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じわり広がる町中華人気 「探検隊」が教える、この奥深き世界の魅力

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味を堪能した店の前で記念撮影する「町中華探検隊」のメンバーたち=北尾トロさん提供

――北尾さんは数々の「町中華」を食べてこられましたが、本場・中国の味を受け継いでいる店も少なくないそうですね。

はい、あります、あります。戦後都内にできた本格的な中華レストランで修行をしてから独立した町中華を、いくつか知っています。その一つが、荻窪にある「徳大」というお店です。以前、おやじさんからお話を伺ったとき、自分たちはちゃんと中華の修業をして、出汁も本格的に取っている、化学調味料でごまかすような店じゃないよって話していました。徳大はチャーハンが有名なんですが、それ以外も何でも美味しかったなあ。わざわざ人気店がひしめく荻窪で店を開いて、レベルの高いところで勝ち残りたい。そういうおやじさんでした。 

町中華の中には、満州から引き上げてきた方が大陸で覚えた味を売りに立ち上げた店も結構あります。広東料理は戦前から日本に入ってきており、横浜の中華街にも多いんですよ。それから、台湾のコックさんもけっこう来ていました。戦後の混乱期はちゃんとした料理の修業なんてそうはしていませんから、まあ経験があればまだ良い方だったのかもしれませんね。最初は中国の料理人を雇って、経営だけをやっていたけれど、後から調理法を教わったという町中華の店主も多かった。そうする中で、日本人の舌にうけるように徐々に変わっていったのが、いまの町中華の味を形作っている、というのが僕の考えです。 

「町中華探検隊」隊長で、ライターの北尾トロさん=本人提供

――本場の中国料理に比べると、日本の町中華はソースギトギトだったりして、B級グルメに近い印象ですが。 

そうですね、もっと庶民的で、下世話な味というのでしょうか。安くて、お腹いっぱいになる。品の良い町中華というのは、矛盾した存在だと思います。人気店だったのに、代替わりしたタイミングで高級志向になってしまったり、何でも作るのではなくラーメン専門に寄せてみたり、そういう店も少なくありませんが、たいがい流行っていません。その辺はお客さんも分かっていて、人気が出ても一時的なもので、必ず淘汰されていきます。 

――最近、町中華は、日本を訪れる中国人観光客たちにも人気を広げているそうですね。

たとえば、上野・アメ横の町中華には、海外から来た人がよく行く店があって、いつも中国の人たちでいっぱいです。おそらく口コミで美味しいと評判が広がったのだと思いますが、自分たちの国にはない味を食べたい、日本式のラーメンが食べたいという人たちですね。経営者の方々も同じ中国にルーツがあって、その辺にもなじみがあって、どこか本場の人も納得できる味になっているんだと想像します。だから、私たち日本人が海外で寿司のカリフォルニア巻きを楽しむのに近い、面白がり方をしているのかもしれませんね。 

――北尾さんは著書の中で、「美味しすぎないのも町中華の魅力の一つだ」とお書きになっていますね。

美味しいというのは非常に主観的なものじゃないですか。美味しさは一人ひとり違うし、地域性とかお客さんの職業も関係してくる。例えば、ブルーカラーの多い店では、ちょっと塩辛い味がうける。その店がそれなりに繁盛して何十年も生き残っているのは、何らかの理由があるのです。それを、僕たちの舌だけで、あそこはまずいとか美味いとか、そういう評価の仕方って、僕から見るとつまらない。どうして、こんなにまずいのにこの店は生き残っているんだろう。そんな風に考えた方が面白いんです。星をつけて評価するグルメサイトが花盛りですが、僕はあえて、そういう評価をする人が無視するような、何てことのない店を評価していきたいと思っています。 

味を堪能した店の前で記念撮影する「町中華探検隊」のメンバーたち=北尾トロさん提供

――「町中華」とはそもそも何でしょう? 自著では、「昭和以前に開業」「1000円以内で満腹」「多様なメニュー」「マニュアルがない」「店主が個性的」といった特徴を上げていますが。 

町中華って、日本の戦後史の中で、経済状況やいろんな事情をもろに受けながら独自に発展してきたジャンルなんですね。まず町中華の人は、正直なんです。格好をつけない。しっかり商売して、しっかり稼いで儲けたい。それにはお客さんを喜ばせたいから、場合によってはリクエストにもじゃんじゃん答えます。カツ丼ある? カレーある? と聞かれれば、どんどん中華の枠からはみ出していきます。 

味付けということで言えば、戦後間もない頃は素材の調達も大変でしたし、それぞれ独自のやり方だったと思いますが、昭和30年代になって化学調味料、いわゆる今風に言えば「うま味調味料」が出てきて、画期的に変わりました。あれを使えばコクが出て、なんとなくそれらしい味になると、全国的に広まって味の均一化が図られたのです。いまの40代以上は子供の頃から、その味付けに慣れ親しんでいますから、町中華は店主が代替わりしても、極端に味付けを変えません。へたに変えると、ずっと通っている常連さんに怒られちゃうからです。これがけっこう激しく怒られるそうです、「ダメだ、こんなんじゃ」「勝手に変えるんじゃない」とか。とはいえ、健康志向に合わせて塩分や化学調味料を減らしたい。だから、店側もお客さんにばれないよう、何年もかけて少しずつ味付けを変えていくそうです。 

北尾トロさんも通った、東京・荻窪の町中華「中華徳大」のご主人、青柳禎一さん。中国人料理人の本格中華飯店で修行し、1974年に独立して自分の店を構えた=2020年7月、玉川透撮影

――北尾さんが2014年に立ち上げた「町中華探検隊」は、いま何人ぐらいになっているのですか? 

もう90人ぐらいですね、男女比は男性約7割、女性約3割、という感じです。普段は会わないので、LINEとかでゆるくつながっていて、みんなでこういうお店があったよと、情報をネットにアップしたり、ブログを書いたりしています。最初は20~30人の規模だったので、それぞれお目当てのお店で食べてから、喫茶店に集合して報告し合うということをやっていたんですが、ある時期からもうそれじゃ裁けない人数になっちゃって。いまは年に数回、忘年会とかで会うぐらいですね。 

会員の情報で最近分かったのは、大盛りブームですね。大盛りの好きな会員が熱心に調べています。20代、30代の若いお客さんも徐々に増えているようですね。そういうのを見ると、ああ、この店あと10年は持つな、とうれしくなります。 

――どうして今、若い層に、町中華の人気がじわじわと浸透しているのでしょうか。 

まだ一部のファンだとは思いますが、都会を中心にそういう現象が起きているようです。彼らはもともと町中華に対して、「おっかない」というイメージがあって、そういう店に足を踏み入れたことすらないんですね。昼からビールを飲んでいるおっちゃんたちにからまれたくないとか、たばこの煙が嫌とか。それに、今の若者は「ハズレ」を極端に怖がる。損したくないんですね。チェーン店ならどこで食べてもハズレがないでしょう。でも町中華は一軒一軒が個性的です。お世辞にも外観はきれいじゃないし、若者から見たら期待できない。そういう店は端っから無視してきたわけです。ところがメディアで取り上げられるようになって、「町中華」というジャンルが確立すると、いっぺん入ってみようかなという人が現れた。それで、「なんだ、これは!」となる。酒も飲めるし、安くて何でも食べられるし、メニューも豊富で、量を半分にしてくれとか融通もきくじゃないか、と。 

彼らが今見ているのは、全盛期の町中華ではないので、経営者もたいてい高齢化しています。かつての荒々しさが丸くなって親戚のおばあちゃんの台所の延長みたいに、居心地の良さがあるのでしょう。そういう面白い場所なんだと認知されてきて、口コミやSNSで広がっているのだと思います。 

――ただ、残念なことに町中華は次第に減っているようだと、北尾さんは著作の中で心配されていますね。 

統計データがあるわけではないので、あくまで肌感覚ですが、減ってきているのは間違いありません。戦後の儲かっていた時期は、本店からのれん分けされて小さな店同士の結びつきがあったのですが、バブルが弾けた1990年代の頃でしょうか、新規参入が目に見えて減りました。今経営している町中華の多くは、家族経営で、持ち家率も高い。家賃に追われて必死にやっているというよりは、お客さんが友達だし、厨房にいる方が居心地がいい、止めると退屈だから続けているというお店がけっこう多いです。 

ただ、後を継ぐ人たちはこのままじゃ町中華はいつか廃れてしまうという危機感は持っていて、変えようとしています。基本的なことでいえば、メニューや値段の見直し、内装をきれいにしたり、禁煙にしたり。これから何十年も先を見据えて、設備投資を真剣に考えている店もあります。 

東京・荻窪の町中華「中華徳大」の人気メニュー、野菜たっぷりそば。女将さんのリクエストで、ご主人の青柳禎一さんが作った=2020年7月、玉川透撮影

――新型コロナウイルスの感染拡大で、外食産業は大打撃を受けています。町中華は大丈夫でしょうか?

影響は小さくないと思います。ただ、思いも寄らなかった効果もあるようです。町中華のお客さんの中には、高齢者の「おひとりさま」がけっこう多いんだそうで、コロナの影響でそういう方が店に来られなくなっています。だから、おおっぴらには出前をしていないけれど、気の良いおやじさんが長年の付き合いがあるお年寄りのところに持って行ってあげていると聞きました。町中華がライフラインになっているんです。私が話を聞いたある店主さんは、一言二言、出前のついでに声をかけてあげて、生存確認にもなるって言っていました。しばらく連絡がないと、こっちから様子を見に行ってあげたり、なんだかお巡りさんみたいでしょ。古くからやっている個人営業のお店の情報網は大したものです。コロナ禍をきっかけに、町中華のオアシス的な役割が再注目されるといいなと思います。

私自身は、町中華をひとつの「エンタメ空間」とみています。ライブハウスみたいなものです。厨房が丸見えで、そこがステージ。カウンター席がアリーナですね。いま町中華は流行っていますが、それが簡単に消費されてしまって一時期のブームで終わらずに、ちゃんとお客さんが付いていって欲しいなと願っています。

北尾トロ 1958年、福岡県生まれ。ライター。仲間と一緒に「町中華探検隊」を2014年結成、超高齢化の荒波にさらされて滅亡の危機にある町中華(個人経営の大衆的中華料理店)の研究・記録を続けている。活動をまとめた共著に『町中華探検隊がゆく!』(交通新聞社)、『町中華とはなんだ~昭和の味を食べに行こう』(角川文庫)など。町中華の戦後史をまとめた単著に『夕陽に赤い町中華』(集英社インターナショナル)がある。