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度重なる失敗の果てに 北朝鮮のミサイル「ムスダン」なぜ姿を消したのか

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
北朝鮮の中距離弾道ミサイル「火星10」(ムスダン)の試射として朝鮮中央通信が2016年6月23日に配信した写真(撮影日不明)=ロイター

北朝鮮は2007年4月の北朝鮮軍創建75周年(当時)のパレードでムスダンを初めて国内向けに公開した。米国が当時、パレードの衛星写真などから新型ミサイルと断定し、日韓に伝えた。コードネームは、ミサイル発射基地がある北東部・咸鏡北道の舞水端里(ムスダンリ)から取ったものだった。

当時の米側の説明では、ムスダンは、旧ソ連軍が1960年代末に実用化した潜水艦発射式弾道ミサイル「SSN6」を陸上発射型に改良したミサイルだった。スカッド短距離弾道ミサイルを改良したノドンやテポドンとは異なる弾道ミサイルの登場だった。

北朝鮮は2010年10月の朝鮮労働党創建65周年パレードで、初めて世界のメディアにもムスダンを公開し、その後もたびたびパレードに登場した。

だが、発射実験の結果は散々なものだった。北朝鮮は16年4月15日、ムスダンを初めて発射したが、数秒間で空中爆発を起こした。北朝鮮は4月28日に2発、5月31日に1発、6月22日に2発と、次々にムスダンを発射した。このうち、6月22日に2度目に発射されたムスダンは約400キロを飛行。6度目の実験でかろうじて成功した。北朝鮮は10月15日と20日にも各1発を発射したが、いずれも発射直後に爆発。実に8度のうち、7回までも実験に失敗した。

北朝鮮はその後、ムスダンの発射実験は行っていない。今年10月のパレードでも姿を現さなかったことから、北朝鮮はムスダンを廃棄したのかもしれない。

なぜ、ムスダンは異常な頻度で爆発を繰り返したのか。米国が発射直後のムスダンにサイバー攻撃をかけたと報道したメディアもあった。だが、事実を解くカギは、米国のオバマ政権が韓国の李明博、朴槿恵両政権に対して行ったインテリジェンス・ブリーフィングにあった。

米韓関係筋によれば、米国はブリーフィングで、北朝鮮の弾道ミサイルを破壊する極秘の工作を進めていることを明らかにした。北朝鮮には当時、弾道ミサイルに使われる電子装備など、一部の部品を独自に生産する技術がなかった。それらの部品を北朝鮮は欧州などから、使用目的を偽るなどして輸入していた。

米国は北朝鮮向けに輸出されている電子部品の関連書類を片端から調べ上げた。同時に北朝鮮関連の輸出入業者の動向をマークし、メールや電話のやり取りなどを追跡した。

そのうえで、米国は北朝鮮が軍事転用している事実を知らず、かつ信頼が置けると判断した企業については事実を告げ、輸出用の電子部品に誤作動を引き起こすウイルスを混入させた。信頼が置けず、北朝鮮に通報してしまう可能性がある企業には事実を告げず、保税区域などでこっそりウイルス混入作業を行ったという。

同筋によれば、米国はウイルスに感染させた電子部品のリストは保有しているが、部品が北朝鮮のどのミサイルに使われたのかまでは把握していない。ただ、ムスダンの計8回の発射実験のうち、7回までが失敗した結果を見る限り、北朝鮮が手に入れた電子部品の相当数にウイルスを混入することに成功したようだ。

北朝鮮はその後、2017年3月18日、液体燃料を使った弾道ミサイル用の新型「白頭山エンジン」の開発に成功した。このエンジンは、従来の北朝鮮の技術では開発が難しいとされ、ウクライナの工場で製造されたRD250型エンジンに外形が酷似していた。北朝鮮が05年ごろ、ウクライナの軍事科学者を大量にスカウトしたという未確認情報も流れていた。

それにも関わらず、現地で視察した金正恩朝鮮労働党委員長は当時、この実験を「3・18革命」と名付け、「他国の技術を踏襲する依存性を完全に根絶やしにし、名実ともに開発・創造型の工業に確固たる変貌を遂げた」と強調した。

金正恩氏の発言を見る限り、北朝鮮はムスダンの実験失敗の原因について薄々気がついていたようだ。正恩氏の発言は、「これからは、米国に開発の邪魔をされなくて済むようになった」というメッセージを込めたものだったのかもしれない。

「火星14」の試射成功を喜ぶ金正恩氏(右)ら=労働新聞ホームページから

北朝鮮はその後、2018年5月に中距離弾道ミサイル「火星12」、7月にICBM「火星14」、11月にICBM「火星15」と、白頭山エンジンを搭載した新型ミサイルの発射を次々と成功させた。

韓国の独自推計によれば、北朝鮮はムスダンを計40発前後、製造した模様だ。試験に使われなかった残る30発余のムスダンがどうなったのか。おそらくその事実を知っているのは、衛星写真や演習の際の電波情報などを集めて分析している日米韓などの情報当局だけだろう。