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「共産主義の理想」をうたう本が売れ続ける中国の現実

Bestsellers 世界の書店から
相場郁朗撮影

新型コロナウイルスの感染拡大はとどまるところを知らず、世界中に広がった。入り乱れる情報に翻弄(ほんろう)され、不安と緊張で誰もが疲れ始めている日々、例年より早い開花の桜を眺めながら、この連載を始めた頃のことを振り返っている。個人的な話で恐縮だが、家族の事情で米国・ロサンゼルスに転居することになり、筆者が本欄を担当するのは今回が最後になる。

2009年の連載開始時に引用していた『新京報』の前社長が、この3月に党籍を剥奪(はくだつ)され、逮捕された。香港や台湾メディアの報道によれば「組織の規則に違反」「公費乱用」「道ならぬ性関係」「身分証偽造」など複数の容疑名が挙げられている。「党籍」「組織」の文字を見てもわかるように、この国では何よりもまず「共産党」ありきなのだ。

『紅岩』は「革命文学の傑作」「愛国主義の教科書」と呼ばれる。昨年9月「新中国70年の長編小説70冊」にも選ばれた中高生の必読書で、1961年の刊行から昨年までに発行部数1000万部を超えるロングセラーとなっている。

物語の舞台は中華人民共和国の建国前夜、48年から49年ごろの重慶。国民党の特務機関に捕らえられ、ひどい拷問を受けながらも獄中闘争を続ける共産党員たちが主人公だ。塀の外への抜け道を素手で掘り続け、長年、狂ったふりをして敵を油断させていた党員の協力も得て、共産党組織とともに国民党に打ち勝つ。

本書を原作とした映画『烈火中永生』(1965)は『不屈の人々』の邦題で日本でも上映され、もはや入手困難だが、複数の出版社から出された本書の日本語訳も当時はベストセラーになった。日本人にとっての中国が、いまの若い人はもちろん、筆者の世代でも想像しにくいほどに近しい存在であった一面を証明する作品でもある。だが、ドラマチックな物語に、小説としての面白さや芸術性は感じられても、「共産主義の理想のためには命の犠牲もいとわない」という強すぎるプロパガンダ色は、2020年の今、素朴な感動の邪魔をする。現代中国では、これをまだ児童、学生のうちに半ば義務で読ませなければならないほどに、「共産主義の理想」は遠くなりにけり。

「神の予言」と注目されたコロナウイルスの本

武漢が今年1月下旬に封鎖されたころから話題の本に、畢淑敏『花冠病毒』がある。印刷所も休業で増刷できないせいか、書籍版は2月中はどこも入手ができずにベストテン外だが、デジタル版で読める。

著者は、内科医で、軍医の経験と心理カウンセラーの資格を持つ社会派小説が人気の作家だ。タイトルは日本語にすれば、ずばり「コロナウイルス」。だが、新型コロナウイルス肺炎の拡大を受けて書かれたのではなく、SARS(重症急性呼吸器症候群)流行時に医療現場の前線を取材した経験をもとに書かれ、2012年に刊行された作品である。

舞台は封鎖された架空の大都市。飛び交う不穏なデマ、感染の恐怖におびえる人々の不安に向き合う心理学者の視点で語られる本書は、「神の予言」と注目された。非日常の事態に、これまで意識しなかった感情があぶり出されて人間関係に矛盾や摩擦が生じ、病気より過酷な苦痛や孤独にさいなまれることは、いまや世界中の人々にとってひとごとではない。

各国で入国や移動の制限、都市封鎖が始まりつつあるなか、中国は習近平国家主席の武漢訪問を大々的にアピールし、早くも「ピークはすぎた」と「抑え込み」を宣言した。

日本語では「国家主席」としたが、国営新華社通信など中国の公式報道では肩書・敬称はまず「総書記」、つまりは「中国共産党中央委員会総書記」だ。国より党が先。不屈の人々が命をかけた『紅岩』の「共産党」と現「共産党」は果たして同じなのか。

「近い将来、銅鑼(どら)や太鼓の音を鳴り響かせ、詩文が飛び交い、『新型コロナウイルス肺炎という国家の戦争』に勝利したと大騒ぎして高らかにたたえる声が上がるとき、諸君にはそんな空疎な歌を高らかに歌う物書きではなく、ただ個人としての記憶を持つ嘘偽りのない人間でいてほしい」

フランツ・カフカ賞作家で日本にもファンの多い閻連科が「この厄災の経験を『記憶する人』であれ」(『ニューズウィーク日本版』3月10日号に拙訳掲載)と題し、隠蔽(いんぺい)される事実や改ざんされる記録、忘れられる記憶を書き残すことの大切さと責任を若い作家たちに訴えたのは2月20日のこと。

武漢から日々の生活、思いを発信し続ける影響力のあるベテラン作家・方方、池莉、成君憶らの日記、文章と同様、当局が削除、すぐにまた誰かが転載ということが繰り返され、SNSで読まれ続けている。

最前線の医師たち、真実を発信して拘束、行方不明、ひいてはもう帰らぬ人々の名前、思いを記憶するために、作家も、作家以外の人々も書き続けている。犠牲にしていい命などないのだ、と。すべてを翻訳、紹介できないのがもどかしいほど、中国のSNSにも花が咲いている春である。

長い間、ありがとうございました。

中国のベストセラー(フィクション部門)

『開巻』1月 月間ベストセラーリストより

1 紅岩  

『紅岩』(新日本出版社、講談社)

羅広斌・楊益言

過酷な獄中闘争を描き、何度も映像化された1961年刊のロングセラー。

2 鋼鉄是怎様煉成的

『鋼鉄はいかに鍛えられたか』(岩波文庫、新日本出版社ほか)

ニコライ・オストロフスキー

ロシア革命の時代に生き、病と闘った著者の自伝的小説。

3 老舍集:駱駝祥子 

『駱駝祥子―らくだのシアンツ 』(岩波文庫)

老舍

中国の高校入試にも頻出する老若男女必読の書。

4 平凡的世界(普及版)

路遥

「この平凡な世界に一日として平静な日はない」。超ロングセラーの普及版。

5 創業史

『創業史』(新日本出版社)

柳青

1950年代の農村生活、人々の愛情への向き合い方を描いた古典的名作。

6 平凡的世界(三冊本)

路遥

時代のうねりの中、ひたむきに生きる農村の人々を描いた不朽の名作。

7 銀河帝国(1)-基地『ファウンデーション―銀河帝国興亡史』(早川書房ほか)

アイザック・アシモフ

世界的中国SFブームからの原点回帰で注目されるアシモフの名作SF。

8 活着 

『活きる』(中公文庫)

余華

子、孫へと語り継がれる、刊行から27年のロングセラー。

9 海底两万里

『海底二万里』(新潮文庫ほか)

ジュール・ヴェルヌ

世紀を超えて読みつがれる冒険SF小説。

10 撒野

巫哲

ラジオドラマ、主題歌も大ヒット。小説サイト発のBL(ボーイズラブ)小説。