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期待集めた病院船に起きた予想外の事態 新型ウイルスで米海軍も苦境に

ミリタリーリポート@アメリカ 更新日: 公開日:
米海軍の病院船「マーシー」で始まった患者の受け入れ(写真:米海軍)

■期待を裏切った病院船

前回の本コラム(新型ウイルスとの戦いに投入された米海軍の病院船とはどんな船か)で紹介したように、米海軍は新型コロナウイルスの感染拡大にあえいでいるロサンゼルスとニューヨークでの医療態勢を補強するため、病院船マーシーとコンフォートを派遣した。病院船はそれぞれ1000床のベッド数を誇り、先端医療設備も整っており、1000名以上の海軍関係の医療スタッフも乗り組んでいるため、ロサンゼルスやニューヨークの新型ウイルス感染者以外の病人を収容することにより、両市の医療態勢を支援することが大いに期待されていた。

ところがニューヨークで医療活動を開始したコンフォートでは、市内の病院から搬送して船内で治療を進めようとしていた患者(新型肺炎患者ではない)数名(5名以下とだけ発表されている)が新型コロナウイルスに感染していることが確認された。

病院船内で「院内感染」が発生してしまうという最悪の事態を避けるため、それらの患者を市内の病院に再搬送するとともに、関与した人々の隔離も開始した。そのため、コンフォートでの支援活動は出足をくじかれた形となってしまった。

ただし、その後コンフォートでの患者受け入れは再開され、4月16日現在で、これまで船内で治療した患者はICU病床の患者30名を含め120名、そのうち50名は退院しているとのことである。

米海軍海上輸送司令部の病院船「マーシー」(写真:米海軍)

一方、ロサンゼルス港に着岸して市中の病院から患者を受け入れて支援活動を実施しているマーシーでは、受け入れた患者ではなくサンディエゴから乗り込んできた乗組員の中から新型コロナウイルス感染者が発生してしまった。

それら7名の感染者たちは、サンディエゴの海軍病院とサンディエゴ郊外の海兵隊ペンドルトン基地にある海軍病院からマーシーに派遣されたスタッフであり、マーシー乗船以前に感染してロサンゼルス到着後に感染症状が出たものと考えられる。

あわせて116名のスタッフがマーシーから下船して検疫隔離に入り、20名の受け入れ患者と1000名以上の海軍要員を乗せたマーシー自体でも2週間の検疫停留が実施されている。このため、3月29日(現地時間)から支援活動が開始されたにもかかわらず4月下旬まで病院船マーシーの活動は中断せざるを得なくなってしまった。

■多くの米軍艦内で感染者

新型コロナウイルスに苦しめられているのは病院船だけではない。作戦行動中や出動準備中であった米海軍艦艇のうちの数隻でも感染者が発生している。

米海軍艦艇内で発生した感染者の情報は、米海軍そして米軍当局にとっては作戦行動を阻害しかねない場合も生ずる。したがって、感染者関連情報を公開することは、現在は、国防長官命令によって禁止されている。(ただし、米海軍関係者全体の感染情報は国防総省によって公開されている。)

しかしながら、このような命令が発出される以前は、各艦艇や艦隊司令部などによって比較的自由に感染者状況が発表されていた。そのため、すでに10隻以上の米海軍艦艇で新型コロナウイルス感染者が発生し、それらの軍艦の作戦行動が制約あるいは中断されていることが明らかになってしまっている。

それらの中でも最も深刻なのは空母セオドア・ルーズベルトにおける大量の感染者発生だ。南シナ海における対中国牽制作戦(FONOP:公海での航行自由維持のための作戦)を実施していた空母打撃群の旗艦であるセオドア・ルーズベルトは70機以上の各種航空機を搭載し、およそ4800名の将兵が乗り組んでいた。

原子力空母セオドア・ルーズベルト(写真:米海軍)

その巨大な軍艦の中で、3月22日から23日にかけて乗組員3名の新型コロナウイルス感染が確認された。そして25日には更に5名の感染が確認された。セオドア・ルーズベルトはグアム島の米海軍基地に急行するとともに、感染者は航空機でグアムに後送された。

日本でのクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号での感染拡大の事例もあったため、セオドア・ルーズベルト艦長ブレット・クロージャー大佐は最少の保安要員以外の全ての乗組員を下船させて陸上で隔離することを望んだが、トーマス・モドリー海軍長官代行をはじめとする海軍首脳との調整は難航した(昨年11月にリチャード・スペンサー海軍長官はトランプ大統領によって解任されていたので、モドリー長官代行が米海軍のトップであった)。

ところが、クロージャー艦長が各方面に発した電子メールが3月31日に米メディアに流出してしまったのをきっかけに、海軍首脳もセオドア・ルーズベルト乗員の下船と検疫隔離を承認せざるを得なくなった(4月1日)。しかし、電子メールを多方面に送信したとの理由で、クロージャー大佐は艦長職を解任された(4月2日)。ただし、セオドア・ルーズベルト乗組員や多くのメディア、それに海軍内部からもこの解任人事を巡って批判や疑義が噴出したため、モドリー海軍長官代行は辞職に追い込まれた(4月7日)。

このように、アメリカ海軍が誇る原子力空母で発生した新型コロナウイルス感染事案は、米海軍内部統制の混乱を曝け出し、海軍トップが辞任に追い込まれる事態にまで発展してしまったのだ。4月27日現在、4800名に上るセオドア・ルーズベルト乗務員の下船とPCR検査が完了し、これまでのところクロージャー大佐を含む955名の乗組員の感染が確認され、1名が死亡している。

原子力空母セオドア・ルーズベルトから下船する乗組員たち(写真:米海軍)

以上のように空母セオドア・ルーズベルトは約70機の航空機を積載したまま完全に戦列を離脱してしまったが、新型コロナウイルス感染のために緊急出動が不可能となってしまっている米海軍空母はセオドア・ルーズベルトだけではない。横須賀を母港としているロナルド・レーガン、シアトル郊外のブレマートンで出動調整中であったカール・ビンソンとニミッツの3隻の乗組員にも感染者が発生している。

■実質的な戦力低下が避けられなくなった米海軍

4隻の空母以外にも、数隻の駆逐艦などで新型コロナウイルスの感染者が発生しているため、米海軍当局は軍艦内部でのこれ以上の感染を防止するために、出動前の軍艦に対する厳格な予防手順を定めた。

すなわち、全乗組員は出港する直前の2週間は艦艇内部で準備作業に従事し上陸を禁じられ、外部との接触を完全に断つようにする。そして、その期間内に感染症状を示すものが発生しなかった場合には、その軍艦の出動が許可される、という「予防的検疫停留」措置である。

この予防規則によると2週間の予防的検疫停留をクリアした軍艦だけが出動可能になるため、予防的検疫停留を実施していない軍艦に緊急出動の必要が生じても、即刻出動(通常ならば強襲揚陸艦のように海兵隊部隊、各種航空機、水陸両用車両や戦車などの戦闘車両を積載する必要がある軍艦でも2日以内には出動しなければならない)することができず、最短でも2週間後にしか“緊急出動”ができないことになってしまう。

したがって、真の意味での緊急出動態勢を確保しておくためには、メンテナンスや乗員の基礎訓練が完了して出動態勢にある軍艦は、常に2週間の予防的検疫停留を実施しておき、その後も出動命令が発せられるまでは総員の上陸を禁止し、埠頭に係留された状態での待機を維持しなければならなくなる。しかしながら、このような状況で出動した場合、すでに乗組員の疲労が蓄積されており士気も低下していることが予想されるので、米海軍の戦力は大きく低下せざるを得ないことになっているのだ。