては購入するには高すぎる値段といえるので、大人が子どもたちに購入していることが多いようです。教育者や医療関係者など、子どもや若者と接する職業に就いている人にも買ってもらいたいと思っています」

体重のことを気にしながらも、大好きなパンを何個も買って、食べることがやめられない。そんな自分に涙するヤンネ。彼女をここまで追い込むのはなんなのか。 イラスト:JENNY JORDAHL / CAPPELENDAMM

規制への動きも

「日本と比べると、ノルウェーでは外見に対する社会や他者からの重圧をあまり感じることがなく暮らすことができて楽だな」と私は思うことがある。それでも、現地で生まれ育った人々と話していると、本人たちはそうは感じていないことがわかる。

ネット時代になり、美しく加工された他者の写真は国境を簡単に越え、目にすることが増えた。「ダイエットをしなきゃ」「もっと美しくありたい」「私はダメだ」。常に他人と比較してしまう重圧に多くの若者はさらされている。その精神的負荷はSNSの中で育たなかった大人には想像しがたいものだ。家庭にも、学校にも、メディアにも、そしてネットやSNSにもそんなきっかけはたくさん潜んでいるという。

コロナ禍は、若者の状況をさらに悪化させている。ノルウェー公共放送局NRKの特集では、自宅にいる時間が増えた若者たちの間で摂食障害が悪化しているという現実を伝えていた。最大手アフテンポステン紙も、通学時間が減った若いスポーツ家たちの間の摂食障害について報じた。どちらの記事でもコロナ禍での暮らしの変化による若者たちのメンタルヘルスの悪化が浮き彫りになっている。

「状況を改善するには政治と法の規制が必要だ」と、若者や政党の青年部、医療関係者、そしてブロガーやインフルエンサーでもある若い世代からの声は大きくなってきた。自治体や政治家は、過度に加工された広告や整形手術に関する規制にも乗り出し始めている。

「この社会問題をみんなで認識しよう」「まずは政治家が動いて」というのがノルウェーの社会課題の解決法だ。政治家に動いてもらう前にもできることはある。ひとりひとりが日々、自分自身や他人に発する言葉づかいを見直していくだけでも、小さな一歩になるのではないだろうか。ヨルダルさんの漫画にはそのためのヒントが潜んでいる気がする。