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スパイ小説の名手が「人生の宿命」を描いたベストセラー

Bestsellers 世界の書店から
外山俊樹撮影

このところ、中華圏で起こる出来事から目が離せない。5月には台湾で、アジア初の同性婚を認める特別法が施行、婚姻の自由と平等が法の下に保障されることが明確に示された。香港では6月、従来の司法制度を揺るがす「逃亡犯条例」改正を目指す香港政府に対し、主催者発表で200万人ともいわれる大規模デモで市民らが撤回を求め、明確な反対の意思を示した。

中国では米国との貿易摩擦が激化するなか、64日、天安門事件30周年を迎え、追悼集会からネット上の検索まで徹底した厳戒態勢に、公に反対意見を示す自由は制限された。それでも、当時の学生リーダーたち、当局の命を受け鎮圧部隊に参加した兵士らが国内外で次々に証言。記憶が風化していくことへの抵抗の意思を示すことをやめない人々はいる。

隠されれば隠されるほど人は真実を知りたいと思い、想像力をたくましくする。『人生海海』は、浙江省の小さな村の一人の男にまつわる秘密、その波乱の人生と業(ごう)の愛憎奇譚だ。語り手はその男の親友の息子。少年は様々なうわさも事実の意味も理解できぬまま、男の人生に巻き込まれていく。元国民党の軍医で上校だった人のよいその男を、村人たちは「上校」と呼んで慕いつつ、裏で「太監(宦官)」とさげすむ。妻を寝とられたはずの「老保長」は上校を尊敬している。太監と呼ばれるが股間にあるべきものはあるらしい。家族はなく、猫と暮らす神秘的な上校。だが、文化大革命の激化に伴い、あらぬ嫌疑をかけられて拘束、辱めを受け、やがて発狂してしまう。

猫を預かる父、上校との交流を嫌う祖父、上校の上海・北京時代を知る老保長の口から、次第に解き明かされていくその過去。最大の秘密は、彼の下腹部に入れ墨された文字。日本人の養女となり、日本軍のスパイ、売国奴と呼ばれた女の名が刻まれているというが……。戦乱の時代、軍事、欲望、性愛に翻弄(ほんろう)された人々が、愛憎の果てにたどり着いた人生、交錯するそれぞれの愛し方が描かれる。

密航請負組織の手を経て国外に脱出、数十年を経ても隠された真実を追い続けたかつての少年が振り返る、ミステリアスでせつない中国現代史。スパイ小説の名手・麦家の8年ぶりの新作長編である。

麦家の作品は『暗算』を改編、香港のトニー・レオンが盲目のスパイを演じた映画『サイレント・ウォー』(原題:『聴風者』)を始め、『解密』『風声』など多くが映像化されている。サスペンスものとして人気だが、作品を読む限り、人間の業や宿命のなかで必死に生きる登場人物一人一人の姿がていねいに描かれるのが印象的だ。タイトル『人生海海』は(福建省や台湾で話される)閩南(びんなん)語だという。「人生はいかに複雑で巨大なものか」を形容し、「何があろうと、死ぬより生きるのが勇気」と説く、語り手の少年が大人になってからスペインで出会い結婚した福建省出身の妻の言葉だ。上校とその愛する女性、そして語り手の家族の人生が、時代も海も超えて重なり、幸せとは何かと問いかける。

■「BL」小説、中国にも浸透

巫哲の『撒野』は女性向け小説サイト「晋江文学城」で人気を博した作品の書籍化。ジャンルは「BL(ボーイズラブ)」あるいは「耽美小説」に分類されるが、家族という重荷、受験勉強の重圧、同性を思う秘めた苦悩を描いた「青春小説」「学園もの」だ。「BL」も「耽美小説」も日本語からの流入で、自らを「腐女(腐女子)」と呼ぶ若い女性たちに愛されている。つい20年ほど前まで同性愛者を犯罪者、治療の必要な精神障害者扱いしてきた中国では、同性婚どころか学校や職場でのカミングアウトにもまだ高い壁があるが、文学、サブカルチャーは軽々と壁を越え、そこには時差も国境もない。

大都市の名門高校に通い、ガールフレンドにも事欠かない生活を送る蒋丞は、突然、養父母に家を追い出され、アル中の実父の元で暮らすことに。これまでの生活とあまりに違うすさんだ環境に、やりきれない思いを抱えて苦しむ蒋丞が知り合った少女・顧淼とその兄・顧飛。障害がある妹、頼りにならない母を支えながら必死に生きる顧飛には、父親殺しといううわさがささやかれていた。そんな顧飛から蒋丞はいつしか目が離せなくなる。蒋丞と顧飛、二人が互いの存在を支えとするようになるまで、時間も理由も要らなかった。「君の瞳の中で、気ままに走りたい。たった一人のまなざしの中で年をとっていきたい」

ラジオドラマとその主題歌も大人気。検閲や規制に負けることなく、小説の世界はやはり自由であってほしい。

中国のベストセラー(フィクション)

「開巻」52026日ベストセラーリストより

『』内の書名は邦題(出版社)

 

1 斗羅大陸(第四部)終極斗羅6 

唐家三少

マンガやゲームなどとの連携で、爆発的な人気の中華ファンタジー小説。

2  紅岩  『紅岩』(新日本出版社、講談社、邦訳絶版)

羅広斌・楊益言 

過酷な獄中闘争を描いた1961年刊のロングセラー。映像化、舞台化多数。

3 就喜歓你看不慣我又干不掉我的4

白茶

笑いと癒やし効果が人気の、猫と飼い主の少年のほのぼのコミックシリーズ。

4 撒野2

巫哲

ぶつかり合い、支え合う二人も大学受験を控えて……。人気BL小説続編。

5 活着 『活きる』(中公文庫)(20181月に本欄で紹介

余華

孫へと語り継がれる刊行から27年目の名作。世界的作家の代表作。

6 摆渡人3 無境之愛  Ferryman Outcasts

克莱児麦克福爾  Claire Mcfall (英)

中国で本国以上の大ヒット、映画化も進むファンタジー小説三部作の完結編。

7 撒野

巫哲

人気女性向け小説サイト「晋江文学城」で人気を博したBL小説。

8 解憂雑貨店 『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(角川文庫)

東野圭吾

中国版リメイク映画もヒットした中国の若者に大人気の東野作品。

9 三体 『三体』(早川書房)

劉慈欣

中国の小説で初めてヒューゴー賞長編小説部門受賞、世界で話題のSF小説。

10 人生海海

麦家

スパイ小説で定評ある作家の最新作。国民党軍の元佐官のある男の人生とは。