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「金正恩氏と無条件で会う」と菅氏 日朝首脳会談に必要な、いくつかの条件

北朝鮮インテリジェンス
官房長官時代、拉致問題担当相を兼務。「UAゼンセン」の松浦昭彦会長(中央)から、北朝鮮による拉致問題の早期解決を求める署名簿を受け取る菅義偉氏=2020年7月10日、首相官邸、岩下毅撮影

■カギは「日本が北朝鮮に経済支援できる環境」

菅氏は9月2日、自民党総裁選への立候補を表明した記者会見で、拉致問題について「金正恩委員長とも条件をつけずに会って、活路を切り開いていきたい」と語った。

一方、北朝鮮が日本に望むのは、国交正常化に伴う巨額の経済支援だ。北朝鮮の外交官だった高英煥(コヨンファン)・元韓国国家安保戦略研究院副院長は「北朝鮮内では、日朝国交正常化に伴い200億ドル(約2兆1200億円)相当の経済支援を期待する声が出ている」と説明する。

日本側の関係筋も、北朝鮮の目的は日本の経済支援にあると指摘。「日朝が、国際的な関心事項である核・ミサイル問題と日朝国交正常化について解決の順番を整理する」ことと「正常化に至るプロセスでの合意」の2つが首脳会談開催の条件になると語る。

平壌を訪問した小泉純一郎首相と金正日総書記が、日朝国交正常化までの道筋を示した2002年9月の日朝平壌宣言から18年。この間、国際情勢は大きく変わった。北朝鮮は06年から6度の核実験を繰り返し、国際社会は厳しい経済制裁を科している。

日本側の関係筋は「まず、核・ミサイル問題が解決して、日本が経済支援できる環境ができなければ、北朝鮮は日朝関係の改善に関心を示さない」と語る。

実際、2018年6月にトランプ米大統領と金正恩氏が会った第1回米朝首脳会談の前、北朝鮮では「米朝関係改善の次は日朝関係だ」という期待の声が膨らんだ。

平壌で2002年9月、初の首脳会談を前に握手する小泉純一郎首相と金正日総書記(代表撮影)

■米朝がしぼみ、日朝も遠のいた

18年4月に板門店で南北首脳会談が開かれた。当時、北朝鮮の国家保衛省第5総局の要員が板門店に集められた。第5総局は「行事総局」とも呼ばれ、最高指導者が参加する「1号行事」の警備・護衛を担当する。第5総局の要員は首脳会談の前後に現地で合宿生活を送った。

その際、平壌近郊の南浦からきた要員が口をすべらせ、周囲に「今、日本人2人の身辺資料を改めて整理している」と漏らした。国家保衛省は日本人拉致被害者の管理を担当している。この情報をもたらした北朝鮮関係筋は当時、「日朝首脳会談が近いとみて、北朝鮮が事前に準備を始めていた証拠の一つ」と語った。

一方、米朝会談から間もない18年6月19日、金正恩氏は北京で中国の習近平国家主席と会談した。習主席は「これから日本人拉致問題が、必ず解決しなければならない問題として浮上する。日本との関係も避けて通れないだろう」と述べ、日朝関係の展望について尋ねた。金正恩氏は「ご指摘の問題は理解している。ただ、今はまだその時期ではない」と答えたという。

正恩氏は当時、第1回米朝会談の成功を受け、核・ミサイル問題の解決にめどがついた時点で、日朝関係改善に乗り出すと考えていたとみられる。

だが、第1回米朝首脳会談終了後の18年7月に行われたポンペオ米国務長官の訪朝の際、核・ミサイル問題を巡る米朝間の思惑の違いが露呈。協議が進展しなくなったことから、北朝鮮内で日朝関係改善に備える動きが急速にしぼんだという。

2018年6月、シンガポールで行われた米朝首脳会談で記念撮影に収まる金正恩朝鮮労働党委員長とトランプ米大統領=朝鮮通信

■「『無条件で会談』だけでは最高指導者は動かない」

日本は今後、国交正常化への道筋をどう描くべきだろうか。

日本側の関係筋は「まず、日米で核・ミサイル問題を解決するプロセスを練り、そのなかに日朝国交正常化のプロセスを組み込むべきだ」と語る。

実際、6者協議が2017年2月に北朝鮮核問題解決のプロセスで合意した際、日朝国交正常化の作業部会が設置された。日本政府は当時、「核問題解決の際、日朝国交正常化を同時に行う」という戦略を立てていたという。6者協議の枠組みが事実上崩壊している今、少なくとも日米間で新たな戦略が必要になる。次に、日朝首脳会談開催のための第2の条件である「日朝間での正常化に至るプロセスでの合意」が必要になる。2002年の日朝平壌宣言は事実上、核・ミサイル問題と日本人拉致問題、過去の清算を経て正常化に至るという道筋を示していた。

このうち、日本人拉致問題については14年に拉致被害者らの再調査などを含むストックホルム合意が成立したが、16年に合意は崩壊した。北朝鮮当局者らは、金丸信元自民党副総裁の次男、金丸信吾氏が訪朝した際に「日本側が中間報告を受け取ることを拒んだから合意が実現しなかった」と証言したという。

日本側の関係筋によれば、当時、外務省は「不完全でも中間報告を受け取り、不備を追及することで交渉をつなげるべきだ」と主張したが、首相官邸などの「受け取れば、北朝鮮の主張を認めたとして世論から厳しい批判を浴びる」という慎重意見が上回ったという。

拉致被害者が生存していても、所在地は北朝鮮になる。北朝鮮が調査する意思を失えば、それ以上追及する手段がない。日本政府は「拉致被害者の目撃情報」を北朝鮮に示す方法を取ったが、北朝鮮を納得させられなかった。

日本側関係筋の一人は「少しでも日本が納得できる結果を出すため、北朝鮮単独ではない日朝共同調査を行うべきだ。その拠点として北朝鮮に連絡事務所を置くのもひとつの案だろう」と語る。

また、ストックホルム合意を巡る日朝協議の際、北朝鮮は日本政府が認定する拉致被害者12人以外に、警察が「拉致の可能性が排除できない」として調べている800人以上の行方不明者の調査に難色を示していた。朝鮮中央通信は2019年9月の論評で、日本で最近、「北朝鮮に拉致された可能性を排除できない特定失踪者」が相次いで発見されたとして、日本の対応を批判する論評を報じた。改めて、どう扱っていくのか、日朝間で協議が必要になる。

そして北朝鮮が、国交正常化すれば「間違いなく経済支援を得られる」という確信に至る必要がある。

02年9月に日朝平壌宣言が発表された当時、「年末までに国交正常化して100億ドルを支援という密約があった」といううわさが流れた。交渉当事者らはすべて否定したが、外務省内でも当時、「正常化までには数年単位の時間が必要だ」と動揺する声が上がったという。

北朝鮮側の関係筋は「もちろん、日朝平壌宣言の文言だけで金正日総書記がサインする気になったのではない」と語る。「少なくとも、平壌宣言が発効すれば、国際的な投資が加速するのは間違いないという報告はしたし、それが金総書記を説得する材料のひとつになった」と証言する。

北朝鮮は独裁体制のため、最高指導者が国交正常化に踏み切る決断をしなければ、日朝首脳会談への道は開かれない。北朝鮮側の関係筋は「無条件で会うというだけでは意味がないし、金正恩委員長を説得することはできない」と語った。