セブの親子留学中に出会った、数々のママメートの中でも、特にパワフルな1人に、安達由恵さん(41)という女性がいる。
私が留学していたセブ島で唯一の親子留学専門学校「kredo kids」。彼女はそこに、当時10歳の長男と8歳の長女を連れて1週間留学していた。きくと、2012年からフィリピンじゅうのいろいろな学校に子連れで飛び込み、親子留学を体験し、発信している、親子留学の個人エージェントだという。
新聞記者として復帰した私は昨年秋、彼女に再会するために千葉県船橋市に向かった。平日の昼。南船橋駅目の前にあるIKEA Tokyo-Bayのレストランで、5人の女性が安達さんを囲むように座っていた。この日は、安達さんが毎月開催している、無料の親子留学説明会。育休中のママだけでなく、フルタイムワーカーのママも参加し、フィリピンで実現可能な長期、短期での親子留学について話を聞いていた。
安達さんは費用や治安、生活面などで欧米留学との違いについて説明。もちろん、子連れが前提の話だ。
「フィリピン人の英語力は、GLOBAL ENGLISH(オンライン英会話サービス)調べでもビジネス英語力世界ランキング1位。これは、世界で一番英語学習に成功した国ということなんです」と説明すると、参加者はうなずいていたが、「小さな子どもと一緒なら、これはもうぜったいにフィリピンが一番良いです。周りから得られるサポートや社会で育てるという概念が当たり前のものとして整っている」と言うと、参加者の視線はいっきに安達さんに釘付け。ペンを走らせていた私も大きくうなずいてしまった。
安達さん自身はもともと、山登りやサーフィンが大好きな筋金入りのアウトドア派で、バックパッカー歴は14年、これまで24カ国をまわった経験の持ち主だ。
だが、世界をまわった彼女でも、大きな弱点があった。
「わたし、英語がまったく出来なかったんです」
「I haven’t apple. て言っていました」と話した。一瞬考えた。あ、Doが抜けている?
「そうなんです。Doの使い方を知らないくらいひどい英語で。でも、旅は出来るんですよね」と笑う。
子どもが出来たことが大きく考え方を変えた。夫も、グアテマラで知り合い、ともに中南米横断をしたほどの、旅好き夫婦。いずれ家族で世界を回るだろう。だが、もし子どもと一緒にいるときに事件に巻き込まれたら? 病気になったら? 言葉の重要性を感じた。
「何かあったときに英語が出来ないと、子どもを守れないと思って」
英語を勉強したいと言っていた夫とともに2012年10月から半年間、家族でフィリピン中部、ネグロス島のドゥマゲテ市に滞在した。それまでフィリピンには何度か訪れていたので、安く勉強できると思ったからだが、半年におよぶフィリピン生活で、夫婦ですっかりはまってしまった。
ドゥマゲテは、フィリピン国内でも大きな規模の大学が集まる学園都市だ。だが、外国人が英語を学ぶ語学学校は1校しかなかったという。「親子留学という概念どころか、子連れの日本人の姿もありませんでした」と安達さんは振り返る。
長男は現地の幼稚園に入れて、英語が堪能なベビーシッターも自分で探した。
安達さんにとってドゥマゲテで過ごしたなかで一番の驚きは、長男のことだった。
発達がゆっくりな子だ。少しでも気に入らないことがあるとひっくり返って大暴れしたり、大声を出してパニックになったりしてしまう。日本にいたころは、周りから常に「明らかに1人だけ違う子」というような、冷ややかな視線を感じていた。電車に乗っていたとき、長男が大騒ぎをしてしまった。乗客から「うるせえな、黙らせろ!」と言われ、2年間公共機関を避けた。新幹線に乗れず、愛知県の実家にも帰れなかった。
だが、ドゥマゲテでは、180度違った。「変わっていると言われるどころか、みんなが声をかけまくってくれた。大騒ぎしてしまった時も、アメくれたり、スイって抱き上げてくれたり」。まるで村全体が家族のように接してくれ、安達さんは「社会が受け入れてくれるのを待つのではなく、受け入れてくれる社会で生きる選択もあるんだ」と感じた。
以来、年2、3回の頻度でフィリピンを訪れるようになった。
せっかくだから、いろいろな場所に行こう。そう思い、訪れるたびに違う場所で子連れ旅行を楽しんだ。そうこうしているうちに「この体験をもっと多くの親子に伝えたい」と思うようになったという。
2015年3月に千葉の自宅でエージェント業を開始した。これまで訪れた学校は約15校。自身が体験し、良いなと思った学校だけを選び抜き、親子留学に挑戦したいというママたちの背中をそっと押す。
「数年間で、ドゥマゲテやセブにはたくさんの子ども受け入れ可能な語学学校が増えましたよ」と安達さんは話す。
たとえば、ドゥマゲテ市にあるDetiという学校。インドで児童保護事業などを展開する日本人夫妻が経営する小規模な語学学校だ。木と竹の素材のみで建造され、子ども向けのレッスンはビーチフロントにあるという地の利を生かして、宝探しや貝拾いに水泳など、アクティビティが主体だ。子どもが大自然と英語に同時に触れることができるのがウリだという。
また、SPEA(starting point English academy)という学校では、先生と動物園に出かけたり、クッキングをしたり。フィリピン語学学校でも最大級の広さを誇るといい、プレイグラウンドには羊、馬、鶏が駆け回っているとか。「自然体験を重視したいファミリー様向けにイチオシですよ」と安達さん。春と夏には親子留学の生徒だけで貸し切って行う親子キャンプも行なっているそうだ。
いずれも、親子留学の専門学校ではないが、ベビーシッターサービスが完備され、0歳から受け入れ可能という。
へえ~~。海から離れたセブ市中心部の「Kredo kids」だけしか知らない私からすると、目から鱗だ。
安達さんは言う。「フィリピンでの親子留学の可能性ってまだまだ大きいのです。英語を学ぶだけでなく、鶏の声で起きて、地元の市場に行って、夜は満点の星空でホタルを見て。五感を刺激する体験が味わえる学校もたくさんあります」