ダイヤの中をルーペでのぞき込むと、桜の花びらの模様が浮かんでいました。
神奈川県厚木市にある工房「創作ダイヤモンドこころ」。デザイナーの黄金井(こがねい)弘行さん(67)はこれまで、「心(ハートマーク)」や「四つ葉」「クロス(十字架)」といった模様が見える独自のダイヤを生み出してきました。個性的なデザインですが、偶然の発見がきっかけになったといいます。
黄金井さんは1974年に大学を中退してダイヤの買い付けや加工を手がける企業に就職。ある日、自分が手がけたダイヤを見ていた取引先から「中にハートがある」と言われました。
まさか、と思い裏側から見てみると確かに8個のハートが集まっているように見えました。逆に正面から見てみると、8本の矢の模様が浮かんでいました。
そのダイヤは面の加工精度を通常の「60分の1」までこだわった特注品でした。一般の客にも受け入れられると思い、黄金井さんは会社の営業部署に相談しましたが、「売れるわけがない」と一蹴されます。ダイヤは肉眼で楽しむもので、輝きがよければいい、というのが理由でした。
ところが、90年代に入るとバブルが崩壊。海外企業との競争も激しくなり、ダイヤの販売は伸び悩みました。当時も今も、業界内では「ラウンドブリリアントカット」と呼ばれる58面、または57面のダイヤが「最も美しい」と見なされ、流通の大部分を占めていますが、黄金井さんは「海外にはない、オリジナルの形を作らないと生き残れない」と考えるようになりました。
08年のリーマン・ショックで再び業績が悪化したころに、一緒に働いていた数人の職人と退職。自身でダイヤのカット専門会社を立ちあげましたが、そのときに思い返したのが模様の見えるダイヤです。
まず、「日本人にとって古里のように身近な存在」である「桜」の模様をつくることにしました。といっても、石の表面に花びらをそのまま描くわけではありません。ダイヤの輝きは、石に入り込んだ光が内部で反射することで生み出されます。真上に跳ね返る光が花びらの模様になるよう、面の構成や角度を何度も計算しました。結果的に71面になりましたが、「新しい一歩を踏み出す桜の季節のように、新鮮な気持ちにさせる形」が生まれたと自信を深めたそうです。
「虹」(50面)の場合は、揺らした際に七色の輝きが際立つようデザインするなど、作品に込める思いや表現方法は様々です。どのデザインも人工石で何十回と試作を重ね、完成させるのに半年かかったものもあります。こうした技術とこだわりが評価され、大手ジュエリーメーカーや皇室関係の仕事を任されることも増えていきました。
都内でジュエリーなどのショールームを経営している菅好男さん(56)もその技に魅せられた1人です。黄金井さんが磨き上げる個性的なダイヤの面白さを一般の人にも伝えようと、年に数回、幻想的な催しを開いています。
暗くした部屋で黄金井さんのダイヤにレーザーを当て、反射する光の方向や数、線の大小の違いを視覚的に体験してもらい、その違いを楽しむのです。
長年海外でバイヤーをしていた菅さんによると、原石の形に応じてハートや動物の形にカットするなど「外側」に特別な加工をほどこす例はあります。しかし、「『内側』の美しさまで追求する職人は見たことがない」と言います。
黄金井さんが独自の形にこだわり続ける理由は何なのでしょうか。
「心」(85面)を作った時、ダイヤらしい強い輝きに欠ける印象を持ったという黄金井さん。でも、店に来た女性からは「ゆったりとして控えめな光がすてき。人前で主張するのが苦手な私にぴったり」と言われたそうです。
「『きれい』という感じ方はひとそれぞれ。その人の感性にあったダイヤを一つでも多く届けたい。世界中、同じ基準で作られたダイヤしかないなんて、つまらないじゃないですか」