若手、大御所を問わず、昨秋、中国人作家の来日が相次いだ。海外からも引く手あまた、本国のサイン会でも大行列ができる作家ばかり。各種シンポジウム、対談、講演など、日本の読者が直接会える機会も近年増えているのは喜ばしい。
昨年11月、東京大学で作家の浅田次郎とユーモアあふれる対談で会場を沸かせた劉震雲。日本では2011年にこの欄で紹介した『一句頂一万句』の邦訳(彩流社)が8月に刊行されたが、中国では初版90万部で発売された新作『吃瓜時代的児女們』が好評だ。彼の作品は多くが映画化、大ヒットしてきたが、本作も映画の話が進行中。邦訳も今年、同じ水野衛子訳で刊行予定ということで、お楽しみに。
結婚を控えた農村の娘・牛小麗は、妻に逃げられた兄と四歳の姪のため、借金をして兄に再婚相手を迎える。しかし、女はわずか五日で失踪。牛小麗は騙し取られた大金を取り返そうと女の故郷へ向かうが徒労に終わる。借金返済に焦り、道中知り合った女にそそのかされ、政府高官相手に売春するはめに。牛小麗、某省副省長・李安邦、某県公路局長・楊開拓、某市環境保護局副局長・馬忠誠……本来、縁もゆかりもないはずの四人。だが目に見えぬドミノ、バタフライ効果のように互いの人生が連鎖する。
出世競争では手段を選ばずライバルを陥れる。汚職による手抜き工事で橋が崩壊。隠ぺいした息子の起こした交通事故で、死亡した同乗女性は下半身裸。清廉なはずの幹部の妻は賄賂三昧。インサイダー取引で巨額の富を築いた不動産ディベロッパーは海外逃亡、政府高官の実情をテレビ出演で暴露……。現実社会の話題の事件や噂がユーモアと皮肉交じりにテンポよく織り込まれ、笑いが止まらない。
タイトルは「野次馬時代の子供たち」の意。2016年に「真相を知らない人」を意味する「吃瓜群衆」が流行語となったが、「吃瓜」とは、「おやつにスイカやヒマワリの種(瓜子)を食べる(吃)」から転じた、ネット上で「暇つぶし」「野次馬」を指す言葉だ。犯罪者だが被害者でもある登場人物たちに根っからの悪人はいない。「さまざまな事件の背後にあるばかげた道理に思いをめぐらせてほしい」と劉震雲。タイトルは読者へのメッセージなのだ。
「政府は嘘の情報を発表して真相を覆い隠すことが慣例化」する中国で、「大衆はネットのデマを検索し、それらをつなげて真相を想像した」。ニューヨーク・タイムズなど海外メディアに発表した社会批評『中国では書けない中国の話』(河出書房新社)にこう書いたのは、劉震雲に先立つ10月に来日した余華。
『活着』(邦題「活きる」)はチャン・イーモウ(張芸謀)監督によって映画化され、94年にカンヌ国際映画祭で審査員グランプリと主演男優賞をダブル受賞。世界に作家・余華の存在を広く知らしめた出世作である。
日本軍撤退後の国共内戦、土地改革、大躍進、文化大革命と1940年代から70年代までの激動の時代を生き抜いた男が語る過酷な人生。映画は文化大革命の描写が問題視され、現在も中国国内での上映許可は下りていない(海賊版で中国人の多くは観ているけれど)が、本は売れ続けている。いま書店に並んでいる25周年特別改訂版は、韓国語版、日本語版、英語版、繁体字版の後書き、前書きも収録され、それぞれが書かれた当時の外国の読者への余華の思いを読み比べることができる。刊行から来年で25周年、余華が把握しているだけでもすでに1000万部超えとか。親、子、孫三代にわたる読者もいる次の世代へと語り継ぎたいこの名作は40の言語に翻訳され海外でもロングセラーになっているが、2002年刊行の邦訳は現在絶版。残念でならない。
『西遊記』の内容については、今さら説明する必要もないだろう。日本でも幾度か映像化されてきたが、中国ではこの数年、毎年のように映画やドラマが上映され、いずれも大ヒット。来年以降公開予定の映画も話題で、中国人の『西遊記』好きはどこまでも止まらない。しかし、多くの中高年が絶賛し、若者も動画サイトを通じて夢中になっているのは、CCTVで1986年に放映されたドラマ版だ。昨年4月にこのドラマの女性監督・楊潔が88歳で亡くなったことで注目が集まり、映像と共に書籍もあらためて読み直す人が増えているのだという。
キャッシュレス化やシェアリングエコノミーなどどんどん新しいものが追いかけてくる中国の生活で、きっかけはともあれ名作、古典の良さが見直されるのは、あるいは必要な「ゆりもどし」なのではないか。
中国のベストセラー(フィクション部門)
『開巻』11月13日~11月19日 ベストセラーリストより
『 』内の書名は邦題(出版社)
1 解憂雑貨店
『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(角川文庫)
東野圭吾
中国のSNS「豆瓣」読書コミュニティのレビューは、三年あまりで1万件を超える
2 我在未来等你
劉同
あの時に戻れたら。36歳の教師は、17歳の少年の未来を変えてあげようと……
3 摆渡人2 重返荒野 Ferryman2
克莱児 麦克福爾 Claire Mcfall
生死の境から戻ったディラン。一方、渡し守のスザンナは神聖な職を捨て……
4 追風筝的人
『君のためなら千回でも』(ハヤカワepi文庫)
卡勒徳・胡賽尼 カレード・ホッセイニ
映画も話題になった世界的ベストセラー『The Kite Runner』の中国語訳
5 摆渡人 Ferryman
克莱児 麦克福爾 Claire Mcfall
列車事故で生き残った少女ディランは、生死の境で渡し守に出会う。
6 嫌疑人X的献身
『容疑者Xの献身』 (文春文庫)
東野圭吾
福山雅治主演映画の原作として、中国で東野ブームを巻き起こした
7 白夜行(2017年版)
『白夜行』 (集英社文庫)
東野圭吾
新たな装丁も人気のロングセラー。映画やドラマと共にファンが拡大した
8 活着
『活きる』(角川書店、邦訳絶版)
余華
子、孫へと語り継がれる刊行から25年目の名作。世界的作家の代表作
9 吃瓜時代的児女們
劉震雲
初版90万部。映画化も多いヒットメーカーによるユーモア満載の最新作
10 西遊記(上・下)
呉承恩
日本でもお馴染みの古典名作。新旧のドラマ、映画があふれている