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「エネルギーはロシアの政治的武器なのか?」という大論争

迷宮ロシアをさまよう
ガスパイプライン用に鋼管を供給する工場の掲示。チェリャビンスク管圧延工場にて(撮影:服部倫卓)

エネルギー安全保障をテーマにシンポジウム

2月16日(日)に立教大学において、公開シンポジウム「エネルギー安全保障:欧州の経験とアジアへの示唆」が開催されました。立教大学経済学部の蓮見雄教授が中心となって取り組んできた研究プロジェクトを総括するシンポジウムであり、欧州連合(EU)とロシアを主たる舞台として、そこにおいてエネルギー安全保障をめぐりどのような秩序が織り成されているかについて、議論が交わされました。筆者もこれに登壇し、「ユーラシア経済連合の共同エネルギー市場」という発表をさせていただきました。

ところで、「ロシアとエネルギー」というテーマを議論すると、必ず論争になるのが、「ロシアは石油や天然ガスといったエネルギー資源を、純粋なビジネスとして輸出しているのではなく、政治的な武器として使っているのではないか? そのようなロシアにエネルギー供給を依存するのは危険なのではないか?」という問題です。今回のシンポジウムでも、案の定その争点が浮上しました。そこで今回のコラムでは、この長年の論争につき、シンポジウムで出た主な論点をご紹介するとともに、筆者自身の持論を述べたいと思います。

その前に、2019年のロシアの石油ガス輸出データが明らかになったので、まずそれを取り上げておきたいと思います。石油、天然ガス、液化天然ガス(LNG)の輸出動向は、以下の図に見るとおりです。2019年には、石油の輸出量が微増、天然ガスの輸出量が微減となる中で、価格の下落により、輸出額はともに落ち込みました。そうした中、北極圏で進められているメガプロジェクト「ヤマルLNG」が稼働・拡大した結果、LNGの輸出だけは急激に伸びています。

 実業界では「ロシアの石油ガス輸出はあくまでもビジネス」が主流

我が国に限らず、世界のエネルギー業界では、「ロシアの石油ガス輸出はあくまでもビジネス。ロシアがそれを政治的武器として悪用するようなことは、基本的にない」というのが共通認識です。筆者自身も、貿易促進団体に身を置く人間ですので、大枠ではこの立場に立っています。

とりわけ、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)で長く研究活動に従事された本村真澄さんは、我が国におけるそうした正統学派の代表的論客であり、今回のシンポジウムでも「ロシアが石油ガス輸出を政治目的で使うなどありえない」との持論を力説しておられました。

一方、立教大学の蓮見雄教授は、エネルギーが政治的武器として使われることが、まったくないわけではないが、現代の世界ではその余地はますます狭まっているとの認識を示されました。特に、EUは域内で結束しつつ、エネルギーミックスや供給源の多様化を進めており、売り手のロシアに対し優位に立ちつつあることが強調されました。

また、かつて大手商社のエネルギー部門で活躍されたエキスパートの酒井明司さんからは、天然ガス取引が、パイプラインガスからLNGにシフトしていることに伴う影響の指摘がありました。世界のガスの輸出入に占めるLNGの割合は、2000年の27%から2018年には46%へと拡大している。パイプラインの場合は売買関係が固定化されるのに対し、小回りの利くLNGでは自由市場が発達し、これによりガスのスポット取引が盛んになって、今後のガス取引は金融取引に近いようなものも増えてくる。従来は、「日本のエネルギー輸入のうち、ロシアからの輸入は15%程度に抑えることが安全保障上望ましい」といったことが言われていたものの、流動性の高いLNG市場の発達で、そうした言説もあまり意味がなくなるのではないかというのが、酒井さんの報告内容でした。

なお、一般に「ロシアは石油や天然ガス輸出を政治的な武器として使おうとするので、ロシアにエネルギー供給を依存することは危険」と主張する傾向が強いのは、米国のネオコンの政治家、一部の国際関係学者やジャーナリストなどです。今回のシンポジウムでは、そのような立場の登壇者がおらず、主に実務家やエコノミストが発言したため、喧々諤々の大論争といった感じにはなりませんでした。

先日、揃って発行された本村真澄さんと酒井明司さんの著書

旧ソ連域内での「DV」は否定できない

上述のとおり、ロシアの石油ガス輸出は純粋なビジネスというのが実業界のコンセンサスであり、筆者も基本的にそれに同意します。しかし、筆者がシンポジウムで行った報告「ユーラシア経済連合の共同エネルギー市場」の中で論じたとおり、こと旧ソ連域内においては、そうとばかりも言い切れません。

今回のシンポジウムでも発表を行った小泉悠さんは、話題になった近著『「帝国」ロシアの地政学 ―「勢力圏」で読むユーラシア戦略』の中で、ロシアは旧ソ連諸国を自らにとっての自然な勢力圏と捉え、それらの国々の主権を制限するような政策を適用していることを論じています。筆者は、ロシアの石油ガス輸出は、ロシアが勢力圏と見なす旧ソ連諸国相手と、それ以外の国際市場向けとでアプローチが異なっており、前者においてはエネルギー(特にガス)を政治的武器として使っていることが否定できないケースがあると認識しています。

これに対し、「いや、ロシアはウクライナのような国へのガス価格を値上げし、政治的に圧迫しているとか言われるけど、市場価格を適用するという当たり前のことをしているだけじゃないか。割引価格を適用していた従来の方が、むしろ政治的だったのだ」と反論する向きがあります。しかし、ロシア(具体的には国営企業のガスプロム社)がどのタイミングでガス供給に市場価格を適用するかは、政治判断そのものです。ロシアとその他の旧ソ連諸国との関係をつぶさに見てみれば、ある国がロシアの意に沿った行動をとった時にガスが値下げされ、反抗した時には値上げされていることは、明らかです。

つまり、エネルギーを政治的武器として使うようなことがますますありえなくなっている現代世界で、旧ソ連域内だけは、最後のホットスポットのようになっているのですね。それにはいくつか原因があります。まず、旧ソ連域内の国際関係が、エネルギー超大国のロシアと、資源を持たざる国々との関係を基調としており、しかもパイプラインで結ばれているので、どうしてもロシアが独占的な供給者になってしまうこと。その反面、ロシアは石油ガスの輸送路としてはウクライナやベラルーシに依存しているので、その輸送をめぐっても対立が起きやすいこと。そして、旧ソ連諸国はほとんど内陸国ばかりなので、たとえば港にLNGターミナルを建設して、国際市場からLNGを受け入れたりするのが難しいこと、などがあります。

ロシアがウクライナのような近隣国へのエネルギー供給でとりがちな手荒な振る舞いのことを、「ドメスティックバイオレンス」と呼んだ人もいましたが、言い得て妙だと思います。もちろんDVは感心しませんが、それはあくまで内輪の揉め事であり、ロシアが国際市場で信頼できないエネルギー供給国ということにはならないはずです。増してや、日本とロシアの間には、ウクライナやベラルーシのようなトランジット国は存在せず、EUと違って、ロシアとトランジット国の間で起きるトラブルのことを心配する必要もないのです。