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コロナ後は「ニューノーマル2.0」 世界経済の景色は一変する

World Now
モハメド・エラリアン氏=2014年9月、米カリフォルニア州ニューポートビーチ、畑中徹撮影

モハメド・エラリアン Mohamed A. El-Erian 国際通貨基金(IMF)エコノミストなどを経て、2007年に米国の大手債券運用会社ピムコの最高経営責任者(CEO)に就任。「債券王」と呼ばれた同社創業者のビル・グロス氏と共同で、資産運用を担った。14年3月にピムコCEOを辞任し、ドイツの金融大手アリアンツのチーフ・エコノミック・アドバイザーに就任した。リーマン・ショック前年の07年、著書「市場の変相」の中で、その後のグローバル金融危機を含む世界経済の構造転換を予測したことで知られる。リーマン・ショック後の09年、これからの世界経済について、景気回復を果たしたとしても以前のような状態に戻らないとする「ニューノーマル」の概念を提唱。景気循環論でとらえられない時代の到来を訴え、この言葉は世界で流行した。英オックスフォード大経済学博士。61歳。

――新型コロナウイルスの感染拡大は、世界経済に大きな打撃を与えています。経済危機としての性質は違うかもしれませんが、2008年9月のいわゆるリーマン・ショック以降の世界的な経済危機よりもショックの度合いは大きいとみていますか?

今回のコロナウイルス・リセッション(景気後退)と呼ぶべきものは、2008年のグローバル金融危機以降に起きたグレート・リセッション(the Great Recession)よりも悪いものです。それより、もっとひどいものになるでしょう。ショックによる余波が長期間にわたって続くとみられることや、経済復興は必ずしも迅速なペースでは進まないことなどから、そう考えています。

新型コロナの感染拡大による経済危機は、世界経済の大部分の活動を、唐突かつ急激に停止させました。ストップしたのは、経済活動において間違いなく重要なシステムでした。さらに、08年以降のグローバル金融危機とは異なり、世界の中央銀行がすぐに対応できないタイプのショックでもあります。また、健康に直接関わる問題でもあったために、人びとの恐怖心を引き起こし、悪影響を増幅させることになりました。

市長令で定められた1.8メートル以上の距離を保ちながら食料品店に並ぶ買い物客。全員がマスク姿だった=4月2日、米ニューヨーク、藤原学思撮影

一方、経済活動というものは、電子機器や家電製品などのスイッチを入れ直すようにしては、簡単に再開することができません。再開へのプロセスは思いがけないほど曲折を伴います。しかも、そのプロセスはグローバルな政策協調があるわけではなく、欧州のそれぞれの国家ごと、米国も単独で、というかたちで進められています。

■需要と供給が同時に破壊された

――新型コロナの感染拡大が引き起こす経済危機には、どのような特徴があるのでしょうか。当初からよく指摘されているのは、今回は需要だけでなく、供給にも甚大な影響が出ているということです。

そうです。新型コロナが引き起こした突然の経済的混乱が非常に衝撃が大きいと考えている理由のひとつは、需要と供給のそれぞれがおさえこまれ、多くのケースでは同時に破壊されてしまっていることです。

さらに特筆すべきことは、経済活動がいきなり停止するようなことはこれまで多くの先進国はほとんど経験したことがなかったということです。まして、それが世界規模で起きたのです。このような事象は財政破綻した国家や脆弱な国家、大きな自然災害の被害に見舞われた国家でしか起こりえない現象でした。

新型コロナウイルスが広がった初期段階における公衆衛生面での対策は、人々の命を守るためには欠かせないものでした。しかし、これは結果として経済情勢を悪化させることにもつながりました。

高級ブランド店などが並ぶ「五番街」。日曜にもかかわらず、車も人もまばらだった=4月12日、米ニューヨーク、藤原学思撮影

いわゆる「ソーシャルディスタンシング」(社会的距離の保持)や都市封鎖、隔離といった措置は、経済成長、雇用維持、金融の安定にとっては逆効果であるからです。近代の経済や政府は、「つながり」「統合」をもとにつくられてきました。しかし、人命を守るために講じられた感染症対策は、その結果において経済部門におけるつながりというものを、次から次へと断ち切っていくことになります。こうして、「脱グローバリゼーション」「脱リージョナリズム」(地域的な経済統合に逆走する動き)の流れが加速するなかで、国家や地方レベルでの大きな経済封鎖が起きました。

■低成長・格差拡大、状況のさらなる悪化も

――08年のグローバル金融危機が引き起こした景気後退の後、あなたが「ニューノーマル」という概念を提唱したことはよく知られています。今年、このような形で到来したコロナウイルス・リセッションによって、あなたが提示した「ニューノーマル」の段階も終わり、世界経済は新たなステージに入っていくのでしょうか?

今回のコロナ・ショックでは、各国の政府がただ世界的な不況との戦いに打ち勝つというだけでなく、持続可能で、経済成長の恩恵が広く行き渡る「包摂的な成長」(inclusive growth)を実現させることに焦点をあてないと、私たちはさらに悪い状況に陥ってしまう危険性をはらんでいます。

すなわち、私がニューノーマルという言葉であらわした低成長が続く状態に比べてもっと低い成長しかできず、世界の中央銀行は量的緩和政策などを通じた人為的な金融の安定を一段と迫られることになる。さらには、多くの国において「収入・富・機会」の三つの不平等がもう一段拡大することになるでしょう。こうした状況に陥ってしまうと、これまで以上に世界の不安定さが増幅するほか、さまざまなショックに対してもろくなってしまう。ただ、一方で、よい知らせがあるとすれば、さらに悪化しかねない情勢に対処するための政策的手段を、いまの私たちは持っているということです。

人影が消え、車もまばらな米ニューヨーク市中心部のビジネス街=3月25日、江渕崇撮影

――世界各国の政府は、この景気後退の衝撃をできるだけ和らげるためにどのような手立てがとれるのでしょうか。

何よりもまず、成長率に対する下向きの圧力に立ち向かうことが必要になるでしょう。これは、労働生産性と資本生産性の両方を改善するような基本的な構造改革を伴います。家計の不安の高まりがもたらす需要低迷のリスクに対処し、社会的なセーフティーネットを整備することも求められます。そして、真の意味での金融の安定を確立すること、それぞれの地域やグローバルな経済・金融インフラの弱さを克服することなども必要になるでしょう。

■「ニューノーマル2.0」の時代へ

――あなたが以前定義したニューノーマルの時代を経て、コロナ後の時代を見据えた場合、その世界をどう名付けますか。最近、あなたは、米メディアで、”the new,new normal”と表現されているのを見たことがあります。

では、「ニューノーマル2.0」と呼びましょう。

――「ニューノーマル2.0」はどんな時代のことをいうのでしょうか。

今回のコロナ・ショックはグローバル経済のあり方を大きく変え、脱グローバリゼーションの流れや、地域の統合に逆らう脱リージョナリズムの動きが勢いを増し、海外拠点を減らすなど世界規模で生産のあり方を見直す動きが出てくるでしょう。

このショックに直面する前まで、政府や企業は費用対効果と効率性を追い求めてきたが、これからは「リスク回避」と、いわゆる「レジリエンス」(困難な状況に直面したときに発揮できる強靱さや回復力)の管理に重きをおくような戦略に転換せざるを得ないでしょう。そうなると、このコロナ・ショックから回復したときに私たちが目にする世界経済の光景は、まったく違ったものになるはずです。それが、「ニューノーマル2.0」と呼ぶ世界です。

■「包摂的な成長」の実現を

――コロナ・ショックによる世界経済への打撃の深刻さは、引き続き毎日のように伝えられています。このような経済・社会危機を前にして、私たちは将来に希望を持つことはできますか。

希望は大いにあると考えます。私たちが、急速に世界的に広がる健康を脅かすウイルスにひとたび打ち勝てば、私はそれができると思いますが、「コロナ後」の世界がどうなるかということは、まだ何も決まっていません。私たち自身が、どのような社会のあり方がよいのか、いまから選択していけばよいのです。それは世界すべての政府、企業、個人のあり方に関係することです。

一方で、忘れないでいただきたいのは、私たちは08年以降のグローバル金融危機とその後の景気後退との戦いに勝ち、そこから抜け出すことができました。しかし、包摂的な成長を実現することには失敗しましたし、本当の意味において金融を安定化させるまでには至っていません。いまの危機に立ち向かううえでこのような失敗を繰り返さないことは、きわめて大事なことだと考えます。