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香港の自由はやがて姿を消す 4年間取材した記者が体感した「歯車の逆回転」

World Now
アメリカの独立を訴えたパトリック・ヘンリーの名言とされる「自由を与えよ。しからずんば死を」と書かれたメッセージを掲げるデモ参加者=2019年9月15日、香港、益満雄一郎撮影

昨年以降、香港で反政府デモが続いている。多くの若者たちが民主化を訴えて運動に参加してきた。何が彼らを突き動かすのだろう?

手がかりを求めていた私は今年春、知人の弟の男子中学生(14)に会いに行った。ゲームが好きだという、今時の少年だ。共働きの両親が自宅にいない間に、デモに数回、こっそり参加したことがあるという。

動機を尋ねると「香港の自由を中国から守りたい」と勇ましい。ところで君の求める自由って何? 彼は「グーグルやフェイスブックを自由に使えることかな」と話した。

確かにいずれも中国本土では使用が規制されている。でも、なくても生きてはいけるよ。そんな言葉が出かけたが、彼の世代が置かれている境遇に思いをはせると、その気持ちもよく分かる。

香港国家安全維持法をアピールする政府広告=2020年8月29日、香港、益満雄一郎撮影

中国本土にはない自由を香港に認める「一国二制度」は2047年に期限が切れる。いまの若者はそのころ社会の中核を担う存在だ。だが、期限後の政治体制は全くの未定だ。民主化が後退すれば、中国に完全にのみ込まれる可能性もある。そんな不安の中で生きている彼らは、ささいに見えることでも、自由の制限に敏感になっている。

少年に将来の目標を聞くと、こう言った。「他の国に移住したい」。14歳の少年が生まれ育った土地に見切りをつけざるをえない、社会の悲哀が伝わってくる。あまり年の変わらない息子を持つ親として心が痛んだ。

香港の繁栄を象徴する高層ビル群=2020年7月26日、香港、益満雄一郎撮影

南シナ海に面した香港東部の小さな漁村から8月下旬、若者12人が600キロ以上離れた台湾に密航を試み、中国の海上警察に違法越境の疑いで拘束された。その中には、民主活動家や昨年の抗議デモで逮捕された16歳の高校生らが含まれていた。

「密航を計画していたとは」。出発の様子を目撃した元漁師の男性が驚くのも無理はない。

中国本土にはない自由が保障されてきた香港には1989年の天安門事件後、多くの民主活動家が命がけで逃げてきた。逆に脱出を図った今回の動きは、香港が自由の地ではなくなったことを象徴している。

若者12人が台湾への密航を試みて出港した漁村=2020年9月5日、香港・布袋澳、益満雄一郎撮影

「香港の将来の政治体制は住民投票で決める」。こんな主張を掲げた若者の政治団体「香港衆志(デモシスト)」は6月末の香港国家安全維持法の施行直前、解散に追い込まれた。

初代のリーダーだった羅冠聡(ネイサン・ロー)(27)は英国へ事実上亡命。一方、香港に残った周庭(アグネス・チョウ)(23)は8月に国安法違反容疑で逮捕された。民主化を訴えた若者たちの人生は中国共産党の壁にはね返され、大きく狂った。

記者団の取材に応じる民主活動家の周庭=2020年8月5日、香港、益満雄一郎撮影

一方、共産党を支持する親中派からみれば、180度異なる景色が広がる。

「中国のほうが英国よりも民主的です」。主婦の蔡(49)が私に訴えた。

えっ、どういうこと?

理屈はこうだ。香港では中国返還後、政府のトップを選挙で決めるようになった。選挙制度が親中派に有利な仕組みだという民主派の批判は認めるが、約150年にわたり総督を派遣し、市民にリーダーを選ばせなかった英国よりはるかに民主的じゃないですか。

明日の民主や自由より今日の暮らし――。貧富の格差が大きい香港社会では、中国の経済発展に寄り添うことを望む低所得者層が少なくない。中国式統治との向き合い方をめぐって親中派と民主派が分断を深め、民主主義と権威主義がせめぎ合う。世界の縮図を見るようだ。

失業者など貧困層が暮らす極小アパート。一つの部屋を板で細かく区切って、約20人分の個室を確保している=2020年6月28日、香港、益満雄一郎撮影

角や牙がはえ、悪魔のような顔をした香港行政長官の林鄭月娥(キャリー・ラム)。国安法施行前、デモの現場では、こんな写真や絵が堂々と掲げられていた。

反政府デモのスローガンを唱えるだけで取り締まられるいま、リーダーの風刺に象徴される香港の自由な空気はじわりと姿を消すだろう。香港の民主化の歯車が逆回転を始めた。4年間、香港の取材を経て、私はそう感じている。