299人が亡くなり、今も5人が行方不明となっている韓国のセウォル号沈没事故から6年を迎えた先月、ドキュメンタリー映画「幽霊船」(キム・ジヨン監督)が韓国で公開された。新型コロナウイルス感染症のため劇場の観客が激減しているなかで観客数2万人を超え、話題となっている。
「幽霊船」は、2018年に公開され、観客数50万人を超えるヒットを記録したドキュメンタリー映画「あの日、海」(キム・ジヨン監督)のスピンオフとして製作された。「あの日、海」はセウォル号の沈没原因を推測する内容だったが、その中で、航路の記録データがねつ造された可能性を指摘していた。そのねつ造の詳細を調査したのが、今回の「幽霊船」だ。
映画は冒頭、アニメーションで始まる。その内容は、ある中国の業者のもとへ、セウォル号事故後、「誰か」がデータのねつ造を依頼しにやってくる。中国の業者は、ねつ造したデータを渡した後に、削除すべきデータを削除し忘れたことに気付いて焦る、というものだった。「誰か」は、おそらく韓国政府関係者だろう。ただ、アニメーションなのは、これが仮説だからだ。いかにこの仮説を立てたかが、緻密なデータ分析によって明らかになる。
ポスターには、「中国の都心に浮かぶ幽霊船」と、ある。韓国政府が保管していた航路の記録データには「あり得ない」データが多数見つかった。その中にはスウェーデンの船舶で、航海位置が海ではなく、中国の深圳市の街中というものも含まれていた。まさに「幽霊船」。これはねつ造の痕跡であり、「削除し忘れた」と推測する根拠だ。
映画「幽霊船」を作った理由を、製作者のキム・オジュン氏は「『記憶』の代わりに『記録』を作ろうと思った」と話している。キム・オジュン氏は韓国で人気の言論人で、「その日、海」の製作者でもある。両作品ではできる限り感情を排し、科学的に分析することを徹底している。
セウォル号事故に関してはいまだに疑問点が多く指摘されており、キム・ジヨン監督やキム・オジュン氏は、「幽霊船」で指摘したデータねつ造について、今後の検察の捜査を呼びかけている。
一方、日本では今年、セウォル号事故の遺族を描いた映画「君の誕生日」(イ・ジョンオン監督)が公開される予定だ。韓国では昨年4月に公開された。主演は、ソル・ギョング、チョン・ドヨン。セウォル号事故で亡くなった高校生の息子の誕生日をめぐり、葛藤する夫婦を中心に描いた。
息子スホ(ユン・チャンヨン)の誕生日を、スホの友達や親戚たちと一緒に祝い、スホの思い出を分かち合いたい夫ジョンイル(ソル・ギョング)と、スホの死を受け入れられず、それを拒む妻スンナム(チョン・ドヨン)。
イ・ジョンオン監督自身、セウォル号事故の遺族に寄り添うボランティア活動を続けるなかで、実際に見聞きしたり、経験したことを土台に「君の誕生日」を作った。事故そのものの描写はなく、遺族の心情の変化を丁寧に追っている。
セウォル号事故直後、私も新聞記者として現場近くで取材した。当時、韓国政府の発表は二転三転し、韓国の主要メディアの報道も現場の状況と乖離があった。後に政府の報道への介入があったことが明らかになっている。「その日、海」や「幽霊船」で指摘されているねつ造があったとして、政府は何をそんなに隠そうとしたのか、いまだによく分からない。
現場近くで待つ乗客の家族らは政府やメディアに対する不信感を募らせ、当時はほとんど話を聞くことができなかった。「君の誕生日」は、そんな、事故当時ほとんど報道されなかった家族らの思いを伝えてくれる。遺体の身元が確認されるたびに聞こえてきた家族の嗚咽は、私にとってもトラウマとなっていたが、この映画でいっぱい涙を流した後、少し救われた気がした。