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今も「感染者ゼロ」主張 北朝鮮の新型コロナ事情、韓国の専門家はこう読み解く

北朝鮮インテリジェンス
新型コロナウイルスの防疫対策として駅構内の消毒を行う平壌駅の従業員。朝鮮中央通信が2020年8月29日報じた=朝鮮通信

安氏は、新型コロナ感染拡大を巡る北朝鮮の初期対応は「うまくいった」と評価する。「世界に先駆けて昨年1月末に中国やロシアとの国境や空路を閉鎖した。海外との交流が少なく、当局の統制力も強い。初期段階の状況は他の国々よりも恵まれていた」

そのうえで、「だからと言って、北朝鮮でコロナが発生していないということではない」とも語る。その根拠として、中国やロシアとの物流が完全に途絶えていない事実を挙げた。

韓国統一医療研究センター長の安景洙氏

北朝鮮当局は依然、感染者はゼロだと主張している。金正恩朝鮮労働党委員長の実妹、金与正党第1副部長は先月、康京和韓国外相が北朝鮮での感染者ゼロを疑問視した発言にかみつき、「妄言を吐いた」と非難もした。

安氏は「実際に感染者がいるかどうかという問題と、政治的な主張は関係がない。北朝鮮当局が感染者がゼロだとする主張は、北朝鮮の体制の優越性を宣伝するためのレトリックに過ぎない」と説明する。

安氏によれば、北朝鮮には各市に伝染病の管理や行政措置を担う衛生防疫所がある。衛生防疫所で働く衛生医師らが各職場や地域に赴き、「コロナは恐ろしい伝染病だ」と徹底して教育し、手洗いやマスク着用の徹底などを指導している。衛生防疫所はそれぞれ、郊外などに隔離病棟も備えている。ただ、入院費用や食費などは自己負担になるため、感染が疑われる市民たちはほとんどが自宅待機を選んでいるという。
安氏は「当局の指導が徹底しているため、市民も非常に注意深く行動しているようだ」と語る。検査も以前は金正恩氏と接触する可能性がある一部の高級幹部に限られていたが、現在では、地方の主要都市の一部市民も感染の検査を受けているという。

こうした状況を踏まえ、安氏は北朝鮮の実際の感染状況について「数千人の死者が出たという北朝鮮内のうわさを伝えるメディアもあるが、信じがたい。台湾やニュージーランドのように、感染者はかなり少ない状況ではないだろうか」と語る。

平壌で行われたトロリーバス内部の防疫作業。1月4日付の労働新聞(電子版)が掲載した=同紙ホームページから

北朝鮮の国家科学技術委員会は昨年7月、ホームページで新型コロナウイルスのワクチンを開発中だと伝えた。安氏によれば、北朝鮮は過去、がん治療などで様々な新薬を開発したと宣伝してきた。ただ、世界的な評価は高くないという。安氏は「今回も信じがたい話だ。自分が金正恩朝鮮労働党総書記なら、欧米の製薬会社が開発したワクチンを取り寄せろと指示するだろう」と語る。

一方、新型コロナの感染拡大で各国を悩ませているのが、医療崩壊の危機だ。北朝鮮でも医療が崩壊する事態は起きているのだろうか。

安氏によれば、北朝鮮の上級保健従事者は、一般の診療を行う医師、漢方医にあたる高麗医師、伝染病の対策にあたる衛生医師、歯科医師、薬剤師に分類される。このうち、衛生防疫所で働き、伝染病の検疫、行政、宣伝などを担当する衛生医師は数が少なく、新型コロナ対応で忙殺されているとみられるという。日本や韓国の看護師に相当する看護員もいる。すべて女性だ。北朝鮮の看護員は結婚するとほとんどが退職するので、要員が不足気味だという。

新型コロナの治療も含め、実際の診療の多くは、地区の診療所や人民病院の医師らが担う。人民病院は地域単位の「里」から、市、日本の県にあたる道に至るまで設置されている。さらに高級な医療サービスを提供する施設には、平壌にある朝鮮赤十字総合病院や平壌医科大学病院などがある。

平壌医科大学病院本館。安景洙氏が2008年10月に撮影

北朝鮮が昨年10月10日の党創建75周年までに完成させると宣伝していた平壌総合病院は、一般市民に保健医療サービスを提供する施設としての頂点として位置づけられる。金正恩体制は従来、専門病院を多数建設しており、総合病院の建設も以前から予想されていたという。

安氏は平壌総合病院について「地上25階建て前後の大規模な施設だ。昨年10月初めには外観が完成したが、医療用器材の搬入や医療陣の編成が遅れているようだ」と語る。

だが、安氏によれば、建設の遅れは、国際社会による制裁の影響ではないという。「北朝鮮は多様なルートで高級医療機材を手に入れいている。2018年9月に韓国の文在寅大統領夫妻が訪れたこともある平壌の玉流児童病院には、独・シーメンス社製のCTスキャンが設置されていた」

安氏は「コロナ問題が発生したことから、成果をアピールするために、建設を急ぎすぎただけだろう。早ければ数カ月内にも竣工式が行われるのではないかとみている」とも語る。

北朝鮮には、平壌の烽火診療所や南山病院のような特権層だけが利用できる施設もある。安氏によれば、金正恩氏の場合はこうしたいずれの施設も使わず、ロイヤルファミリーだけが治療を受ける場所が別に準備されている。

ただ、国際社会の基準からみれば、北朝鮮の保健医療サービスはまだまだ立ち遅れている。安氏は北朝鮮指導部が保健インフラの改善に力を入れる背景について「劣悪な保健医療が経済成長を阻む原因になると考えたのだろう。医療水準が良くないことは事実だ」と語る。

平壌にある病院内部の薬局。「一人は全員のために、全員は一人のために」というスローガンが掲げてあった。2008年10月、安景洙統一医療研究センター長が撮影

北朝鮮は「無償医療」を宣伝するが、無料なのは診察費だけで、治療薬は患者が市場で自ら購入しなければならない。入院費も有料だし、治療を優先的に受けるためには賄賂も必要になる。一般市民が平壌総合病院で治療を受けようと思えば、居住する地区にある人民病院の医師の紹介と莫大な費用が必要になる。例え、施設が改善されても、実際に保健医療サービスを受けられるかどうかは、全く別の問題になる。

また、安氏によれば、北朝鮮の医師の最低賃金は月給2400ウォン。1ドルの実勢レートが8千ウォン前後で、コメ500グラムくらいしか買えない。ただ、安氏は「月給には意味がない。家族が市場で働いたり、本人が退勤後に自宅でアルバイトの治療活動をしたりする」と話す。

人の生命を扱う仕事なので、北朝鮮でも社会的な地位は低くない。朝鮮中央通信によれば、昨年11月15日に開かれた党政治局拡大会議」で、平壌医科大学党委員会による重大な犯罪行為が厳しく非難された。北朝鮮関係筋によれば、入学や卒業後に配属される病院の配属先などを巡る便宜を図る代わりに、賄賂を徴収していた事実が明らかになったという。

平壌で2021年元日を祝って打ち上げられた花火。大晦日の夜から開かれた夜会には大勢の市民がマスク姿で参加した=「わが民族同士」ホームページから

朝鮮中央通信は今月3日、新型コロナの流入を徹底的に遮断する非常防疫事業をさらに強化していると伝えた。同時に大晦日には金日成広場で昨年に続いて新年のカウントダウンコンサートと花火の打ち上げが行われ、大勢の市民でにぎわった。

北朝鮮市民は今年も、現実と政治の間で翻弄されることになりそうだ。